双葉、さらわれるッ!
ゲームが開始された。ミリーの選んだキャラクターは遠くから青色の光線を手から放った。それを待っていたかのように相手のキャラクターが、ジャンプでそれを避けて行く。その時、ミリーの瞳がキラリと光った。
「掛かりましたね」
ミリーのキャラクターがジャンプしている、相手キャラクターにアッパーを喰わして地面に沈ませた。このゲームは2ラウンド制になっていて、1ラウンド目はミリーが勝利した。
「負けちゃった・・・・悔しいな・・・・」
テレビ画面の奥からブツ切り音が再び聞こえて来た。
「なーんちゃって・・・・まだ本気じゃないけどね」
第2ラウンドが開始された。1ラウンドの時とは打って変わって、相手のキャラクターが強力なラッシュを仕掛けてくる。ゲームの持ち主のはずの双葉も眼を回していたほどだ。
「強いです。こんな超高難度コンボを成功させるなんて」
「最初の試合は手を抜いていたのか」
「でしょうね。しかも、このコンボは失敗すれば、大きく隙が生じてしまうハイリスクなものです。それを何の躊躇いもなく打ってくるとは、根っからの勝負師のようですね」
「感心してる場合か?」
あっという間に第2ラウンドを奪われて、サドンデスマッチに入った。これで相手を倒した方が勝者となる。ミリーのコントローラを握る手にも力が入った。
「双葉・・・・」
ミリーが突然不安そうな顔で、双葉を見つめた。
「おい、ゲーム中だぞ。よそ見するな」
「ごめんなさい。負けるかも知れません」
「何だよ。随分と弱気だな」
ミリーが弱気な理由、それは相手のキャラクターの足元に表示されている黄色いバーにあった。
「さっきまで空だったゲージが満タンになっているぞ」
「あれは必殺ゲージです。あれがマックスになっているということは。超必殺技が来ます」
「避けろよ」
「努力はしますが。相手が超必殺技を使えるというプレッシャーで、こちらも下手に攻めるわけにはいかないんです。調子に乗って接近すれば、超必殺技をまともに受けてしまいます。この体力差じゃ、あれを受けて勝てる見込みはまずないでしょう」
案の定と言うべきか。ミリーは画面の端で硬直し、相手側の攻撃をひたすらガードすることしかできなかった。そして特に見せ場もなく、ジリジリと追い詰められて負けてしまった。
「ああ・・・・」
敗者は言葉を持たない。ミリーはコントローラーを静かに床に置いた。テレビから声が聞こえて来る。
「やった・・・・僕の勝ちだね・・・・約束通り・・・・君の大事なもの・・・・貰うよ」
画面が切り替わるよりも早く、テレビ画面の中から二つの半透明な手が飛び出して来た。そして双葉に狙いを定めると、まるでゴムのように手首を伸ばして双葉を掴めようと飛んで来た。双葉はナイフで手首を攻撃したが、雲を掴むように触れることすら叶わず、両方の手に体を掴まれてしまった。
「くそ、放せ」
全身を揺り動かして逃れようとするが、まるで力が入らない。
「双葉、今助けます」
ミリーが双葉の腕を掴もうとするが、画面から飛び出して来た別の手に額を弾かれ、ミリーは部屋の壁に背中から激突してしまった。そして双葉はそのまま、画面の中に突っ込むと、そのままズブズブと底なし沼のように、見知らぬ部屋へと吸い込まれてしまった。
あれからどれほどの時間が経ったのだろう。双葉は耳元で鳴り響く、聞き慣れた電子音で目を覚ました。
「ん・・・・」
瞼を手で擦りながら周囲の様子を確認すると、そこは彼女の部屋ではなかった。天井には金色のオシャレなシャンデリアがあり、床には赤いカーペットが敷かれている。かなりの金持ちなのだろう。西洋風の部屋からは何処となく、品性が感じられた。そして今、彼女のぼんやりとした視界の先には、巨大なテレビ画面の前に座り、熱心にコントローラーを握る、パジャマ姿の少年がいた。
「やあ、起きたかい?」
少年はコントローラーを置くと、双葉の方を振り向いた。まるで少女のような中性的な外見をしており、瞳は大きく睫毛も長かった。
「誰?」
「僕はカケル。小学4年生だよ。お姉ちゃんは中学生か高校生だよね?」
双葉はようやく覚醒したのか、眼を見開くと、カケルの胸倉を掴んだ。
「お、お前、さっきゲームしてた奴だな」
「うぐ、そうだよ。苦しい」
カケルが苦しそうなのを遠目で見ていた彼の母親が、思わず手に持っていたガラスの花瓶を床に落として割ってしまった。
「止めて。私のカケルちゃんを苛めないで」
母親は黄色のドレスを着ており、やはり美人だった。この容姿ならば、カケルのような中性的な少年が生まれてもおかしくはないだろうと双葉は思った。
「あ、ママ。見て。僕また勝ったんだ」
カケルは母親に抱きつくと嬉しそうに喋っていた。双葉はふと周りを見渡した。よく見ると、本棚には漫画本や雑誌、他にも参考書やノートパソコン。ダンベルなど、およそこの部屋には似つかわしくない物が、無造作に床の上を転がっていた。
「何だこれ?」
双葉はダンベルを指で撫でながら言った。
「それはね。僕と対決して負けた人達の宝物だよ。僕にゲームで負けた人は、身近にある大切な存在を、僕に奪われちゃうんだ。これも神様のおかげだね」
カケルの言葉に双葉の眉が動いた。
「神様?」
「うん。これだよ」
カケルは嬉しそうに、本棚の間から赤く発光している生物の核のような、円形の物体を取り出して、双葉の前に置いた。何を隠そうそれこそ、双葉とミリーが追っていたゼニスの核なのだから、彼女の驚きようは凄まじかった。
(こんなに早く見つかるとはね)




