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1 怒られました

 自室で招待状の返事を書いていると扉がノックされた。

「お嬢様、ブリジット・バーロウ様がお見えになりました」

 メイドの声にわかったと答える。

「すぐに行くわ。用意していた客間に通してちょうだい」

 わたしは書きかけのインクが乾いていない紙だけを机に残して、レターセットを道具箱の中にしまった。

 椅子から立ち上がって伸びをする。長時間同じ体勢だったので、体が固まってしまっていた。最近また招待状の数が増えてきたから、返事を書くだけで一苦労よ。

 でも今日はこちらから招待したお客様だから、待たせるわけにはいかない。すぐに客間に向かわないと。



「こんにちは。よく来てくださいましたわ、ブリジット様」

 客間の扉を開けて、赤毛のご令嬢に笑顔で挨拶をする。

「アイリーン様、ご招待ありがとうございます」

 彼女も同じように笑顔で返してくれた。

「アイリーンで結構ですわ。堅苦しくなさらないでくださいな」

「あら、ではわたしのこともブリジットと呼んでちょうだい」

 彼女はさっそく砕けた口調になった。ちょっと驚いたけどこの反応はかなり嬉しいわ。

 ブリジットは先日、わたしをメリッサ様から庇ってくださったご令嬢なのです。

 実は前からなんとなく、もっとお話してみたいと思っていたので、この機会にお礼と称して家に招待したのですわ。二人だけでお茶をしませんかと。

 彼女がこんな態度で接してくれるなら、すぐに仲良くなれそうですわね。

 家の爵位も同じ中堅の伯爵家ですし、年もブリジットが一つ上なだけですから、気兼ねなく付き合っていけそうですわ。

「それでこの間の夜会も惨敗よ。もう嫌になるわ」

 ブリジットは憂鬱そうにため息を吐く。

 夜会で男性にあまりダンスに誘われないという話をしていますわ。

 彼女は愛嬌のある顔立ちをしていますけど、そばかすがちょっと多くて、そして赤毛なのです。

 この二つの要素って、貴族男性からは不人気なのですわ。肌の綺麗な女性が好まれるということと、赤毛の人は癇癪持ちだと思われているからというのがあります。

 髪の毛の色で性格が決まるわけがないのですけど、この認識ってなぜか結構根深いのですわ。もちろん全員がそう思っているわけではないのですけど。

 でもおかげで彼女は自分が不細工だと思ってしまっています。

「ブリジットは気にしすぎですわ。それだから余計に男性が近づけないのよ」

「そうかしら」

「ええ、男性に気後れしすぎですわ」

 彼女はうーんと唸ってから、首を振った。気にしてはいるみたいですけど、だからといって結婚できないと焦っているわけでもないみたいですわね。

「いいえ、今日はわたしのことはいいのよ。それよりもあなたのことよ!」

 本題はこちらだと言うように、力を込めて言う。なんだか嫌な予感がしますわ。

「ねえ、ずっと聞きたかったのよ」

 身を乗り出すものだから、思わず後ずさってしまう。

「アイリーンとフィリップ様の馴れ初め! 友達なのだから、教えてくれますわよね?」

「はい?」

 なにを言い出すのかしら。

「馴れ初めって、わたしとフィルは親同士が決めた婚約者ですわよ。子供の頃からの」

「もう、そうではなくて、お互いに好き合うようになったのはいつからなのかということよ」

 ブリジットは頬に手を当てて、にまにましている。かなり楽しそう。

「好き合う・・・? 子供の頃から仲はよかったわよ。婚約者だもの」

 わたしが首を傾げると、彼女はピタッと動きを止めた。

「え・・・?」

 なぜ驚いているの。

「え? 親が決めた婚約者だけど、お互いに大きくなって意識するようになって、どちらかが愛の告白をしたとかではないの?」

「意味がよくわからないけれど、子供の頃から特に何も変わっていないわよ、わたしたち」

「じゃ、じゃあ、子供の頃に既に気持ちが通じ合っていたのとか?」

 どうしてか必死になって言うブリジットに、わたしは笑った。

「ブリジットったら、親が決めた婚約だって言ったじゃない」

「じゃあ、なんで人前であんな堂々とキスしていたのよ!」

 いきなり立ち上がってブチキレましたわ。びっくりするわよ。

「そりゃあ、あの場を丸く収めるためでしょう」

 全てではないけれど、ブリジットだって事情を少しは知っているのだから、わかるでしょうに。それだけのことだと冷静に答えると、彼女は両手で顔を覆ってソファーに崩れ落ちた。

