当店、マッチョとヒゲ(胸毛含む)の方はお断りです
「いらっしゃ…あ、すみません。当店、マッチョとヒゲ(胸毛含む)の方はお断りしてるんで」
さて、そろそろ店じまいするかという時に現れた男は、いかにも鍛えていますと言わんばかりの筋肉隆々としたクマのような風体であった。
顔はもさっと髭を生やしているから全く判別できないが、多分ブ男だ。
私の言葉に
「おいおい、ご挨拶だな。この店は、客を選ぶってのか?」
男はちょっと気分を害したように肩を竦めたが、私は介さずに
「選びます」
と言い張り、ポリシーを変えなかった。
こちとら体を触る仕事だ。女の子だったらどんな子でも良いけど、男はやっぱり好みの体に限る。
ちなみに体を触ると言っても、怪しい職業ではない。
リフレクソロジーである。
勿論、大人のリフレクソロジーではない。駅中とかにありそうな健全な店をイメージして欲しい。
この地にやってきて早2年。
当初は言葉が通じなくて、コミュニーケーションに苦労したけど、努力の甲斐があって、今じゃちょっと評判の店になって客には困ってない。
困っていないと言うか、選べるぐらい繁盛しているのだ。
と言うわけでさよならーと両手で扉を閉めようとしたが、無理だった。その男(略してモサ男)は軽く手を掛けているだけなのに、びくともしない。
「悪いが、そんな理由ならこっちも引けねぇ。眠れなくて、ほんと困ってんだよ」
モサ男は私の抵抗をお構いなしで、ずずいと店の中の入ってきた。
侵入者―!侵入者が来たぞーと騒いでも、町はずれにあるここからでは誰も気づいてくれないだろう。
男は良い匂いだなと呟くと、これまた断りなしにソファに座った。
「ジャスミンに似た花から抽出した特別なものを使っているんで」
そうであろ、そうであろ!
ボディ用のクリームもオイルもない国であるから、私は一から作り出さなければならなかった。
アロマもそうだ。
作り方は知っているが、材料が揃わない。その素となる花ですら共通のものばかりではなかったのだ。
過去の苦労を思い出し、遠い目をしていると
「これに答えれば良いのか?」
モサ男は勝手にテーブルの上のアンケート用紙に手を伸ばし、書き込み始めた。
うぬぅ、なんてゴーイングマイウェイハイウェイな奴なんだ…。
しかしもうここまで来たら、適当に相手をして、速攻お引き取り願うのが良い。
「初めての方にはお試しの、15分のハンドマッサージをおすすめしますよ」
「いや、この全身指圧コースにしてくれ」
うぬぅ、なんて奴だ。90分のスペシャルコースを選ぶとは。
まぁ、良い。年末のこの時分、ちょっと物入りであったのだ。騙くらかして、筋肉割増し料金を請求してやろう。
いや、騙すっつーのは語弊がある。これは正当なる要求なのだ。
基本的に、筋肉と言うのは筋肉なので、固いし施術に神経を使う。
しかもこういう所に来るやつってのは、体に無理が来ているので、筋肉も硬直している。
マッチョの取り扱いは非常に面倒なのだ。
モサ男が、ん!とばかりに差し出してきたアンケート用紙に目を通す。
ふむふむ、気になるところは肩と、首か。眠りが浅いってのと、頭痛があるってのはここから来てるみたいんだなぁ。
凝りによる首の歪みも、頭痛の原因の一つであるし。
他も見る限り、長時間パソコンと向かい合ってるオフィスレディみたいな症状が多いな。
「んじゃベッドに移動してください。服は…そのままで大丈夫か」
あまりに施術に支障が出る固い素材の服を着ている客には、用意してあるシャツとパンツに履き替えてもらう。
しかしこのモサ男に関して言えば、その必要はなさそうだ。
そもそも、うちの店にモサ男サイズは用意していない。
んじゃ、ちゃっちゃとやってやろう。
てやんでぃ、こちとら江戸っ子じゃないが、プロだ。
仕事の手抜きはしない。特とご覧あれ、と勇んだものの何とこの男、10分後に寝やがった。
はぇよ…。
いや、施術中に寝てしまう客は結構いる。こっちとしては、良い仕事をしていると分かる状態であるから、別に不満はないが、早すぎる。
足つぼを押しても、ぐぉぉと唸るだけで、起きなかった。
あれだな、冬眠中のクマに足つぼやったら、多分こんな感じだな。
そんなこんなで、私とモサ男の初対面はあまり良いものではなかった。
モサ男の私に対する印象だって、良いはずはないけど、モサ男は予想外にお得意様になった。
外見に似合わず金払いは思いのほか良かったんで、良客の1人として見なしている。
この国で、物を買う時は値切り交渉から入るのが当たり前。
私の客も普通に値切ってくる。
リフレも値切るんだなぁ、カルチャーショック。
モサ男、私がちょっと筋肉割増しした金額を、文句も言わずに支払った。
日本で生まれ育った私は、金額のやり取りがストレスの元になっている。
その中で、こっちの提示する金額をホイホイ払うモサ男は、対応が楽な客の1人だ。
※
「おい、これやる。お前、こないだ甘いもん好きって言ってただろ?」
いつもの通り、閉店時間を少し過ぎた夜分に男はやってきた。本来なら時間外の施術はお断りしているが、常連のため多少の融通は利かせてやっている。
それにこのモサ男、何の仕事をしているか知らないが、結構多忙で、その上ハードワーカーだ。
男は仕事の話は一切しないし、私も興味がないのであんまり細かく聞いたことはないが、施術に必要な最低限度は知っている。
驚くべきことにこの男、仕事の大半がデスクワークなのだそうだ。
まじでー、まじでー、どう見ても肉体労働のモサ男なのに、マジでーぷっぷー。と思ったが、勿論口には出さない。
「あー、あれは対イケメン用の返答なんだ。ほんとはあんま、甘いもん好きじゃない。手土産持ってくるなら、酒のつまみになりそうなキュウリの浅漬けチックなものか、タコわさっぽいものとかにしてくれるとありがたい」
「…酒が飲めねぇって言ってたのも嘘かよ」
「あぁ、それは目を付けてる男に対する返答だから。手土産は酒でも良し」
んだよ、せっかく喜ぶと思って持ってきたのによ、とモサ男はガリガリと乱れた髪を掻きながら手土産を引っ込めた。
せっかく持ってきてもらったのに、ちょっと悪かっただろうか?
