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神崎稔、学校に行くッ!

「ふ~ん、ふふ~ん」

 会社員らしい黒のスーツに身を包んだ男が、鼻歌交じりに鏡を見ながら青のネクタイを結んでいた。男の名は神崎稔という。市内の公立中学校で働いている。年齢は36歳で、クセのない黒髪はムースにより、後頭部のところが少しギザギザに立っていた。そして着替え終えると、皿の上にオーブンで焼いたトーストを乗せて、椅子に座った。そして舌の焼けるような熱いコーヒーを飲みながら、新聞に目を通していた。

「〇〇ミクスだの、何だの言っているが、世間は変わらないな。そう思わないかい?」

 稔の問いに答える者はいなかった。彼はコーヒーの入ったカップをテーブルに置くと、トーストに噛り付いた。

「そうだ。今度の週末、家族で久しぶりに遠くへ出かけないかい?」

 稔はトーストを食べ終えると、手に付着した油をティッシュで拭き取った。そしてテーブルに突っ伏している、やや茶色掛かった髪の若い女性をチラリと見た。

「返事ぐらいしろよ」

 稔が女性の頭を軽く小突くと、女性はそのまま椅子から転げ落ちて床に倒れた。瞳孔が開いたまま、口からは血が縦一直線に流れており、顎を伝っていた。


「おっとっと。すっかり忘れていたよ。君を殺したことを忘れるなんて、僕は夫失格だな。まあ、今度の休みに挽回するから許してくれ」

 稔は出勤用の黒いハンドバックを手に取ると、中にある赤い核を覗いた。それこそ、双葉達の探しているゼニスの核であった。彼はそれをバッグの奥に押し込めると、そのまま玄関の戸に手を掛けた。そして、後ろを向くと、階段の方を見ながらニコッと笑った。

「理香、お父さんは行くからな。君も遅刻はしないようにな」

 稔の声は階段の方まで届いていたが、返事は帰って来なかった。

(反抗期か。まあ、あのぐらいの時は、僕も両親の言うことを聞かなかったな)

 娘が返事をしない理由は、彼女の都合などではなかった。古い所々腐っている板の階段の真ん中辺りで、かつて理香と呼ばれていた娘は、僅かな腐敗臭を放ちながら、その原型を失いつつあったのだ。


「双葉、掃除当番、今日こそは逃がさないからね」

 教室内で、双葉と綾香は机を挟んで追いかけっこをしていた。片方は楽しそうに、もう片方は怒りで顔を真っ赤にしていた。

「悪いけど。俺は逃げるぜ」

 双葉はスルリと忍者のように、生徒達の間を抜けて行くと、そのまま教室から出て行ってしまった。

「逃がしたわ・・・・」 

 綾香は怒りに任せて机を蹴った。周りの生徒らがビクッと肩を揺らしてるのも知らずに、彼女は怒り狂っていた。そこに、クラスのプリンスである西園寺勤が現れて、彼女の顔に赤いバラを近付けた。

「あ、西園寺君」

「掃除ならば僕がするよ。彼女に束縛は似合わない。好き放題で自由奔放な彼女こそ美しい。そうは思わないかい?」

「うっ、だけどね。学級委員として見逃すわけにはいかないのよ」

「学級委員か。ところで、双葉ちゃんファンクラブの会長としてはどうなんだい?」


 双葉ちゃんファンクラブとは、最近できた同好会である。名前の通り、その活動は双葉を応援し、双葉の可愛さを周りに知らしめるために存在している。綾香はそこの設立者にして、現会長だった。ちなみにメンバーは綾香以外に、西園寺勤、高須公平、そして小山田というクラス一のアニメオタクで構成されていた。

「彼女は好きよ。でもね、それとこれとは話は別なの」

 綾香はキーキーと耳鳴りが起きそうなほどの甲高い声で喚いていたが、勤はニコニコと笑っていた。


 双葉は廊下をフラフラと歩いていた。掃除が終われば次は昼食の時間である。その間、いかにして時間を潰すのか、それが彼女の当面の課題だ。そんな彼女の前に、自身無さそうにトボトボと歩く、おかっぱ頭の女子生徒が現れた。

「あ~あ、腹減った」

「あの・・・・」

 見た目通りのか細い声で、その女子生徒は双葉に声を掛けた。

「ん、何?」

 双葉が女子生徒の方を振り返ると、その女子生徒は緊張で顔を紅潮させてしまった。

(どうしよ。話し掛けちゃった。でもやっぱり可愛いな結城さん)

「これ、コンビニで買って来たんだけど。結城さん好きだったら、これ食べて」

 女子生徒は今世紀最大の勇気を振り絞って、コンビニ袋からカツサンドを取り出し、双葉の前に両手で突き出した。

「え、嘘。くれるの?」

「う、うん・・・・」

「カツサンド。良いねえ。丁度食べたかったんだ。えへへ~」

(結城さん涎出てるよ・・・・)

「あ、あの。また持って来るから」

 女子生徒はクルッと踵を返すと、そのまま走り去って行った。


「今日はラッキーだな」

 双葉は袋からカツサンドを出して、一口かじった。

「何これ。こんな美味しいの初めて・・・・」

 双葉の顔が思わず綻んだ。しかし、その幸福はあまり長くは続かなかった。校歌に妙なアレンジを付けて歌いながら、廊下を歩いていると、突然、ヒョイッと手に持っていたカツサンドを何者かに取り上げられた。

「ちょ、あれ?」

 双葉は突然のことに、思わず足を滑らせて転びそうになった。目の前にはカツサンドを右手に持ったまま立ち尽くしている、白いYシャツの男性教師が、彼女を睨んでいた。

「だ、誰?」

 見覚えの無い人物に、双葉の頭に?マークがいくつも浮かんでいた。

「今は掃除の時間だ。悪いがこいつは没収させてもらうぞ」

「そんな~」

「文句は無いだろう。これが校則なんだからね」


 男性教師は、きょとんとしている双葉を置いて、スタスタと歩いて行ってしまった。

「おい、ちょっと待て」

 双葉は後ろから男性教師のYシャツを掴んだ。男性教師が不愉快そうに彼女の方へ再び振り返った。

「何だい?」

「本当に誰だよ。お前なんか見たことないぞ」

「教師をお前呼ばわりか。僕は神崎稔。担当教科は社会科。今は3年生を教えているから、君とは絡んだことは無いな」

「先生だったんだ」

「教師以外にカツサンドを取り上げる人間はいない。後、僕は忙しいので失礼するよ」

 稔は双葉の手を強引に突っ撥ねると、そのままさっきよりも速く廊下を進んで行った。

(結城双葉。学校内では有名な不良生徒。転校してから一か月経った程度で、我が物顔とは。前の学校から転校して来た理由は、恐らく素行不良だろう。所詮はただの馬鹿か。良いのは顔とスタイルだけだな。まだまだ社会を知らないちっぽけなガキのくせに、体だけは随分と早く成熟するものだ。最も僕の選別対象ではないがね)

 稔は廊下の角を曲がると、薄ら笑いを浮かべながら教室に入って行った。



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