夜光島の謎
凄惨な神崎事件から少しばかりの時間が経って、世間では夏休みになっていた。双葉は西園寺勤からの誘いで、ミリーと一緒に、クラスメイトの高須公平と佐伯綾香を入れた5人で、豪華なクルージングを楽しんでいた。満点の青空の下、一行は夜光島と呼ばれる孤島を目指していた。
(くくく、この新調した最新のカメラで、双葉ちゃんとミリーちゃん、ついでに佐伯の写真を撮って、撮って、撮りまくるぜ)
公平は首から紐でカメラをぶら下げながら、不純な野望に燃えていた。ミリーと綾香は潮風を浴びながら楽しそうに雑談をしていたが、双葉だけは青白い顔で、紙袋片手に座っていた。
「うええ、まさか俺が船酔いするなんて・・・・」
ありがちな展開ではあるが、双葉の必死な形相は船酔いが如何に辛いことかを、如実に語っていた。しばらくすると、勤が双眼鏡で遠くを見ながら叫んだ。
「着いたよ。皆、あそこが夜光島さ」
クルージングの旅が終わり、一行は夜光島の土を踏んだ。見たところ変わった様子は見当たらず、無人島では無いので、人の姿もちらほら確認できた。
「あそこの大きな建物が僕の別荘さ」
勤は先頭に立つと、彼を迎えに来た執事とメイドを双葉達に紹介した。
「執事は、大谷敬三さんと言って、僕の父が若い頃からいるんだ。そしてその隣のメイドが、小野寺くれはさん。去年からうちで働いているんだけど、今回は二人とも、先に島で待機して色々と準備してもらっていたんだ。楽しいイベントを用意したから、楽しみに待っててよ」
執事の大谷敬三は、60歳前後の白髪交じりの品の良さそうな人物で、小野寺くれはは顔が幼いということもあって、10代後半でも通用しそうな見た目をしていたが、ここで働いているのを見ると、恐らく20代であることが分かる。
「さあ。こちらへ」
くれはは見た目とは裏腹の低い声をしており、双葉達を西園寺家の別荘に案内した。途中で何人かの人とすれ違ったが、彼らは畑仕事に夢中で、こちらを見ようとはしなかった。挨拶しても聞こえていないのか、無視されることの方が多かった。しばらく無言で山道を歩いていると、突然公平が、双葉の横顔をカメラで撮った。
「ベストショットが撮れ・・・・ごふ・・・・」
公平は双葉に喉を掴まれると、そのままチョークスラムのような状態で木に叩きつけられた。
「おい、何勝手に撮影してんだ?」
「ちょっと待って、せっかくの夏休みの思い出なんだからさ。写真ぐらい撮らないと・・・・」
「確かにな・・・・」
双葉は納得したのか手を離した。公平はそのまま地面に尻を付けると、カメラに汚れが付いていないか懸命に確認していた。自分の体よりもカメラを優先する撮影者の鏡である。
「さあ、ここですよ」
くれはに案内されて別荘に辿り着いた。別荘というからには、さぞ立派な建物が現れるのだろうと、双葉を含めて誰もが期待していたが、それは悪い意味で裏切られた。その別荘は小屋とも言い換えれるほどの大きさで、2階建ての大木を切り崩して造った積み木のようなクオリティーだった。
「おい、嘘だろ?」
双葉は思わず勤の顔を見た。彼は両手を挙げて、「やれやれ」とでも言いたげな、大袈裟なジェスチャーをしていた。
「煌びやかな建物や豪華な食事も悪くないが、流石に毎日それだと飽きてしまうからね。たまにはアウトドアも悪くないだろ?」
「お前にとってはそうだろうけどな。俺達にとっては、煌びやかな建物や豪華な食事の方が珍しいんだよ。大体、何だよこれ。学校で習ったよな。竪穴式住居だの、縄文とか古墳とかの時代じゃないんだから。早く高価な別荘を用意しろ」
「そう言われてもね。ここが別荘なのさ。ハワイにも別荘はあるけど、僕はこっちの方が好きだな。庶民の暮らしって奴かな」
「庶民だって、こんな所には暮らさねえよ」
双葉は今にも火を噴きそうな勢いで、勤を責め立てていたが、不満があるのは彼女だけではない。綾香は一足先に建物内に足を踏み入れると、大声でヒステリックに叫んだ。
「嫌ああああ。虫よ虫。おまけにお風呂もトイレも無いじゃない・・・・」
女子にとっては地獄のような環境である。辛うじて屋根が付いているだけマシだったが、それ以外の機能は全くと言っていいほど期待できず、雨露を凌ぐことぐらいにしか役立ちそうになかった。