仕方ない。ちょっとサービスしてやろう。丁度試してみたい新メニューがあったのだ。
「まぁ、気持ちだけ貰っておくよ。んじゃ早速ちょっとこっち来い」
「ん?ベッドじゃないのか?」
「あぁ、この国にゃリフレクソロジーっつーもんがないから、初っ端ベッドに連れ込むのはやっぱり客の不安を煽るみたいでさ。お試しとしてハンドマッサージ用意してるけど、やっぱりそれだけじゃ弱くて。んで、考えたのがヘッドマッサージだ!」
じゃじゃーんと購入したばかりの椅子を見せる。
その作りは、昔行きつけだった美容院を模倣した。あそこの美容院はヘアカットの他に、ヘアトリートメントやヘッドマッサージのサービスも豊富だった。
しかも、美容師さん、イケメンが多かった。その上、美容師さんはイケメン揃いだった。大事なことなので、二度言った。
「あと一年前から考案していたクールオイルがついに完成したんだ。いやぁ、肌をしっとりと整えるためのオイルは、この国でも似たようなものはあったから、ちょっと手を加えるだけで良かったけど、こう爽快感の与えるような、クールな感じのはなくて作り出すのにかなり苦労したんだよ!そしてついに、このクール的な…って起きろよ、聞けよ」
こいつ、本当に寝るのはやっ!
まずは頭皮を軽く揉み解すかと取り掛かった5分で寝やがった。
他の客には許すが、こいつは許さん。
と言うか、聞け。苦節1年も掛かって作り出したこの一品の効果を!
「んぁ?あぁ、良いんじゃね?ヘッドマッサージだっけ?」
「ふざけんな。その話は、10分以上前に終わっただろうが」
ぐりぐりと頭のツボを刺激してやると、うぉぉ!効くぅと悶えていた。
ちょっと嬉しそうだった。こいつ、マゾだったのか。
「真面目な話、良いと思うぜ。これなら警戒も少ねぇだろうしな」
そうなのだ。
実は、この国はあまり治安が宜しくない。
治安大国日本、電車の中でぐーすかぴー、みんな揃ってぐーすかぴーでも窃盗などの被害がない日本に比べれば大抵の国は治安が悪い。
それを考慮しても、この国の治安は悪い。
男は勿論、女子供ですら小刀や剣などを持ち歩くのが普通だ。
銃刀法違反などはない。
そんな中、か弱き乙女の私が1人で生きていけるのは、何を隠そうスタンガン様のお蔭だ。
ちょっと昔、私生活でトラブルがあり…と言うかちょっとメンタル可笑しい男と関わってしまい、自衛のために持ち歩いていたスタンガンは、この国にはない武器であった。
店を開いて早々、町の兵士も手を焼く男に絡まれて、スタンガンで撃退したのが幸運の始まりだった。
この町で私は、岩のような男も一撃で倒せる女と評判になった。
お蔭で、やばい人生を歩んできた女と見なされこの町の男は寄り付かないが、店を含め、私の安全は守られている。
大陸のほぼ中央に位置するこの国は人の行き来は頻繁だ。
良い男を捕まえる機会は、いずれ訪れるだろう。
しめしめ。めしめし。
…そういえば夕飯まだだった。
お腹減ったなぁと誰に聞かせるつもりなく呟けば、眠っていると思ったモサ男が
「じゃあ、終わったら一緒に飯食いに行くか?」
俺も腹減ったしな、と返事をしてきた。
ヘッドマッサージの礼に奢ってやると言われれば、一も二もなく頷くしかない。
男が選んだ店は、町の中央にあり、それなりに安価で味も良いところだった。
ただ夜になるとぐっと客層が悪くなるので、私は昼しか利用したことがない。
「これと、これと。あとこのお酒、これ2杯。あとこの何だか分かんないやつ、それから隣のテーブルにある妙なの1つ」
「お前ね、そんなに頼んで食べきれんのかよ?俺は俺で、好きなの頼むぜ」
「わーってるって。さすがに全部奢れたー言わないって」
端数は出す。
それからまぁ、自分が飲んだ酒代は払っても良い。
