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女教師和子、鏡を割るッ!

「松浦先生、今日もお綺麗ですね」

 少し髪の毛の薄い年配の男性教師が、薄い栗色のロングヘアーをした、20代後半ぐらいに見える女性教師、松浦和子に声を掛けた。彼女はキツい香水の匂いを周囲に撒き散らしながら、笑顔で軽くお辞儀をした。そしてトイレの中に入ると、ファンデーションを顔に塗りたくりながら、鏡と睨めっこをしていた。真っ赤なな口紅を付けた、厚ぼったい唇が何とも艶っぽく見えたが、彼女自体は、非常に不機嫌な表情で、鏡に両手を強く突いた。

「はあ・・・・はあ・・・・、くそ川田の野郎舐めやがって。何が今日も美人ですねだ。セクハラじゃないのか、あのヘニャチン野郎」

 美しい外見とは裏腹に飛び出す言葉は、何とも下品なものであった。よく見れば、その美しい容貌も、厚化粧による産物でしかなかった。そして、彼女は老いを恐れていた。美しいと評された外見も、若さによるものでしかない。適齢期は今なのだ。先程の中年教師の川田のような奴と関わっている暇があるのなら、さっさと結婚相手を決めて、こんな学校からおさらばしたい気分で一杯だった。


「双葉君・・・・」

 松浦和子は、かつて自分がお気に入りとして眼をかけていた。結城双葉が海外留学に行ったと聞いて、酷く落胆していた。代わりに来たのが、それと同姓同名の別人、おまけに性別も違うときて、あまりに救いがなく感じていた。

「私よりも若くて、ぴちぴちした奴は皆死ねば良いのよ」

 口からは呪詛のような言葉しか出て来ない。中学生の若い少女を見ていると、殺意にも似たどす黒い感情が喉の方までせり上がって来るのだ。

「畜生が」

 思い切り鏡を手で殴ると、唐突にそれが割れた。そんなに強い力を込めたつもりはないというのに、割れた鏡の破片が、和子の足元に散らばっていた。思わず、彼女は仰け反ると、割れた鏡がどす黒い、今の自分の気分を代弁したかのような色で、妖しく光っていた。

「何よ・・・・」

 和子が戸惑っていると、その光が徐々に強くなっていき、一つの大きな黒い渦となって、鏡の中から飛び出して来た。

「嫌あああああ」


 和子は思わず甲高い声で叫んだが、周りには誰もおらず、また気付く者などいなかった。黒い渦は彼女の周りをグルグルと廻ると、女性の声で彼女に語りかけて来た。

「私の名はゼニス。あなたの味方よ」

「何よ。悪い夢かしら・・・・」

「夢じゃないわ。あなたの望みを叶えるために。頑張っているあなたを助けるために来たのよ。さあ、あなたの欲する物をこれから渡すからね」

 少女の声はそこで止んだ。すると黒い渦が天井の方に集まって行き、まるで意思を持っているかのように、和子の頭上目掛けて降り注いだ。

「ぎゃあああああ」

 悲鳴と言うよりも咆哮に近い声で、和子は大声で叫んでいた。黒い光がトイレの中を包み込み、数分後、彼女はトイレの壁にもたれ掛かる形で、意識を取り戻した。トイレの外には心配そうな顔をして見守っている、高須公平の姿があった。彼はトレードマークのカメラをぶら下げて、戸惑っている様子だった。


「松浦先生、大丈夫ですか?」

「え、何が?」

 和子はすっかりと冷静さを取り戻していた。そしていつものねっとりとした口調でそう言うと、今度は酒にでも酔ったかのように、公平の体にもたれ掛かった。

「え、ちょ、先生?」

 公平は困った風にしていたが、声は弾んでいた。思春期の中学生であれば、女教師とどうにかなる妄想の一つや二つ、していてもおかしくはないだろう。

「ねえ・・・・」

 和子は公平の白いYシャツの中に手を入れて、彼の素肌をそっと撫で上げた。

「うああ・・・・」

 公平は顔を真っ赤にして、眼をギュッと強く閉じていた。和子はその姿を見て笑いながら、今度は突然、彼の顔をアイアンロックのように、手で思い切り掴むと、ペロリと自分の舌を舐めた。

「先生、何を・・・・ぐ・・・・」

 和子の掴んでいる手の平が紫色に光り出した。同時に公平の体にも異変が起こった。彼の体が徐々に痩せ細っていき、骨と皮ばかりの体に変貌していった。言うなれば、それは加齢によるものと同じだったのだ。


「若い子の若さはやっぱり美味しいわ」

 和子の腹が少しずつ膨れていった。彼女は食べていたのだ。人の若さを。それによって公平が少しずつ若さを吸い取られ、急速に年をとり始めたのだった。

「お・・・・おご・・・・」

 歯が全て抜け落ちて、公平の髪は白髪になっていた。そして十分に若さを吸い取ったのか、和子は彼の顔から手を放して、そのままトイレから出て行った。残された公平は、すっかり見る影を失い倒れていた。

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