双葉、覚醒する
「結城さん、ご家族の方が迎えに来ましたよ」
「はい・・・・」
精神鑑別所にいた双葉の前に、彼の家族である厳と若葉が現れた。
「もう、出ても大丈夫だ。さあ家に帰ろう」
「お兄ちゃんはね。大学で迎えには来られなかったの」
「親父、あの手を使ったのか?」
喫茶店で殺人容疑を掛けられたはずの双葉が釈放された理由。警察に金を握らせたなどと、いくら事情を知る子供の前でも言えるものではない。厳は双葉の問いに閉口していた。すると、寧ろ双葉の方が気を使って、話題をすり替えたりしていた。
「なあ、親父、頼みがあるんだけど」
「なんだ?」
「茶の間の日本刀を俺に貸してくれないか?」
「何?」
厳の顔がいつになく厳しいものに変わった。茶の間の日本刀。それは双葉にとってはもちろんのこと、結城家の人間ならば誰もが知っている、ある秘密が隠されていた。結城家は暗殺を生業とする一族の末裔であるが、その血は現代になって、限りなく薄められ、最早、面影など、厳よりも前の世代から見られなくなっていた。しかし、双葉だけは違っていた。どういう原理なのかは分かりかねるが、彼女だけは未だに暗殺者としての血が濃厚に残っていた。
昔、双葉がまだ小学生の頃の話、双葉は茶の間に飾ってある日本刀を、高価そうな金色の鞘から抜いて遊んでいた。それを見つけた厳は双葉からそれを取り上げようとした。しかしそこで異変が起きた。日本刀を振り回す双葉の瞳は、純朴な少年のソレでは無く、まるで獲物を追う獣のように、赤く切れ長になっていた。そして舌で下唇を軽く舐めると、父であることも忘れ、厳に斬りかかって来たのだ。
双葉がまだ幼い頃だったので、厳は力ずくで双葉を押さえることができたが、今、同じ状況に陥った時、それができるかは分からない。それゆえ、厳の表情は曇っていたのだ。
「分かっているよ。でもね。あれが必要なんだ。どうして俺に暗殺者の血が残っていたのか、今になって分かった気がするんだ」
「好きにしろ」
厳は双葉の眼を見ずに答えると、そのまま決まり悪そうに喫煙室に入り、煙草に火を点けた。
「ありがとう・・・・」
自宅に戻った双葉は、茶の間に飾ってある日本刀をじっと見た。昔と同じように刀は魔性の光を帯びていた。双葉はそれを取ると、震える指で鞘をなぞった。日本刀自体に何かの仕掛けがあるわけでもない。双葉の脳が日本刀を持つことによって覚醒することで、初めてその真価を発揮するのである。
「頼む。先祖の血よ。たまには役に立ってくれ」
双葉は鞘を引き抜いた。その瞬間、双葉の全身を金色の光が包み込んだ。それは幻覚であったが、何か強烈な眩いものが、全身を駆け巡ったような気がした。双葉の瞳の色が赤みを帯びた。そして眼の形が、ナイフのように鋭く切れ長になると、まるで何かが憑依したかのように、妖艶な出で立ちになり、Cカップだった胸が、Dカップほどの大きさになり、尻も少し突き出ていた。
「うふふ。不思議ね。力が湧いて来たわ」
双葉はそのまま回転すると、両足で庭に着地して、忍者のように塀を飛び越えると、そのまま何処かに向かって駆けて行った。