「んや、奢るって言ったし食べきれりゃ、別に良いんだけどよ。残すとここの女亭主こぇから」
食べきれんなら好きなもん頼みな、と破れて読みづらくなったメニューを渡された。この男、見かけによらず気前が良いのだ。
「はぁ、やっぱり仕事の後の一杯は格別ですなぁ」
ぷはぁときつい蒸留酒を飲み干し、ほっと息を吐く。正面を見れば、モサ男も同じようにお酒を飲み干していて、お約束通りその髭に白い泡が付いていた。
「はぁぁ、しっかしやっぱ良い男ってのは少ないなぁ」
下品に飲み散らかされた店内を見渡し、はぁぁぁとため息を吐く。
良い男を捕まえて、早々に扶養家族、専業主婦になり、3人以上の子供に囲まれ、ついでに犬も飼おうと言う細やかな私の夢はこの国に来て頓挫している。
頓挫していると言うよりも、間違いなく後退している。
この国は治安があまり宜しくない。
治安が良くないと言うのは、この国が豊かでないというのを表している。
当然、病気などの原因で命を落とすことが多いので、おそらくこの大陸の中でも、この国の人たちの平均寿命は長くない。
故に、QED。
結婚年齢が早いのだ。大体は15か16歳で結婚して、十代で子を産んでいる。
ちなみに私、御年26歳のぴっちぴちの二十代。日本にいれば、今が盛りであるが、この国にいては、行き遅れのおばさんの領域に入ってしまった。
何たる不幸だ。
「この間、ちょっと良いなぁと思った男も、私の店の売り上げが目当てだったしなぁ…」
旅をしている商人の息子と名乗った男は、私好みの優しげな面差しをしていた。
ハスキーな甘い声で、あなたみたいなきれいな人は初めて見ると言われ、ついパタパタと舞い上がってしまった。
なんせここ数年、おばさん呼ばわりされること多かったんで。
それなりにショックだったんで。
しかしまさか、あの人畜無害な男が、女から金を巻き上げることを生業とする詐欺師だったとは。
と言うか旅してたんじゃないか?ずっと同じ町にいるんじゃないか、旅みじかっ、小学生よりみじかっ。
幸いにして、その事実は常連の娘さんの1人から教えてもらったので、金銭的な被害はなかったが、心に傷を負った。
ちっ、行き遅れのばばぁなら速攻金出すと思ったのによ、と言う捨てセリフ、かなりぐさっと心に刺さった。
思い出して悲しくなってきた私は、モサ男相手に愚痴る。
「私さぁ、客観的に見て男運ないっていうか…、男を見る目がないと言うか…」
女に嫌われる女のチェック項目に全て当てはまる奴と言うのは私のことだ!
しかし別に嫌われてはいない。
友人曰く
「いやぁ、あれは絶対嫌だなぁと思う男の隣陣取って、相手してるからさ。正直、みんな感謝してるよ」
だそうだ。
あれ~?おかしいな、私が良いなと思う男は、他の女の子から見て、こいつは関わっちゃなんねぇぞリストのトップに位置する男らしい。
確かに、正解である。
私が目を付けた男は、悉く外れであった。
アイドルオタクであったり、ギャンブル狂いであったり。
一度、その男の部屋から小児愛のDVDを山と発見して、うぉぉぉロリコン~と絶叫して逃げ帰ったことがある。
しかもそのDVD、赤いランドセルの中に入っていた。
やばい、筋金入りの変態だ。末期だ。
顔はかなり好みだったのに。同世代の男と比べてがっついてなくて良いなと思ったのに。大人の女に興味なかっただけか、はは。
子供は純粋で良いよね、と言っていた言葉を思い出して、それを邪な目で見てるのは誰じゃい!と無残に散った恋の終わりを嘆いた。
友人たちは
「あの男、小さい子が通った時の目つきがやばかったよね」
と何やら通じ合っていた。
何でみんな、そんな初対面で相手の性癖まで見破れんの?
エスパー?みんな、エスパー?
