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その後

 二回目ですわ。

 何がと言いますと、衆目の中でフィルにアレをやられて以降、今日で二回目の夜会なのです。

 前回もかなり酷い目に合いましたが、今回の夜会だって前回とはほとんど参加者が違うのですから、同じような目に合うことは確実ですわね。

 行きたくありませんわ。

 社交シーズンが終わるまで、引きこもっていたい。あと何ヶ月あるのかしら。

 シーズンの終わりが8月で、今が最盛期の5月だから、あと・・・3ヶ月以上あるんですのね。無理ですわ。フィルに引きずり出されるのが目に見えています。

 わたしは会場の入り口前にある階段を登りながら、隣のフィルをちらりと見上げた。

 涼しい顔してますわね。憎たらしいですわ。

 昔から平穏に生きたいとか言いながら、何かが起きても割と平然としてますのよね。ここまで厚顔だとは思いませんでしたけど。

「アイリーン、顔」

 前を向いたままフィルが言った。

「わかってますわ」

 憮然と返す。ちゃんと会場に入る前には淑女らしく微笑んでますわよ。



 大勢の視線が集中した。まさしく針のむしろです。

 帰りたい。

「まあ、フィリップ様にアイリーン様!」

 来た! 早速来ましたわ。

 声がした方を向くと、わたしの母ぐらいの年齢の恰幅のいい女性がいた。知り合いの伯爵夫人です。ええ、噂好きのご婦人というやつですわ。

「ふふ、聞きましてよぉ。先日、夜会会場の真ん中でフィリップ様がアイリーン様に熱烈な愛を囁いて熱ーいキスをしたんですってね。それはもう会場中の人に見せつけるかのようだったとか。ふふふ、アイリーン様の評判がよくて、フィリップ様は不安になってしまったのかしら。アイリーン様のような可憐なデビュタントは、すぐに男性に注目されてしまいますものね。でも婚約もしていますのに他の男性に取られることを心配されるだなんて、とても愛されているんですのね。ホホホ、羨ましいですわぁ。若いっていいですわねえ」

「いえ、あの・・・」

 まさに立て板に水。

 半分以上が尾ひれとか妄想とかになっているのですけど!

 否定したいのに夫人が言っていることが強烈すぎて、恥ずかしくなって言葉が出てこない。事実でもないのに。

 こんな顔を赤くさせて何も言わないでいるのは逆効果だとわかっているのに、わたしは混乱してしまった。

「はは、さすがにそこまでのことは出来ませんよ。似たようなことはしましたけどね」

 フィルがさわやかな笑顔で答えた。なんて余計なことを。

 わたしは愛想を捨てて、フィルの横顔を睨みつけた。

 なんでそんなにしれっとしてるんですの。ヒールで足を踏んづけてやりたいですわ。やっていいかしら。バレないわよね。

「まあ、やっぱり本当でしたのね! でしたらご結婚が秒読みだという噂はどうなのかしら。お二人ともまだ十代でかなりお早いですけど」

 伯爵夫人が目を爛々と輝かせたことで、わたしの体は硬直した。 

「結婚はまだ早いですよ。せめて二十歳にはならないと」

「まあ!」

 また伯爵夫人の目が光った。

 ちょっと、フィル! 今彼女の中で二十歳になったら結婚するという言葉に変換されましたわよ!

「そうなんですのね。あっ、わたくし挨拶しなくてはいけない人がいたのでしたわ。これで失礼しますわね。では」

「えっ!」

 止める間もなく、伯爵夫人は風のように去っていった。

 恐らくさっきの話以上に尾ひれの付いた噂が、明日には流れている。今まさに流れようとしている。

「ああ、しまったな」

 のんびりとそんなことを言うフィルの顔をキッと睨みつけた。

「適当なこと言いすぎですわ、フィル! 噂好きな方だって知っているでしょう。これより酷いことにさせてどうするのよ!」

「別に酷いことにさせるつもりはない。ちゃんと本当のことしか言わなかっただろう」

 ムッとしたように言い返されても。

「実際に大勢の前でやったことを否定してどうするんだ」

 そうですけど。そうなんですけど、でも何か納得がいきませんわ。ちょっとくらい噂を止めようとしてくれてもいいではないの。

「アイリーン様!」

 フィルに言い返そうとしたところで、背後から名前を呼ばれた。ビクッと体を震わせる。

 また来ましたわ。

 三人の顔見知りの令嬢がはしゃいだ様子で近づいて来る。

「まあっ。お邪魔だったかしら、わたしたち」

「ああ、そうね。せっかくお二人でいらしたのに」

「でも少しだけお話しさせていただきましょうよ」

「そうね!」

 こちらが何も言っていないのに、すでに誤解をしていますわ。どういうことですの。

「ごきげんよう、フィリップ様、アイリーン様。ふふ、やっぱりお似合いですわねぇ」

「ええ、お二人で並んで立っているだけで絵になりますわ」

「そうよ、キスをしていても絵になりますものね!」

「ゴフッ」

 咽せました。

 また顔が赤くなっていくわ。そんなにはっきり見ていましたって言わないでくださいな!