「酷い。わたしの理想のカップルがぁ」

 変な嘆きかたをして、しくしくと泣き出す。冗談ではなくて、本気で悲しそうなのだけど。

「わたし泣くほど酷いこと言ったかしら?」

「言ったわよ!」

 手をどけてキッと睨みつけてくる。

「嘘泣きじゃない」

「うっさいですわ!」

 怒られましたわ。何がそんなにブリジットの癇に障ったのか。

「こんなの納得できませんわ! アイリーン、あなたフィリップ様のこと嫌いではないのよね?!」

「当たり前じゃない。フィルのことは好きよ」

 木苺のタルトを口に運びながら答える。さっきからおしゃべりばかりしていたので、小腹が空いてきたわ。テーブルに並べられているデザートはほとんど減っていないのよ。

「ああもうっ、だったらフィリップ様があなた以外の女性を好きになってしまったらどうする?」

 ブリジットがあまりにも予想外の質問をしたので、わたしは呆けてしまった。

「どうするって・・・どうしようもないじゃない。わたしとフィルが結婚することは変わらないわよ」

 何度も言っているけど、親同士が決めたことなのだから。

 それにあのフィルが女の人に惚れるなんて、全く想像できないわ。誰かを口説いている姿を思い描こうとすると、笑ってしまいそうになるくらいよ。

「・・・それだけ?」

「だってわたしたちが将来結婚することは、もうずっと前から決まっていたのよ。わたしにとっては当たり前のことですし、フィルにとってもそうだと思うのよ。だから万が一、全く想像できませんけど、もしフィルに好きな人ができても、それでわたしとの婚約を解消して、その人と婚約するなんてことにはなりそうにないのよ。なんと言うか・・・他の人には理解し難いかもしれませんけど、そういう感じなのよ」

 上手く言えませんけど、フィルが誰かを好きになるよりも、わたしに婚約を解消したいと言うことの方がもっとあり得ない気がするのですわ。

 でもこれって人が聞いたら、ただのわたしの思い込みだと捉えられそうね。わたしにとっては言葉には出来ない根拠のようなものがあるのですけど。

「ではお互いの家の事情が変わって、あなたたちの親が婚約を解消すると言ったら?」

「ええ?」

 ブリジットはなぜか食い下がる。

 何の話をしていてこうなったのだったかしら。

「絶対にあり得ないことではないでしょう」

「それはそうですけど・・・」

 確かに公爵家はともかく、我が家が今後もずっと安泰だという保証はありませんわ。お父様が投資に大失敗して借金を抱え込んで、更にギャンブルで取り戻そうとして、どんどん借金が膨れ上がる。なんてこともあるかもしれません。

 そうなれば婚約を解消しても誰も責めませんわよね。

「それは嫌ですわね。わたしお金持ちのエロジジイに売られそうですわ」

「何の話をしているのよ・・・。そうなればあなただけではなくて、フィリップ様だって他の女性と結婚しなくてはいけないのよ?」

「え?」

 我ながら間抜けな声を出していた。

 なにを驚いているのかしら。そうなればフィルが他の人と結婚するのは当然なのに。

 でも・・・それはすごく嫌だわ。もやもやするしイライラするしそれに・・・。

「嫌でしょう?」

 ブリジットはほっとしたように言う。わたしの表情を見てにこにこしていますわ。

「・・・嫌ですわね」

 子供みたいな拗ねた言い方をしてしまう。

「どうして嫌なのか考えるのよ、アイリーン」

 わたしは今、きっと困りきった顔をしている。そんなの実際に婚約が危ぶまれる状態になってから考えては駄目なのかしら。

「あなたが他の人と結婚するのが嫌な理由ではなくて、フィリップ様が他の人と結婚するのが嫌な理由を考えるのよ」

「わからないわよ」

「わかるまで考えるの」

 怒っているわけではないのに、ブリジットには有無を言わさぬ迫力がある。使命感に燃えているようにも見えますけど。

 それからわたしは結局、彼女が帰る頃には、わかるまで考えてその答えを出すことを約束させられていた。

 

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