男と女の前でころっと態度を変えるという嫌な女の要素を持っているけど、好きになる男が別に誰も狙ってない、むしろいらんという男のため、友人の数は多い。
みんなありがとう。
「見る目ねぇって分かってんなら、お前の好みと全く逆の男と付き合ってみるってのどーよ?」
「いや、それは極論過ぎるんじゃ?」
このスープ、昼間食べるよりも具の旨みが出ていて美味しい。二日目の朝のカレーは旨いぞ、現象だ。
目をぱちくりさせながら、一気に飲み干すと、がっつき過ぎだろと呆れながら、モサ男は自分の分のスープを私の前に置いた。
このスープ、居酒屋のお通しのようなものでメニューにはない。
追加注文することが出来ないので、モサ男の分も遠慮なく頂く。
その代わりと言っちゃなんだが、食べたことはないが美味しそうだったので頼んだ肉の煮込みのようなものを男の前に押しやった。
食べてみろ、まずいぞ。
「俺が知ってる限りでも、よりによってその男かよ?っつー男を選んでんぞ、お前。俺ですら分かるくらいの下らん男だった」
「え~…。私の男を見る目って、モサ男以下なのか…」
ちょっと…いや、かなりショック。
「お前、モサ男って呼ぶなよ。俺の名前は、ダンウィーク・オーレンだって言ってんだろ」
「ダンウィーク・モサ・オーレン」
「てめぇ、勝手に名前を付け足すなっ!」
程よくお酒が回って楽しくなってきた。ははっと上機嫌に笑えば、モサ男も呆れたように肩を竦めて笑い返してきた。
「そもそもな、お前、男を選ぶのにまずは外見てのがいけねぇんだよ」
「そうは言っても、短い付き合いで財力までははかれないじゃん」
「お前、それは何事?」
男を選ぶ基準。
一に外見、二に財力。
「だから失敗してんじゃねぇかよ」
「んじゃ、そっちは女を選ぶとき何を第一条件にしてるのさ?」
「だから、そもそも俺は条件とか決めてねぇっての。自分の女にしてぇって思った女を只管狙うだけだろ」
「あぁ!本能に従うってか。ふむふむ、モサ男っぽいですな」
「馬鹿にしてんのか?」
「いんにゃーちょっと羨ましいだけ」
「…は?どこが?」
外見を重視しているせいか、財力を重視しているせいか、私はこう、友人が言うように夢中になる恋と言うのをしたことがない。
まして男が言うように、自分の男にしたいと思っても、そこまで強い思いではなかったりする。
「大体、なんでそんなに顔と財力に拘るんだよ」
「そりゃあ、単なる付き合う相手じゃなくて、結婚相手を見つけたいから。子供は3人以上欲しいし、そうなるとやっぱり財力がね…」
そう言うと、モサ男はちょっと驚いたような表情を浮かべた。
「お前って子供好きなの?」
「あぁ、うん。3人は欲しい。性別はどっちでも良いけど、出来れば女の子が良いかな。大人になっても、一緒に洋服選んだりできるじゃん。いや、でも男の子でも良いか?母さん、それは僕がやるととかちょー良い子に育ったりして」
いや、でも子育ては難しいってテレビで偉い人が言ってたな。
あれか、反抗期っつーのが来たら、バイク乗り回して夜の窓ガラス壊して回るのか。いや、大丈夫だ、この国にはバイクはない。
あるのは馬車か人力車だ。
盗んだ人力車で走り出しても、あまり威力はなさそうだな。論点ずれてるけど。
「じゃあさ、財力は置いといて。お前の好みの線が細い男ってのは考え直した方が良いんじゃねの?優男にゃ、子供3人も面倒見きれねぇぜ?」
「良いの、良いの。面倒は私が見るから」
暮らすのに十分なお金さえ稼ぎで来てくれさえすれば。ついでに言えば、休日は良いお父さんをしてくれれば。
「んじゃ、尚の事。俺の知り合いの話を聞く限り、仕事しつつ、休日子供の面倒を見るのは結構な体力がいるらしいぜ。それなら子供を3人くらい余裕で抱えられる、がたいの良い男の方が良いと思うがな」
「…………………」
そう言われると、それも一理あるような気がしてきた。
何せここは日本ではない。
私の好みは別にして、子供の視点から考えるに、がっしりと頼りになるお父さんの方が良いのかもしれない。
「うーん、そう言われるとその方が良い気もしてきた」
「だろ?」
この国では幼い頃から武術を身に着ける。
それならば、刀の扱いも碌に出来ぬような優男よりも、強い男の方が子供の教育には適している。
そうだよなぁ、ここは日本じゃないし、夫が優男だと家族諸共危険な目に晒されるかもしれないしなぁ。
モサ男に新たな着目点を与えられた気がする。
※
そんなこんなで相変わらず目ぼしい男も手にいられず悶々とした日々を過ごしているある日。
ちょっとした事件が起きた。
いや、私にしては大事件なのだが、軽犯罪が横行するこの国に置いて、多少の傷害事件など取るに足りないことだ。
ことの原因は、最近顧客となった男。
私はその男をちょっと狙っていた。
ターゲット、ロックオン、キュッピーン。
詳しい情報は知らないが、身に着けているものを見る限り、それなりに裕福な家の出だ。
重そうな剣を腰に差していて、筋肉の付き方からしてみるにそれなりに腕に覚えがある人だと思う。
さり気ない世間話に紛れて、個人情報を探ったところ。
男は30代後半で、奥さんはいたが死別。
子供はなし。
財力と容姿を考慮に入れ、それなりの好条件だ。バツイチってのがちょっと引っかかるが、この国では私は行き遅れおばばの域に入ってしまっているので贅沢は言えない。
男の反応を見る限り、私に対する感情も悪いものではない。
おっと、これは優良物件が釣れるか?と思ってわっくわくで施術している最中、一体何が気に障ったのか、男はいきなり怒り出し、喚き散らして来た。
は?何事?
