休題2 結城家の休日
たまの休みぐらいゆっくりしたいというのが、双葉の考えだったが、やかましい兄弟達のせいで、気の休まる日はちっとも訪れなかった。土曜日の午後、松葉と双葉は茶の間に寝転がっていた。
「なあ、双葉よ」
「何だ、クソ兄」
「クソ兄だと、舐めやがって。ところで、何でお前は白のカーディガンに、そんな短いスカートを穿いているんだ。女扱いされるのが嫌じゃないのか?」
「ああ、これね。親父が俺の着てた男物の服を全部捨てやがったんだよ」
「なるほど」
松葉は突然、立ち上がると引き出しからトランプを持って来た。双葉はそれを見て、面倒臭そうに寝返りを打った。
「おい、何故顔を背ける?」
「暇だから、トランプでもして遊ぼうとか言うんだろ。悪いけどパス」
「ふざけるな。まだ俺は何も言っていないぞ」
「どうせ、小遣い賭ける気だろ?」
図星だった。松葉の眼が泳いでいたので見破るのは簡単だったが、彼は尚も食い下がってきた。
「じゃあ、金を賭けるのは無しだ。その代わりに負けた奴は罰ゲームとして、勝った奴の言うことを何でも聞くというのはどうだ?」
「それ、面白そうだな」
双葉は体を起こすと、松葉の提案に珍しく乗って来た。それを見て、彼の口元が僅かに歪んだ。
(馬鹿め。俺に勝てるわけないだろうが。もし、俺が勝ったらどうしてくれようか)
松葉の脳内は如何わしい妄想で一杯だった。
「お兄ちゃん、来て・・・・」
ベッドの上で双葉が恥ずかしそうに股を開いて、両手を広げ、松葉を向かい入れるように猫撫で声で言った。
「まずいぞ、双葉、仮にも俺達は血の繋がりが・・・・」
「そんなの関係ないよ。お兄ちゃんとなら地獄に落ちたって言いもん」
「そうか、そこまでの覚悟があるというのか。ならば、行くぞ」
「ああん、お兄ちゃん」
松葉は甘美な妄想に夢中で、トランプのカードをパラパラと畳の上に落としてしまった。
「何やってんだよ」
双葉は、先程の妄想内での彼女とは違う、ドスの効いた声で言うと、トランプを奪って自分で切り始めた。
「待て、カットは俺の役目だ」
松葉はすぐに奪い返して、カードをカットし始めた。対決方法はポーカーである。二人ともルールは知っているし、双葉は寧ろ特異な方だったので、特に文句も言わなかった。
「さあ、配るぞ。勝負だ」
「望むところだ」
結果、勝ち誇ったように眼鏡をキラリと光らせる男と、両手と両膝を畳に付けて、まるで人生そのものに敗北したかのように、項垂れている少女の姿が、それぞれの勝敗を示していた。
「どうだ。俺の勝ちだ」
「い、イカサマしただろ」
「したよ」
「今の勝負は無効だ」
「馬鹿か。勝負中にイカサマがバレれば負け。既に勝負は決したんだぜ。テストで勉強したところが出なくて、一々お前は文句を言うのか?」
「ちょっと、意味分からないし」
「とにかくだ。罰ゲームだ。うへへ、何をしてやろうかな」
松葉は涎を堪えながら、すっかり意気消沈している双葉を舐めるように見ていた。そこに、襖が唐突に開き、妹の若葉が現れた。トレードマークのツインテールのキレもいつも以上だった。
「ふふん。お姉ちゃんを好きにする権利を賭けて、私と勝負よ。松葉」
「若葉、お前なあ。兄の名前を呼び捨てにするなよ。しかし、その賭け。俺にとって利がないじゃないか。代わりにお前は何を賭けるんだ?」
「それはね。私の撮影したお姉ちゃんの寝相集をプレゼントするわ」
「何だと・・・・」
乗らない理由はなかった。そんなレアアイテムを若葉がどうやって入手したのかまでは、追求する気はないが、とりあえず勝負する気にはなった。
(お姉ちゃん見ててね。私がお姉ちゃんを助けるから)
若葉の脳内を如何わしい妄想が支配した。
「若葉、おいで。お姉ちゃんが色んなこと教えたあげるから」
双葉は薄いベールのようなネグリジェ姿で、背後から若葉を抱きしめた。そして耳元にそっと囁くのだ。
「女の子同士でしか味わえない世界に連れてってあげるね」
「ダメだよ。お姉ちゃん。そんなとこ・・・・」
「うふふ、若葉可愛い。一緒に天国に行こうね」
双葉の手が、若葉の下半身に伸びて行った。妄想はここで終了した。
「さあ、行くぞ」
「来るが良いわ」
二人のポーカー対決が始まった。しかしそこに更なる刺客が現れた。
「待てい。ワシも混ぜるんじゃ」
現れたのは結城家当主の厳だった。彼は白い眉毛を不機嫌そうにヒクヒクと動かすと、その場に胡坐をかいた。そして厳も妄想していた。
「パパ良いよ。私、パパなら何されても良いの」
「何じゃと。それは本当か?」
「うん。恥ずかしいけど。パパのためなら恥ずかしいことだって・・・・」
双葉は言いながら顔を真っ赤にしていた。厳は双葉に近付くと、彼女を優しく抱いた。
「大丈夫じゃよ」
「あん、パパ」
「さあベッドに行こうか?」
「うん。私の初めては全部パパのものだよ」
「おい、親父どうした?」
松葉はニヤニヤと気味悪い笑みを浮かべている厳を、横目で睨んでいた。
「どうもしないが」
「そうかな。犯罪の匂いがしたものでつい・・・・」
似た者同士の二人は互いの顔をマジマジと見つめ合っていたが、双葉の姿が何処にも見当たらないことに気付いて、最早、ポーカーをする意味がなくなったことを痛感した。




