双葉、死神を退治するッ!
死神エリミネーターの鎌が双葉に向かって振り下ろされた。
「当たるか」
双葉は後方に跳んでそれを避けると、ナイフを取り出して、床を蹴ると、そのままエリミネーターに向かって行った。
「喰らえ」
ナイフによる斬撃がエリミネーターの体を捕えた。しかし、まるでガスを斬っているかのように、ナイフの先が黒いローブをすり抜けてしまった。そこに再び鎌が振り下ろされ、双葉の右肩に突き刺さった。
「ぐっ・・・・」
双葉は右肩を押さえて蹲った。不思議と痛みはなく、また血も出ていなかった。
「やったぞ」
黒木はエリミネーターを手繰り寄せると、嬉しそうに小躍りした。双葉からすれば意味の分からない行動であったが、彼の歓喜の正体が何を意味しているのか、自分の体を見て気付いた。
「なっ・・・・」
黒木の姿が巨大化していたのだ。それどころか周りの景色も変化していた。足元の近くに設置してあった消火器は、まるで東京タワーのように大きく見えたし、誰かが歩くたびに凄まじい振動が、双葉の体を襲っていた。
「驚いているようだね」
黒木の声が拡声器でも使っているかのように、大きく籠っていた。彼は蟻程の大きさにまで縮んだ双葉を掴むと、自分の顔に近付けた。
「やっぱり綺麗だね。本当の人形のようだ。他のブス達とは違う。君にだけ特別な入れ物を用意したんだ」
黒木は他の生徒達を閉じ込めた瓶とは異なる、ピンク色のリボンで飾られた小さな白い箱を取り出した。中には小さな三面鏡やベッドなどが用意されており、小さい女の子が遊ぶままごとセットのような物だった。
「君の新しい家だ」
黒木が嬉しそうに言うと、双葉は小声で一言。
「気持ち悪い」
「え?」
黒木が耳を疑ったその時、双葉は掴んでいる彼の手に思い切り噛みついた。
「痛、」
黒木が無意識に手を離すと、双葉はそのまま床に着地し、消火器の背後に身を潜めた。黒木は双葉を見失ったらしく、全く見当違いの方向に走って行ってしまった。
「どうなっているんだ」
双葉は縮んだ体を見つめながら、黒木の攻撃の正体について考えていた。すると、ここで再び新たな変化が彼女を襲った。
「やば・・・・」
変化に素早く気付いた双葉は、消火器の裏から離れた。蟻程の大きさになっていた双葉の体が、今度はネズミほどの大きさにまで成長していたのだ。それどころか、今度はどんどん体が大きくなっていた。どうやら黒木から離れると、元の姿に戻るらしい。先程同様の速さで、彼女の体は元の大きさにまで戻っていた。
「こいつは面白い」
双葉は壁に背を付けると、周りの生徒達の好奇な視線を気にせずに、そのまま忍者のように歩いた。
「見つけたぞ」
双葉は黒木を見つけると、遠くから叫んだ。
「黒木、ここだ」
「あ・・・・」
黒木は双葉を見つけると、早速、エリミネーターを彼女の元に走らせた。
「お前はそいつがいないと何もできないのか」
「君が好きなんだ。意地でも君を僕の物にしてやる」
「言っておくけどな。俺はお前のことなんか、これっぽちも好きじゃないぜ」
「な、何だと・・・・」
黒木の体があまりのショックに9の字に曲がった。同時にエリミネーターの動きも緩やかになった。どうやら彼のコンディションと連動しているらしく、二人は腹を押さえて蹲っていた。
「僕を好きにならないのか?」
「当たり前だよ。お前みたいな奴大っ嫌いさ。だって、こんなひどいことしても心が痛まない野郎の何処を好きになれと言うんだ」
黒木は双葉の言葉によほど傷付いたのか、今度は、初めて会った時のように、道路に転がる小石のように、その場で丸くなった。そしてブツブツと小声で何かを呟きながら、床の上に額を何度もぶつけていた。
「おい・・・・」
流石の双葉も少し焦っていた。どうしたら良いのか分からずに、その状況を見守っていると、突然、同じように蹲ったいたはずのエリミネーターが立ち上がり、苦しむ黒木の方を振り向いた。
「コホオォォォォ」
エリミネーターは黒木の頭上に立つと、無機質な、眼と言うよりも空洞で彼のことをじっと見つめていた。そして何を思ったのか、そのまま彼の体をローブで巻きつけると、そのまま黒い渦を出しながら、その場で回転し始めた。
「んおおおおおお」
黒木の叫び声が聞こえてきた。彼の身に何が起きているのか。双葉はナイフを構えていた。
「怪物化か?」
ゼニスに肉体を完全に操られた者は、最後は異形の姿になるが、今回は少し違っていた。黒い煙を周りに放出しながら、今までよりも遥かに強い力が動いていることを、双葉は本能で感じていた。そして、結城家の血筋なのか、彼女の眼が鋭い、鷹のような目付きに変化すると、その黒い何かが完成するよりも早く、ナイフで、その物体の首を一閃、斬り落としたのだった。
「ぐおおおおお」
黒い渦が黒木の体から解き放たれ、彼はうつ伏せに廊下の上に倒れた。そして黒い煙はそのまま天井をすり抜けて、空に舞い上がると、周りの雲を蹴散らしながら、何処へと消えて行った。