思い当たる節はない。いつものように、男の足を揉み解しながら
「宜しければ頭の施術もお試しなさいませんか?」
ちょっとした私情を混ぜた営業トークを広げただけだ。
ヘッドマッサージは、それなりに評判が良く、それのみの固定客も付いた。
特にモサ男は、肩から上にかけて凝りが酷いので、頭皮を直接揉み解すこれがお気に入りだった。
怒りの原因と状況が理解できずに、ぼけっとしていると男はますます激高したようだ。
唾を巻きながら怒鳴っているので、聞き取りづらいのだが。
それをかき集めると、どうやら
「格下の存在である女に足を触らせることは許してやっていたが、頭を触りたいとは何様のつもりだ。立場を弁えろ!」
とな。
かなりの男尊女卑のお考えの方だったようだ。
こういう体を触るような仕事についている女は下層の下層とのこと。
何だ、そりゃ、むかつく。
しかしこちとら、日本帝国出身だ。
男女平等、時として女の方が強いんじゃね?と思える環境で育った私は、男の考えが全く理解できなかった。
「は?」
何言ってんだ、こいつ。
つい漏れてしまった言葉を聞きとがめた男は、ふぬぅと青筋を立てて、傍らに立てていた剣に手を伸ばした。
やばい、と思った時には、ぎらっと輝く剣先が振りかざされていた。
体も思考も固まったままの私は、何が起こったのか暫く理解できなかった。
どのくらい経ったのか、はっと我に返ると、激高していた男が自警団に引っ立てられていて、いつの間に来たのかモサ男が心配そうに、私の顔を覗き込んでいた。
大丈夫か?と声をかける男の腕からは夥しい血が流れていて、再び意識が遠のきそうになった。それを何とか連れ戻す。
「う…腕…」
ぱっくりと割れた腕は、さすがに骨は見えていないが、かなり深く赤い肉が露出していた。モサ男は、あぁと何でもないようにそれを一瞥し、舐めときゃ治るだろと流した。
いやいや、これ縫わなきゃでしょ。
舐めとけばってあんた唾液にどんだけ期待掛けてんだ、と言うかそもそも何でモサ男が怪我したんだ。
正直な所、男に剣を振り上げられた後の記憶が曖昧である。
何かに覆いかぶされた後、あのDV男のうめき声と、物が倒れる音が響いた。
その何かが離れたと思ったら、激しい乱闘の音が続いて、気づけば店の中はめちゃくちゃで、目の前に腕から血を流したモサ男がいた。
「腕が…」
やばいくらい生肉。これ、神経とか大丈夫なんだろうか?
真っ青になった私を、もさ男は心配そうに見やると
「あの男はもういないから安心しろ」
と全く見当違いなことを言ってきた。
いや、私の青ざめているのはDV男でなく、見るからにグロテスクなその腕が原因なんだが…。
怪我をしていない方の男の腕を取り、町の医者へとふらふらと向かう。
やばい、気分が悪い。
今にも座り込みたい吐き気と戦いながら、医者へとたどり着けば
「お前、怪我してたのか?どこだ?」
モサ男はこれまた見当違いな発言をし、気づかわしげに見やってきた。
もはや相手にする気力はなく、暇そうに椅子の上で回転して遊んでいた医者に、よろしくお願いしますとモサ男を差し出し、自分はそのまま外に出て、道の片隅でげーげー吐いた。
吐くものがなくなっても依然気分が悪いままで、汚れるのも気にせず暫く壁に凭れかかっていた。
胸元に常備していたカモミールに似た匂いのアロマを取り出し、ゆっくりと吸い込んで気分を落ち着かせる。
目を閉じれば、モサ男の切り裂かれた肉を思い出してしまうので、がっと目を見開いたままでいると、自然涙が溢れてきた。
私は偽物と分かってもスプラッタがダメだ。
一度見たことがあるジェー○ンはもうトラウマものだった。あいつは、チェーンソーの使い方激しく間違っている、いかれた死人であった。
明らかに作り物でもみたくない。
ましてモサ男の腕の怪我は本物なのだ。
「おっ…おい、大丈夫かっ?」
「お前がな」
病院から出てきてモサ男はきょろきょろと辺りを見渡し、壁に凭れかかって座り込んでいる私を見るなり、慌てて駆け寄って来た。
手を貸そうとするモサ男の手を頑なに断りながら、何とか家へとたどり着く。
店の中はめちゃくちゃで、ますます気が滅入った。
「あちゃー、すまん。酷い惨状だな」
「いや、よく考えればこれで済んだのは、かなり幸運だったんだと思う。と言うか、助けてくれて本当にありがとう。怪我させて、ごめん」
聞けば、あのDV男の妻は、男に殺された可能性があると言う。
犯罪が横行するこの国で、一つ一つの事件に時間はかけない。
結局、男の言うように事故として処理したそうだが、隣人曰く、せっぱ詰った悲鳴が聞こえることは多々あったそうなのだ。
