神崎、逃亡するッ!
「落ち着けよ。落ち着くんだ」
稔は自分の爪を噛みながら、交差点を渡った。周りの人間の視線が気になって気が狂いそうだった。先日双葉達から逃走して以来、常に追手の恐怖に怯える彼は、そろそろ平常心を保っていることに限界を感じていた。
「選別しなければ・・・・」
道行く女性達の姿を眼で追うが、目ぼしい獲物は見当たらない。怯える彼の瞳に制服を着た少女の背中が映った。そしてその少女が町角を駆けて行くのを見つけて、彼も慌てて後を追った。
「待ってくれ。僕に、僕に君を殺させてくれ」
町角を曲がると少女の姿は無かった。何処に消えたのだろうか。彼が思わず後ずさると、突然、先程の少女らしき人物が角の奥から姿を現した。
「よお」
「貴様は、結城双葉か・・・・」
先程の少女の正体は双葉だった。稔は思わず逃げようとしたが、そんな彼の行く手を遮るかのように、手の平ほどの大きさをした火の玉が、彼の足元に炸裂した。
「ぬお・・・・」
ブーツに火が燃え移り、稔はその場に転倒した。そして足元の火を必死に口で吹き消そうとしていた。
「チェックメイトだな。神崎先生」
双葉とミリーがゆっくりと稔に迫った。彼の顔が恐怖に歪む。
「終わりです」
ミリーが指先を稔に向けた。そして光の矢で彼の胸を貫かんとしたその時、彼の様子が変わった。それは変身と言っても過言ではない。突然、両手を打って笑いこけると、恐怖に震えていたのが嘘のように、フラッと立ち上がった。
「動かないでください。一歩でも動いたら、躊躇せずに攻撃します」
「動かなくたってやるんだろ。それに俺は神崎じゃない」
稔はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、ゆっくりとミリーと双葉に近付いて来た。
「惑わす気ですか?」
ミリーの指先に金色の光が集まった。すると、双葉がその手を押さえた。
「待てミリー。本当に神崎じゃないかも知れない」
「双葉、何を言っているですか。あいつは神崎稔です」
ミリーは双葉を振り払うと、再び稔に向かって指先を向けた。すると、稔の顔がグニャグニャと幻影のように歪んでいた。そしてこめかみのあたりにまで裂けて広がった、真っ赤な唇を開いた。
「俺は神崎じゃないよおおおおお」
「くっ、これで終わりです」
ミリーの指先から何本もの光の矢が放たれた。それは綺麗な線を描きながら、稔の足や腕、肩や鳩尾を貫いて、虚空に消えて行った。彼の体が血塗れになり、固いアスファルトの上に沈んで、血の水溜まりを形成していた。
「やりました・・・・え・・・・?」
ミリーの顔が突然能面のように表情を失った。血の水溜まりにいるのは間違いなく神崎稔本人のはずだ。しかしそこにいるのは、見たことの無い中年の男性だった。男性は眼を開けたまま血塗れになり、そのまま動かなくなっていた。
「嘘・・・・」
ミリーは脱力し、思わず両膝を突いていた。
「ミリー大丈夫だ。お前の責任じゃない。きっとこの人は既に死んでいたんだ。神崎に操られていたんだ。あいつは死体の中に入って操ることもできる」
「でも、ならばどうして、今までのように緑色のゲルが出て来ないんですか?」
「それは・・・・」
戸惑う二人を置いて、時間だけが無情にも過ぎて行った。




