夜光島の謎その2
泊まる所が他にないのならば仕方がない。双葉達はうんざりしつつも小屋の中に足を踏み入れた。一階には二脚の椅子と、切り株のようなテーブルが一台だけあった。とてもじゃないが寛ぐような場所ではない。そこら中にハエが飛んでいて、最悪なことに小屋内は蒸し暑かった。
「二階に上がりましょう」
ミリーの提案で、急な階段を上り二階に向かう一同。一階も中々に簡素であったが、二階はそれをさらに上回っていた。部屋の右手には押し入れがあり、正面には大きな窓があった。最も窓というよりも壁をくりぬいたに過ぎず、景色が見えるのは良いが、閉めることができないので、虫もたくさん入って来ていた。
「汗掻いちゃってさ。シャワー浴びたいんだけど」
双葉は汗で濡れた服を煩わしそうにしていた。
「大丈夫だよ双葉ちゃん。俺、双葉ちゃんの汗なら平気だから」
「100回死んでろ」
双葉は吐き捨てるように公平に言うと、押し入れを開けた。中には最低限と言わんばかりの布団があった。人数分は足りているので、固い床の上で寝ることは無さそうだった。
「夜になったら真っ暗よね」
綾香は不安そうに部屋の端で縮こまっていた。すると勤が自分のリュックの中から懐中電灯を取り出して、綾香に手渡した。
「あまり使わないでくれよ。すぐにバッテリーが無くなるからさ」
「は、はあ・・・・」
何も無い小屋の中では時間もゆっくりと進んで行った。することも無く部屋でゴロゴロとしていると、いつの間にか日が暮れて、真っ赤な太陽が沈み掛けていた。
「見て、綺麗ですね・・・・」
ミリーは真っ赤な夕焼けにうっとりとしていたが、こんな劣悪な環境で楽しめているのは彼女と勤ぐらいだった。
「小屋は不便だけど、ここの景色には代えられないと思わないかい?」
勤は公平にせっついて、無理矢理に夕焼けの景色をカメラに撮らせていた。
夜になると、予想通り、辺りの景色が真っ暗になった。ただ暗いのではない。都会のようなネオンの光が存在しない孤島では、文字通り何も見えない漆黒の闇となる。
「なあ、綾香、懐中電灯で照らしてくれ、自分が何処にいるのか分からない・・・・」
「そうしたいけどね。懐中電灯を部屋の中で落しちゃったのよ。探そうにもこれじゃあね・・・・」
「二人とも何処ですか?」
「おい、俺、小便行きたいんだけど・・・・」
各々が勝手なことを呟く中、ゴソゴソと何かを漁るような奇妙な音が部屋内に響いた。
「何だよ。西園寺か?」
「西園寺君?」
勤は二人の問いかけにも応答しない。ひょっとして自分だけ逃げたのか。双葉達の頭の中をネガティブな考えが過った。
「懐中電灯見つけました」
ミリーは手探りで懐中電灯を発見した。そして早速明かりを点けてみた。パチッという音とともに、小さなスポットライトが双葉と綾香を照らした。続いて、情けなく股間を両手で押さえた公平が見えた。
「ミリー、お前の後ろを照らしてくれ。西園寺がいないぞ」
「はい、ただいま」
ミリーはクルリと後ろを向きライトを当てた。
「嘘・・・・」
ミリーは思わず懐中電灯を落としてしまった。双葉は急いでそれを拾い上げると、ミリーに投げ渡して、綾香の眼を後ろから両手で塞いだ。
「さっきから、鉄の匂いというか、血のような匂いが部屋中からしてたんだ。それで嫌な予感がして、くそ・・・・」
ライトを再び当てると、そこには口を半開きにして白目を剝いたまま、上向きに血と泡をダラダラと床に垂らしている勤の姿が見えた。手足の筋肉は硬直しており、既に死後、1時間は経過していた。部屋が真っ暗になっている間に、誰かが小屋に入り、勤だけを正確に殺害した。この中に彼を殺せる人間はいないし、殺す動機のある人間もいなかった。
「うああああ、つ、勤・・・・」
公平は叫ぶとそのまま背後の壁に背中をぶつけた。
「痛てて、ああ、くそ、小便漏らしちまった・・・・」
「公平・・・・」
「し、仕方ないだろうが。大体、悪いのはこいつなんだよ。勤が初めからもっとマシな場所を紹介してくれりゃ、こんな目に遭わずに済んだんだ」
「冷静になれよ。とにかくここは危険だ。警察がいるとは思えないが、とにかく下山しよう・・・・」
双葉は勤をそのままにすると、懐中電灯を受け取って部屋の出口を探していた。
「おい待てよ双葉ちゃん。今降りたら、警察に疑われるのは俺達だぞ。もう帰ろうぜ。嫌なんだよ。ここ・・・・」
「そうは言っても・・・・」
「嫌なんだよ」
公平は急に声を荒げると、双葉にタックルをした。彼としては無意識の行動だったが、その拍子に双葉は懐中電灯を床に落としてしまった。公平はそれを素早く奪い取ると、それで出口を見つけてドアを開けた。
「痛、公平、何してる・・・・」
「か、懐中電灯は俺が持つ。これからは俺がリーダーだからな。皆言うことを聞くんだ。へへ・・・・」
公平は顔を歪ませて笑うと、ドアを背中で閉めて、キリッと双葉を睨み付けた。
「ここからは出るが、警察になんか行くな。俺達は悪くない。それなのに疑われるなんて嫌だろ?」
「だけど、島に殺人者がいるのよ」
「そうです」
綾香とミリーは必死な形相で食い下がった。しかしそれを見て公平はさらに大きな声で二人を怒鳴った。
「うるさい。俺は嫌なんだよ。せっかくの夏休みをこんな風に過ごすのは。来年からは受験で、夏休みは夏期講習だ。冷房臭い部屋の中で、カリカリ勉強なんかしたくねえ」
「おい、公平、お前の勉強の話はどうでも良い。懐中電灯を返すか、ドアを開けろ」
「う、うるさいぞ。リーダーに逆らうな。そうだ、ふふふ、良いことを思いついた」
公平は妖しく笑った。