ここは日本ではない。
例え殺されたとしても、おかしくない状況だったのだ。
男の正面に立って、深々と頭を下げて感謝を表せば
「いやいや、何だよ。改まって。別に大したことねぇって」
ちょっと顔を赤らめて、怪我をしていない左手を激しく振って、否定してきた。
そう言えば、この男の利き腕は右だ。
全治何週間かかるかは分からないが、少なくとも三週間以上は満足に動かせないだろう。
「お医者さんは、何て?」
「ん?あんまり動かさなきゃ、数週間でくっ付くってよ」
「あんまり動かなさなきゃ、か…」
このモサ男、自分がどんな重症か理解していない。
間違いなく、あんまり動かさなきゃの次元を勘違いしているような気がする。
軽い素振りとかを、あんまり動かしていないレベルに入れている気がする。
この男が1人で暮らしているということは知っている。それなら食事だって、掃除だって、洗濯だって不自由してしまうだろう。
いや、不自由してやらないと決めるなら良いが、この男は怪我を気にせずいつも通りこなす気がする。
この固い素材の服だって、ごっしごしと両手で擦って洗濯するような気がする。
あり得そうな事態をぐるぐると考えると、モサ男は、あぁあぶねぇなと割れた花瓶を片付け始めた。
そればかりが、バケツに水を汲み、オイルやジェルが流れた床を拭こうとした。
やめんか、馬鹿もの。
頼むから、安静にしてくれ。既に巻かれた包帯に血が滲んでいる。その包帯の下の傷を思い出し、くらっとして来た。
しかし倒れている場合でない。このモサ男を大人しくさせないと。
このモサ男このまま帰して良いのか?家でちゃんと安静にするのだろうか?
大丈夫、大丈夫と倒れた棚を起こそうとするモサ男に
「お願いだから、動かないで!」
半泣きで怒鳴ってしまった。
いきなり泣き出した私に、びっくりしたようにモサ男は動きを止めた。
棚を離した男の腕をそっと掴んで、俯く。黙ったままの私の頭上から、おい…と探るような男の声がかかる。
モサ男は、ぽたんと床に垂れた幾つもの水滴が私の涙だと気づいて、慌てだした。
「なっ、泣くことねぇだろっ!あ、いや…すまん…。俺らにとっちゃ、こんな怪我日常茶飯なんだが、お前、びっくりしたんだな」
唇を噛みしめて、小さく頷くと、モサ男は怪我をしていない腕をそっと私の肩にかけた。
「…治るまで、無理しないって誓って」
涙がだーだー流れたままの顔を挙げれば、モサ男は怯んだように少々体を引いた。
「あぁ、誓う」
きっぱりと返って来た言葉にほっと息を吐く。しかしすぐに、無理の程度の大きな隔たりがあるのに気付いた。
「上げたり下げたりしないって、物を持ったりもしないって誓って」
「それは…ちと難しくね?」
やっぱりだ。
モサ男は殆どいつも通りに過ごす気だ。そもそもこの怪我を軽傷と言って流していることから、怪しさ満載だ。
「んじゃ、良い。怪我が治るまで、私の家で暮らすって言って」
「は?…そりゃ…それもちと難しい気が…」
「何でよ。私の家、部屋は余ってるし、この店の惨状じゃしばし臨時休業になるし、治るまで面倒見てあげられる」
良い考えだ。
多忙なモサ男は、おそらく仕事を休むことはしない。
しかし、炊事洗濯がなければ、負担はかなり減るし、風呂だってまぁ体を洗うことは断れるだろうけど、髪の毛を洗ってあげることは出来る。
良し、きーまりとばかりに使用していなかった部屋を、簡素に整えていると、部屋の入り口で男がいや…それはちょっと…俺の方にも事情が…と渋っていた。
しかし知ったことか。
それにモサ男の怪我が治るまで、面倒を見るのは怪我の原因である私の責任のような気がしてきた。
そんなわけで、モサ男はたいへん不本意だったようだが、私の家に住むことになった。
※
初めは渋っていたモサ男だが、数日もすれば生活のリズムが出来たのが、機嫌よく過ごすようになってきた。
店を休業している私は、時間が余っていたので、それをモサ男のために使うことは良い暇つぶしにもなった。
左手でも食べられるサンドイッチを作るのも手慣れたし、体によさそうな手の込んだ料理のレパートリーも増えた。
今日も、たっだいまーと鼻歌を歌わんばかりにるんるんで帰って来たモサ男を迎え、上着を受け取るとそのまま風呂場へ連れて行く。
モサ男は、やはりモサ男で、毎日風呂に入るのを渋った。
モサ男ならぬモサ汚である。
まぁ、モサ男が風呂に入ろうが入るまいが普段ならどうでも良いが、今はそうはいかない。
体を清潔に保つことは、傷口からの菌の感染を防ぐ。
