黒木、逆襲するッ!
学校に着いた双葉は、教室で鞄を降ろして椅子に腰かけた。そこに学級委員の綾香がやって来た。
「随分と早いのね」
「ああ、少しだけね」
(双葉がこんなに早く来るなんて、今日は良い日だわ)
綾香は双葉を見ながらうっとりとしていた。
「おい、大丈夫か?」
「あ、うん。平気よ。それよりも先日のテストの結果、あなた酷かったわね」
「関係ないだろ」
「あるわよ。あなたのような生徒がたくさんいるからクラスの平均が下がるの」
綾香は双葉が好きであるが、彼女を見るとどうしても嫌味を言ってしまう。嫌われたくないのに。自分から嫌われる方向に進んでしまうのだった。
その頃、先程の男子生徒は、朝から美少女に話しかけられて幸せな気分で一杯だった。それは顔にも表れていて、無意識にニヤついてしまうのを抑えられなかった。それを数人の同級生達に目撃されたのが、彼にとって最大の不幸だった。
「おい、黒木。何笑ってんだよ」
男口調ではあるが、彼を取り囲むんでいるのは、全員女子生徒であった。教師の前では礼儀正しいその女子達は、裏ではかなり荒れており、そのストレスや日頃の鬱憤を黒木という生徒にぶつけて発散していた。
「何とか言ってみな」
「あ・・・・あ・・・・」
こういう時、黒木は何を言えなかった。その女子生徒達は、自分の容姿を棚に上げ、黒木のことを気持ち悪いだの、臭いだの、自分達が思い付く限りの、ありとあらゆる暴言を吐き続けた。こうなると一番厄介で、殴られるのもキツいが、精神的な暴力も同じぐらいに、彼の心を蝕んでいた。
「はっきりしろよ。チンコ付いてんだろ」
女子の一人が、黒木の足首を軽く蹴った。おかげで彼のズボンはまたも砂埃で汚れる羽目となった。
「うああああ」
黒木は耳を両手で押さえると、大声を出しながらその場から退散した。背後からは女子達の笑い声が聞こえて来たが、彼は眼を瞑って走り続けた。そして体育館裏にまでやって来ると、ようやく落ち着くことができた。
「酷いよ」
黒木はボロボロと涙を流しながら、朝出会った美少女、双葉のことを思い出していた。空を見ると、姦ぞ世が微笑みかけてくれたような気がして嬉しかった。見た目は華奢で、この学校にいるどの女子よりも綺麗な容姿をしているのに、それを鼻に掛けることもなく、男のように大胆な人柄。長い睫毛に大きな瞳、考えるだけで彼は赤面した。朝会で一瞬会うだけでも、黒木は幸せを感じることだろう。
「そこの根暗君」
突然、隣に見知らぬ少女が現れた。西洋人形のような整った顔立ちをした、銀色に長い髪の毛の人物は、その吸い込まれそうな赤い瞳で、黒木のことをじっと見つめていた。
「何ですか?」
「悔しくないの。あんな女どもに好き勝手にされて」
「君には、関係ない」
黒木は先程のことを思い出し、急に暗い顔をした。
「何落ち込んでのよ。あたいはね。あんたを苛めに来たわけじゃないのよ」
「じゃあ、何しに来たの?」
黒木がこの世の不幸を全て背負い込んだような、陰鬱な表情で少女をチラッと見た。
「あたいは天使。あんたを助けに来たのよ。あたいとあんたが組めば、何でもできるわ」
「何でも?」
「ええ、そう言えば、あんた、朝に女の子に優しくされて、機嫌良さそうだったじゃない」
「そんなところまで見てたのか・・・・」
「あの娘が好きなんでしょ。あの娘が欲しいんでしょ。だったら奪えば良い。欲望は力なの。欲望があるからこそ、人間は生きて行くことができるのよ。今からあんたに力を与えるわ。それで暴れるのよ。好きなだけね」
黒木は催眠術にでも掛かったように、少女の前に膝を突いた。そして少女の手から放たれた黒い煙を吸い込んだ。
昼休みになった。生徒達は部活の練習に出たり、教室で友人と話したりして、つかの間の休憩時間を楽しんでいた。双葉と綾香もいつものように屋上にいたのだが、いつも休み時間はトイレに籠っている黒木が、彼らしくなく、廊下の真ん中を、やけに音を立てながら歩いていた。当然、先程の女子達に絡まれ、彼は強引に中庭に連れて行かれると、早速彼女らの罵声を受けるのだった。
「おら、何とか言えよ」
「偉そうにしてないで、いつもみたいにトイレに閉じ籠って泣いてれば良いんだ」
女子達は口々に勝手な理屈を並べると、やはり黒木の足を蹴った。すると、黒木の顔が、いつになく憎悪に満ち溢れたものに変わった。
「よくも、僕を蹴ったね」
黒木が口を開くと同時に。女子達の背後に、黒いローブに大きな鎌を持った骸骨が現れた。所謂、万人がイメージする死神と同じ姿をしていた。




