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3 すごく納得がいきません

 彼女はオペラハウスを出てすぐの馬車の停留所にいた。ぼんやりと地面を見て突っ立っている。

 もしかして一人で帰ろうとしていたのかしら。男性と一緒に来たのなら、その人に送ってもらわなくては帰れないと思うのですけど。この時間に辻馬車なんてないでしょうし。

「失礼、レディー」

 わたしは彼女に呼びかけた。名前は知っているのですけど、向こうからしたらわたしは見ず知らずの他人ですし、いきなり名前を呼ぶのは無作法だと思ったのです。それにしては男性が女性に呼びかけるような言い方になってしまいましたけど。

 本当は紹介もされていないのに声をかけるのもよくないのですが、夜会ではないのでそこは大目に見てもらいたい。

「わたしの迎えの馬車がハルトン通りで渋滞に巻き込まれてしまったようですの。よろしければ待っている間の話し相手になっていただけませんかしら?」

 彼女はわたしがさっきすれ違った人物だと気がついたようで、目を丸くした後にクスッと笑った。

 ちなみにハルトン通りなんていうものはありませんわ。ハルトンというのはフィルの友人であり、彼女と喧嘩をしていたあの男性の名前です。デリック・ハルトン。

 男みたいな声のかけ方をしてしまったついでに、紳士が大好きなブラックジョークを言いつつ、彼と知り合いであることをアピールしてみました。これ、ブラックジョークよね。

「わたしでよろしければ」

 彼女が快く承諾してくれたのでほっとした。自ら名乗ってくれたので、わたしも自己紹介する。

 コレットは普通にしていれば、物静かそうな金髪女性だった。歳はきっとわたしやフィルよりも少し上でしょうね。

 フィルには彼女に気づかれないように、近くで待機してもらっている。その方が警戒心を抱かれないでしょうし。

 しかしひとまずさっきまで観ていたオペラの話題でもしようと思っても、彼女は心ここに在らずの状態で、話をあまり聞いていないし、ずっと悲しそうな顔をしている。

 事情を聞いてみたいけど、ここで話すようなことではないわよね。それに上手く聞き出せる自信もないわ。

「ねえ、コレット。明後日のお昼は空いているかしら」

「え? ええ・・・」

「わたしその日はお友達を呼んで家でお茶をする予定ですの。よかったらコレットもいらっしゃらないかしら。もともと招待しているのは一人だけですし、ブリジット・バーロウといって、とてもいい人なんですのよ。コレットもきっと仲良くなれると思いますわ」

 わたしは全力でブリジットに頼ることにした。

 コレットの涙の原因は明らかに恋愛がらみですし、そうなるとわたしは力になれるかどうか怪しいですしね。ええ、その辺は自覚しております。

 本当は先日のお返しに明後日はブリジットの家に招待されていたのですけど、この際ブリジットには悪いけれど、予定を変更してもらいましょう。

「その方、知っていますわ。以前少しだけお話したことがあります」

「あら、それなら話が早いですわね。いかがかしら」

「・・・伺いますわ」

 コレットは弱々しく微笑んだ。わたしに気を使って無理に表情を作ったことがすぐにわかったけど、来てくれるというのだからそれでいいわ。

「よかったわ。ではもう帰りましょうか。コレットもわたしたちの馬車に乗って行きます?」

 正確にはフィルの馬車ですけどね。もしかしたらまだハルトンさんと二人きりになるのは抵抗があるかもしれないから聞いてみる。

 彼女はちょっと迷ってから、首を振った。

「いいえ、デリックの馬車で帰るわ」

 どうやら冷静にはなれたみたいですわね。

 わたしは少し離れた場所にいるフィルに、目で合図を送った。

 コレットに見えないように隠れていたハルトン氏がフィルに連れられて来たので、わたしは彼女に別れを告げる。

「では、コレット、明後日にね。もう喧嘩しては駄目よ」

 そう言って後ろを向くように促した。



 コレットは目を赤くしてハルトンさんに謝っていた。その彼の方も同じようにコレットに謝っている。

 どうやらもう心配はいらないらしい。

 それでもやっぱり気になって様子を見ていると、フィルに手を引かれた。

「帰るぞ、アイリーン。そろそろ本気で伯爵に怒られそうだ」

 そうでしたわ。これ以上遅くなると、いくらフィルを信用しているお父様でも怒りますわね。

 ずっと待っていてくれた御者に礼を言って、馬車に乗り込んだ。

「ねえ、あの二人が喧嘩していた理由ってやっぱり・・・」

「反対されたからじゃないか?」

 そうですわよね。どう見ても約束を破ったとか、他の異性と仲良くしたからというような理由ではなさそうでしたわ。結局二人とも謝ってましたし。

 そうなると彼らの身分を考えて、結婚を反対されたからという結論に行きつきます。

 貴族と平民が結婚する時代とはいえ、まだガチガチの貴族至上主義の人も多いですもの。そう、あのカーディウェルス子爵夫人ですとか。

「フィルはあの二人のこと知ってましたの?」

「いや、デリックに特定の女性がいることはなんとなく気づいていたが、相手が誰だかは全く知らなかった」

 ん? 今何か引っかかることを言われましたわ。

「なんとなく気づいていたってどういうことですの? そういう話をしたのではなくて?」

「いや、あいつはそういった話は一切していない。今思えば、隠していたからなんだろうが」

 フィルは友人の行動を思い返すように言った。

「それでどうしてなんとなく気づけると言うんですの。フィル、が!」

「強調するな!」

 大事なところですから、強調もしますわ。だってあのフィルですわよ?

「付き合ってくださいと言われたら、どちらまでですかとか、何のひねりもないボケたことを言いそうなフィルが、人の恋愛感情をそれとなく察知できるわけがないですわ!」

「どういう目で俺を見ているんだ。だいたいアイリーンにだけは言われたくない!」

「ちょっと、わたしだってフィルにだけは言われたくありませんわよ!」

 恋愛事に明るくない自覚はありますけど、それでもフィルに自分よりも酷いと思われているのは屈辱ですわよ。無自覚に女性をフりまくっている男よりですわよ。

「俺は普通だ。幼児並のアイリーンと一緒にするな」

「普通?! フィルが普通でしたら、世の中に未婚者が溢れかえっていますわよ。無自覚にもほどがありますわ!」

「うわ、腹立つ! それを君が言うか?!」

 フィルになら言いますわよ。これはもう、何としてでもこの鈍感男にわからせてやらなくてはいけませんわ。

 一歩も引かない覚悟で言い返し続けて、絶対に勝ってやろうと思いましたのに。

 残念ながら決着がつくまでに、わたしの家に到着してしまいましたわ。でもいつか絶対にわからせてやるつもりです。

 

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