傷を濡らさぬよう袋でカバーし、文句を言わなくなったモサ男を風呂場へ送り込む。
カラスの行水並に出てきたモサ男を、ちょっと壊れてしまったヘッドマッサージ用の椅子に座らせる。
ここからの作業は慣れたものだ。
上半身裸の男の首元に、温めたタオルを置いて背中の方から拭いてやると、うぁぁと気持ちよさげな声が聞こえた。
怪我をしている右腕を上げないように散々脅しつけ、風呂に入る時動かせないように肘を固定してやったので、肩の辺りは満足に洗えていない。
そこを拭いてやりながら、ついでに肩の凝りを解せば、気持ちがいいのか椅子の背に凭れかかって来た。
それを放置しながら、短く切った髪を洗ってやる。
今のモサ男は、モサ男から脱皮している。
実験失敗しましたとばかりに伸び放題で、爆発しまくりだった髪は、私が洗う関係上手間だったので、切りに行かせた。
不衛生だと主張してヒゲも切らせた。
もさっと生えた髪とヒゲがなければ、モサ男は普通の、いや普通よりも少し精悍な顔をしていた。
ビフォーが酷かったので、その分評価が加算されたのも大いにあるが。
「思ったよりもモサ男顔じゃないんだねぇ…」
つい零せば
「そぉ?そおか?」
モサ男は嬉しげに自分の顔を撫でていた。
モサ男も模範的な怪我人として、怪我も順調に治ってきていたが、最悪なことに、例の事件であまり私が武術に優れているわけでないことが露見してしまい、お金を盗もうと忍び込んできた奴らがいた。
その男たちとモサ男が大乱闘し、今回は店の被害はなかったものの、モサ男の怪我は悪化してしまった。
状況は数週間前にゴーバックである。
女の1人暮らしだと思って狙って来た小者軍団の一味だったようで、クマのような男が実は住んでいると知れた私の家は、早々に狙いやすいリストから外された。
その代償に、傷が開いたモサ男がいるわけだが。
傷口がずれてくっ付くと大変だぞ、と医者の言葉に私はモサ男の傷が完治するまで、見張りに見張ることにした。
「うぁ…もうねみぃよ」
髪を洗い終わったあと、タオルで乾かしていると、モサ男が大きな欠伸をした。
「ダメだよ。夕飯、食べてから。ってか食べろ。肉を煮込むのに数時間かけたんだから」
残念ながら、私は料理があまり好きではない。
自分で作るよりも店で食べた方が安いし、手間いらずだ。
良い男を一本釣りするために、肉じゃがとカレーは作れるが、あとはデパートの地下惣菜で誤魔化していた。
しかし、しかしだ。
この国にデパ地下何ぞと言うトレンディな場所はない。飲食店自体が少ない。しかも夜は治安が悪くて行かれない。
とすれば、仕方なしに自炊することになり、料理の腕も少しずつ上達して来た。
「あ、これ旨ーい」
左手でぎこちなく、フォークを握りながら食事をするモサ男の姿は愛嬌がある。
あまり器用でないモサ男は左で物を操るのが上達しないようで、フォークの握り方も小さな子供のようだ。
汚れたテーブルと皿を片付けて、食後の茶を入れる。
日本茶よりも独特の風味があると言うか、苦みがあるそれを最初は無理して飲んでいたが、慣れるとすんなり喉を通る。
ソファに横になって、何やら書類を読んでいるモサ男の頭を軽く持ち上げて、膝の上に乗せると、心得た男は自然横を向いた。
テーブルの上に置いてある、小枝の先を丸く削って作った耳かきを手に取る。
最初は、耳掃除まで気が回らなかったが、モサ男の耳から流血事件が起きたことにより、これも私の仕事の一つとなった。
なんとこのモサ男、左手で右の耳掃除をしようとしたのだ。
随分とアグレッシブな体勢となっている上、満足に目的も果たせず、揚句イラッと耳かきを動かし流血。
馬鹿である。
ちなみに私。
耳掃除、思ったよりも好きだったようだ。
こう大きいのが取れると、とったどーと叫びたくなるような、もの凄い達成感が得られる。
右と左の耳を綺麗にして、終わったよと声をかけると、案の上モサ男は眠っていた。
こいつ、リフレ中といい、耳かき中といい良く寝るよなぁと思いながらも、随分気持ちよさそうなので、そのままにしておくことにした。
膝の痺れが限界に来たら、叩き起こすが今はまだ大丈夫だ。
さて、明日の夕飯は何にするかと考えながら、手慰みにモサ男の髪を撫でていると
「なぁ…」
寝ていると思ったモサ男が、髪を撫でている反対の私の手を取って来た。
「ん?」
「あのさぁ…この国を出て、俺の国に行かねぇか?」
「………?ん?あんた、この国の出身じゃないの?」
初耳だ。
モサ男は手に取った私の指を弄りながら、話を続けた。
