サマーデイズ
夏休み最後の朝、恐らく、今日を憂鬱に感じない学生はいないだろう。昨日までは、まだ明日があるという希望があったが、今日で楽しい連休も終わりだ。双葉も例外なく、最後の休みを堪能しようと、布団の中でゴロゴロしていたが、時計の針が11時を指していることに気付いて、慌てて起きた。
「宿題、宿題、宿題」
ありがちなことだが、双葉は夏休みの宿題を終わらせていなかった。兄貴や父親に頭を下げるのは悔しいが、背に腹は代えられない。今は宿題を終わらせることが至上だ。
「ミリー」
双葉は既に起きているハズのミリーを探していた。今年は助っ人がもう一人いるのだ。
「お、双葉かゆっくりだったな」
既に朝食を終えている松葉が廊下にいた。
「おはよ。ミリー知らない?」
「ミリー?」
松葉は首を傾げると、突然笑い出した。
「な、なんだよ」
「あはは、お前寝ぼけてるな。ミリーって、漫画のキャラクターかよ。それとも熊の縫いぐるみか?」
寝ぼけているのはお前だ。双葉は思わず叫びたくなったが、宿題の件もある。ここは下手に出た方が良さそうだ。
「あのさ、夏休みの宿題のことなんだけど…」
双葉は遠慮がちに、それでいて申し訳なさそうに、上目遣いで、松葉の顔をチラチラ見ていた。
「ああ、随分早く終わらせたよなお前。俺なんて大学生だから関係ないけどよ。我が妹ながら、しっかりした奴だと思うぞ」
「はい?」
奇妙な違和感。双葉は自分のことを普通に妹と言われたのが、気に喰わなかったが、それ以上に聞き捨てならない台詞があった。宿題を既に終わらせたとはどういうことなのか。宿題が嫌すぎて、夏休みの最初の方で纏めて片付けたとでも言うのだろうか。しかし、そんな用意周到な性格でないことは、自分が一番よく知っている。
「宿題を俺が終わらせたのか?」
「ああ。そう言えばお前、今日は変だな。自分のことを俺なんて言うし、起きるのも遅い。まさか緊張してるのか?」
「緊張?」
「今日は大事な彼とデートの日だろ。あんまり厚化粧すんなよ。コスメを分からないぐらい塗るんだ。お前はその方が似合う」
そのままリビングに戻ろうとする松葉の腕を、双葉は思い切り掴んだ。
「な、何言ってんだ…お前…」
「おい、放せよ。父親は玉の輿だとか抜かしていたがな、俺はお前が彼氏を作ることには反対なんだ。昨日もそれで喧嘩したばかりだろうが」
「マジで、何を言ってんだよ」
「西園寺勤とか言ってたな。金持ちだか何だか知らないが、双葉に何かしやがったら殺してやるぜ」
西園寺勤。夏休みの最初の週に、皆で行った夜光島で亡くなった人物の名前だ。何故、松葉が彼の名前を知っているのか。彼氏とはどういうことなのか、腑に落ちないことだらけで、双葉はおかしくなりそうだった。