「うふふ、他の方が人前であんなことをなさったら、はしたないって言われるでしょうけど、お二人は特別ですわ」

「そうよ、だって美男美女ですもの! ロマンス小説みたいですわ」

 話しかけてきたというのに、勝手に盛り上がっていきますわ。

 それ妄想ですから。もう、恥ずかしさで身悶えそうになるのでやめてください。

 だいたいなんでわたしとフィルなら、人前であんなことをしてもいいということになりますの。もういっそはしたないと罵ってくれたほうがいいですわ。

 全員がそんな風に思っているわけではないでしょうけど、向けられる視線から察しますと、彼女たちと同意見の人が多そうですわ。普段のしきたりや貞淑さに対する厳しさはどこへ行きましたのよ。温かい目をやめて、非難なさってください、どうぞ。

「ご令嬢方、もうそろそろ勘弁してあげてください。アイリーンが蒸発してしまいそうです」

 フィルが彼女たちのおしゃべりを止めた。

 いえ、だからもっと違う言い方ないの!

「「「まあ」」」

 声を揃えるのやめてくださいな。

「いやですわ、わたしたちアイリーン様をからかうつもりなんてなかったんですのよ」

「でも可愛らしいですわね、アイリーン様ったら。ふふ、真っ赤ですわ」

 本当にからかうつもりがないのでしょうか。それに可愛いわけでは断じてありません。わたしはさっきから、悶えそうになりながら、フィルの足の甲に狙いを定めていますわ。

「もう、やめてくださいませ」

 とりあえず彼女たちに懇願する。

 でもなんでこんな弱々しい声になってしまうのよ。

「まあ、アイリーン様ったら」

「可愛いですわー」

「可愛いですわねぇ」

「違います!」

 いえ、もう可愛くてもなんでもいいから、とにかくやめてほしい。いつまで続けるつもりですのよ。

 会場に着いてまだ間もないというのに、すでに気力がゴリゴリと削り尽くされていますわ。

 こんな状態が今日はいつまで続くのよ。

 もう帰りたいですわ。切実に。



「フィリップ」

 人が離れては寄ってくるということが何度も繰り返されている中、今度はフィルが呼ばれた。

 でもこの声すごく聞き覚えがありますわ。

 振り向くとやっぱりシズリーがいる。しかもメリッサ様と一緒に。

 そりゃあ夜会に出ていればばったり会うこともあるでしょうけど、まさか話しかけられるなんて。これってまずい状況でしょうか。

 でもシズリーのことはよくわかりませんけど、メリッサ様はもう何も出来ないはずですわ。だってお母様に頼んで、メリッサ様のしたことを、彼女の世話をしている侯爵夫人にそれとなく洗いざらい話してもらいましたもの。

 だから今は侯爵夫人がしっかりメリッサ様を監視しているはずです。もともと婚約者のいない未婚女性は、夜会に出席する場合、お目付役の女性に、粗相をしないか男性に不埒なことをされないかと目を光らせられているのです。

 侯爵夫人が自分のことにかまけて、メリッサ様を放っておいたから、あのようなことになったんですもの。今度こそ侯爵夫人は目を離さないでしょうね。お母様に敵だと認定されたら大変ですもの。

 メリッサ様はまだわたしたちに何かができると思っているわけではないでしょうけど、標的を他の女性━━もとい男性に変える可能性はあったので、お母様に協力してもらいましたわ。

 だから問題はシズリーです。この人って馬鹿なので何を考えているかわかりませんわ。

「君たちも来ていたんだな。いや、この間は大変だったんだよ。フィリップが勘違いしてしまったせいで、メリッサ嬢と婚約することになってね。まあ、父がすごく乗り気だからいいんだけど」

 笑いながら軽く話してきましたわ。

 衝撃ですわよ。

 この人フィルに嵌められたことも、メリッサ様に騙されたことにも気づいていないではないの。なんて単純な人なの。

 メリッサ様を見れば、憮然としながらも大人しくシズリーの腕に捕まっている。

 わたしの視線に気づくと、フンとでも言うようにそっぽを向いた。でも以前のような憎しみがこもった目はしていない。

 侯爵夫人によほど怒られたのかしら。

「勘違いだったのか。それは悪かった。でも君の父は乗り気なんだな」

「ああ、お前には准男爵の娘ぐらいがちょうど良いと言われてしまってね」

「へぇ・・・」

 フィルは意味あり気にメリッサ様を見た。わたしも見てしまいましたわ。メリッサ様はあらぬ方向を向いたままですけど。

「まあ、とにかく婚約おめでとう。俺たちはそろそろ帰るからこれで失礼するよ」



「ねぇ、フィル、どういうことかしら」

 メリッサ様たちと十分に離れてから、わたしフィルに問いかけた。

「見たまんまだろ。メリッサ嬢はそれほどダミアンとの結婚を嫌がっていないんじゃないか。少なくともすごく嫌というわけではないんだろ」

 そうなのよね。メリッサ様はシズリーの父が彼女の実家のお金が目当てだということくらい、わかっているはずですのよ。だからシズリーとの結婚が本当に嫌なら、家にお金がないことを伝えればいいだけですわ。

 シズリー子爵はお金がない家の娘と自分の息子を絶対に結婚させたくないでしょうし、それを知ればすぐに婚約解消できるはずです。向こうからすれば格下の家ですしね。

 侯爵夫人は怒るでしょうけど、彼女の影響力はあまり大きくないですし。

「田舎に帰るよりも彼と結婚する方がまだよかったのかしら」

「さあな。どちらにしろ彼女は他に選択肢があることには気づいているだろ。お金目当てにされていることにもな。ダミアンがあの調子なんだから。だからあとはもう本人が勝手にすればいい」

 フィルの答えは投げやりだった。もう必要以上に関わる気がなさそうだわ。

 わたしもフィルと約束しましたからもう関わりませんけど。

 メリッサ様の心情は彼女自身にしかわかりそうにありませんわね。


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