「お前、どの国で育ったんだが知んねぇけど、安全な所で育ったんだろ?犯罪が横行して、暴力や殺傷沙汰が頻繁に起こるこの国に、お前が不安がってるのも知ってるし」
「…そりゃ、私だって違う国に行けるなら行きたいけど、許可が下りなかったんだよ」
安全な国に行けるなら行きたい。
でも私は今は天涯孤独の身の上で、身元を保証してくれる知り合いもいない。
入ることすら出来ない国は沢山あった。
私が入れるのは、この国のような貧しい方に入る、治安が安定していない国だけなのだ。
「俺が一緒なら、大抵の国には行ける。なぁ、行こうぜ。俺の故郷なら、お前だって安心して暮らせるし、それに子供育てるのだって最適な場所だ」
「……………………」
黙ったままの私を気にせず、モサ男は膝から身を起こすと熱の籠った声で、説き伏せてきた。
「俺は…、俺の国だと、まぁ身分のある生まれだから財力もある。それに一生懸命働いて、稼ぐし、それなりの暮らしはさせてやれるはずだ」
ぐっと身を乗り出し、私の両手を握りしめると尚も言葉を続けてきた。
「子供も好きなだけ生んで平気なくらい広い家を建てるし、お前が店をやりたいって言うなら、それだって俺の国に戻れば簡単に叶えてやれる。俺も子供は好きだし、面倒だって見れる。体力はあるから、お前に似たやんちゃな子が生まれたって平気だ」
「…………………何それ。つまり、…私に求婚してんの?」
呆然として呟けば
「してるっ!」
掴んだ両手を引き寄せられて、ぶつかるようなキスをされた。
広がるモサ男の顔は、あまり好みではないが、しかしキス自体は嫌なものではなかった。
モサ男は少し顔を離し、私の反応を伺った後で、再度唇を重ねてきた。ちょっとくっつけては離して、探りを入れる慎重なモサ男の行動が少々おかしい。
洞穴の中から出ようか止めようか考え中のウサギのようだ。
大丈夫かな?とちょっと首を出して、引っ込めてと言う行動を何度か繰り返してる感じの。
まぁ、外見はウサギと言うかクマに近いんだが。
それを想像して、ぷっと吹き出してしまえば
「何が可笑しいんだよ…」
不機嫌そうな、怒ったような、傷ついたような声が聞こえた。
ダメなのかよ…と目を伏せて呟くモサ男を見て、無意識に男の額に口を付けてしまった。
ちょっと愛しいと思ってしまった。
腕の傷に触れないように、そっと抱きしめれば、じっと体は動かさずに、しかし目は探るように私を見上げてきた。
自然に顔が動いて、男のその目に軽く口づける。
愛しく思う男と一緒に、男の国に行くのは。
悪くないような気がする。
「これは良いってことなのかよ?」
私の行動で、大体は予想ついているだろうに、決定的な言葉が欲しいのか、少し拗ねたような口調で、言葉を重ねてくる。
「いや、うん。正直、あんたを男として好きかどうかははっきりとは分かんないだけどさ」
「そうかよ」
頭を抱え込んで揺すれば、モサ男はじっとして、されるがままになっている。
「けど、あんたと一緒に生きて、あんたの子を産むの悪くない気がしてきた。あんたに似たもさい赤子は本気で御免だけど」
「赤ん坊の頃からもさかったら、それある意味奇跡だろ」
「んじゃ、あんたの国に帰ったら、あんたの子供時代の写真を見せてよ」
「写真??」
残念、そうか。この国には写真などと言うのものはなかったか。
まぁ、この男の子供時代を知る人からの目撃情報で我慢するとするか。
それにあとで聞いたところ、モサ男の国は女性の進出が盛んな国で、二十代後半で結婚することが珍しくないそうだ。
何だ、それは良い国だ。
来るだろう将来を想像して、楽しくなってしまった私は、自然口許が緩んだ。
明らかに笑っている私を見て、モサ男はほっとしたように息を吐いた。
それから体中の力を抜いて、私の膝に倒れ込んできた男の髪を撫でる。
私好みのキューティクルな猫っ毛ではないが、ごわごわしている髪触りも中々に悪くない。
「俺の国の着いたら、式を挙げようぜ」
「ちょっと待て、こら。いきなりで話が進み過ぎだ」
「大丈夫、大丈夫。旅は長いし、俺の国まではちょっと距離がある。着いた頃にはまぁ、いっか!って気になってるって」
うぬぅ。
こいつ出来る。
日本を知らない癖に、流されやすいと言う日本人の特徴を掴んでいる。
「用意でき次第、出発しようぜ」
「ふざけんな。怪我が治るまではダメだ!」
思い立ったらすぐ行動の男である。
こうして、私たちは男の祖国である風蘭国に旅立ったわけであるが。
ここから色んな事に巻き込まれ、歴史に名を残す人生を送ることになるとは、この時は思いもしなかった。
共同作品です