双葉、魔女と出会うッ!
「親父、大変だ」
長兄、松葉は階段を駆け下りると、茶の間で新聞を開きくつろいでいる父、厳の前に、落ち着かない様子で現れた。
「何だ、騒々しい・・・・」
厳はスキンヘッドで、顔には無数の生々しい切り傷が付いていた。セールスマンも彼の顔を見た瞬間に、逃げ出すほどのコワモテだが、本人は落ち着いた性格で、既に第一線からは退いていた。
「女がいる。上の部屋に知らない女が・・・・」
「何だと。貴様、気持ちは分かるが、もう時代は変わったんだ。そういうことは辞めろ」
「俺じゃない。俺は親父とは違う。と、とにかく来てくれ、双葉の部屋にいるんだ」
二人は階段を駆け上がると、半開きになっている双葉の部屋に飛び込んだ。そして、しばしの沈黙、何と部屋の中はもぬけの殻で、人っ子一人いなかった。
二人が慌てて、双葉を探していた頃、当の本人は家の屋根の上にいた。
「くそ、危ないところだったぜ。この双葉様ともあろう者が・・・・」
言いかけたところで、突然、肩をトンと叩かれた。慌てて振り返ると、そこには黒髪ツインテールの幼い少女が立っていた。双葉からすれば、さして驚くような人物ではない。彼女は妹の若葉だからだ。
「お兄ちゃん・・・・?」
若葉は首を傾げていた。無理もない。服装こそ同じものの、いつもの兄とは違うのだから。
「あ、あの、俺、いや私は・・・・」
取り乱す双葉、身振り手振りで、必死に誤魔化そうとするが、若葉は全てを見抜いているかのように溜息を吐いた。
「お兄ちゃんでしょ」
「どうして分かった?」
「分かるよ。妹だもん」
若葉は得意気に言うと、ふと屋根の上から下の様子を確認した。二人の男女が取っ組み合いになっている。しばらくすると、男の方が、女性のバックを引っ手繰って、走り去っていたのだ。
「お兄ちゃん、大変だよ。捕まえなきゃ」
若葉は瞳を大きく見開いて、双葉の腰を両手でドンドンと叩いた。
「ほっとけよ。俺達別に警察じゃないし。寧ろ犯罪者側だぜ」
「ダメだよ。日頃お世話になっている地域の方々に恩返ししなきゃ」
若葉は瞳の中でメラメラと炎を燃やすと、双葉の腰を思い切り手で押して、屋根の上から落とした。
「うわっと・・・・」
双葉は空中で三回転すると、そのまま地面に着地した。
「危ないだろ。馬鹿」
「行って、早く」
「くそ・・・・」
双葉は決まり悪そうに髪の毛を掻くと、そのままパジャマ姿のまま、走って男を追いかけた。
「どこまで行ったんだろ」
双葉は走りながら周りを見て回った。彼女の足はとてつもなく速い。これは、結城家に伝わる暗殺術の一つ、神速を使用しているからである。彼らは昔から特別な訓練法により、人間の体を、常人では考えられないレベルで酷使できるのである。
「見つけた」
双葉はあっという間に男に追いつくと、後ろから大声で叫んだ。
「止まれえええええ」
男は慌てて振り返ると、双葉のあまりの速さに驚いていた。そして、近くを通りかかった女子高生の腕を掴むと、背後から羽交い絞めにした。そして、ポケットからナイフを取り出して、それを女子高生の首元に近付けた。
「うえへへへ、来いよ。この娘が死んでも良いならな」
「この下衆」
双葉は地面に唾を吐きながら不快感に顔を歪めた。
「偉そうな口叩いた割りには、お前も形無しだな」
「形無しじゃない。玉無しだ」
「ああ?」
「いや、なんでもない」
男は小さく震えている女子高生を連れて、そこから逃げようとした。
「へへ、あばよ」
男が勝ち誇ったように笑ったその時だった。突然、遠くから女性のものと思われる黄色い声が辺りに響いた。
「呪文・ファイヤーボール」
オレンジ色の火球が男の背中に炸裂した。同時に男は火だるまになり、女子高生を突き飛ばすと、そのまま体を丸めて転がっていた。
「大丈夫ですか?」
声の主は空にいた。何と、先程あったばかりのミリーが、相変わらずの魔女のような服に身を包んで。地面の上に降り立つと、男の方に近付いて行った。
「おい、危ないぞ」
「大丈夫です。今の見たでしょ。私は魔法使いですから」
ミリーはニコニコ顔で言うと、今度は急に真剣な顔つきになって、倒れている男を見ていた。
「外れでした」
「外れ、何言ってんだ?」
「実は私、あるモノを探しにこの星に来たんです。それが中々に厄介な代物で、人の体に寄生して、邪悪な思想を植え付ける。恐ろしい星獣なのです」
必死に話すミリーに、双葉は近付くと。怪訝そうな顔で、彼女の足元から頭まで観察していた。
「何です?」
「俺を男に戻せ」
「はい?」
「俺はこの一連の出来事が夢だと思っていたから、冷静でいられたんだ。それが何だ。あるモノを探しに星に来ただと。俺を男に戻すのが先だろ」
「待ってください。性転換の魔法は実験だったんです。治す方法は今探している真っ最中です。なのでもう少し待ってください」
「この野郎」
双葉は腕をポキポキと鳴らしていた。ミリーは久しぶりに恐怖というものを感じていた