双葉、学校に行くッ!
双葉は両手を怪しげに動かしながら、ミリーに迫っていた。
「何する気です?」
「さあてね・・・・」
唇を舌でペロリと湿らせて、不敵な笑みを浮かべる双葉。そして悲劇は起こった。
「いだ、痛いです」
「うるさい。よくも俺の体を滅茶苦茶にしやがったな」
梅干し、あるいはグリグリと呼ぶのが適当か。双葉は両手でげんこつを作り、ミリーのこめかみを挟んで、彼女の頭を砕かんとしていた。
「戻せ、俺を戻せ」
「ちょま、待ってください」
はたから見ればいちゃついているようにしか見えないが、二人には真剣だった。
「あ、あの娘を見てください」
「何だよ」
ミリーが涙目の状態で、先程まで男に襲われて蹲っていた女子高生を指した。何と、精神的なショックで、口すら効けなかった少女が、立ち上がると、突然、ケラケラと笑い始めた。
「うきゃきゃ、間抜けだなお前らはよお。俺はここだぜ」
女子高生の耳から突然、黄色いスライムのような粘液上の物体が飛び出した。耳垢にしてはやり過ぎな大きさに、双葉は言葉を失った。
「あ、あれです。私が追っていたのは」
双葉を跳ね除けると、ミリーはスライムを追いかけた。しかし寸前で、ソレは排水溝の中に入って行ってしまった。
「に、逃げられた」
「おい、あの耳垢、というよりも耳垂かな?」
「ああもう、ヤバイですよ。さっきも言った通り、あいつは人の中に入り込み、悪の思想を植え付ける。恐ろしい星獣、その名もジェリースライムです」
「ジェリー?」
双葉は聞き慣れない言葉に、首を傾げていた。
「とにかく来てください。こうなったのには、あなたにも責任あるんですから」
「ちょっと待てよ。この格好で行けって言うのか?」
双葉は自身の青色の縞模様パジャマを見て、恥ずかしそうにしていた。
「分かりました。服を相応しい物に変えてあげます」
ミリーは双葉に手の平を向けると、何かを小声でブツブツと念じた。同時に手の平から金色の光が放たれ、双葉の首から下を包んだ。そして光が消えると、双葉は、彼女が男だった時に通っていた私立学校の、女性制服姿になっていた。灰色のスカートに紺色のブレザー、そして胸ポケットには金色の学校の紋章が付いており、どこからどう見ても、幸薄なお嬢様という感じに変身を遂げていたのだった。
「どうですか?」
「ふ、ふざけるな。何だこのヒラヒラは」
双葉は初めてのスカートに戸惑っていた。男が履くズボンとは決定的に異なる部分。それは足首の露出だろう。風が当たるたびに、スースーと冷たい感覚が、何とも落ち着かないものだった。
「まさか、こっちも?」
双葉はスカートをペラッと捲ってみた。案の定と言うべきか。そこには白いパンティーが己が存在を主張していた。
「ふふ、実はお尻のところに、熊ちゃんの絵があるんです」
「何だと・・・・」
双葉からは見えないが、パンツのヒップ部分には何かのキャラクターなのか、熊の絵が印字されていた。
「さて、人の集まりやすい場所って、何処かにありませんか?」
「学校じゃないのか。こんな格好させられて、学校以外に行くところなんか思い当たらねぇよ」
「あなたの都合じゃなくって、ジェリースライムの性質からして、人の集まる場所に向かう傾向があるんですよ」
「だったら、学校だな。ここからじゃ、駅までかなり時間が掛かる」
双葉が言い終えるよりも早く、ミリーは彼女の手を取って走り始めた。
「急ぎましょう。死者が出る前に」
「何で、あんな化け物がいるんだよ。説明しろよ」
「説明は後でします。あなたの家で、晩御飯がてらに」
「お前、何さり気なく、人の家で晩飯ゴチになろうとしてんだよ」
二人は学校に向かった。