双葉、苛められっ子と出会うッ!
双葉は朝起きると、いつもパジャマを脱いで鏡の前に立つのが習慣となっていた。一体いつになったら現実感が湧いてくるというのか。白すぎない健康的な肌の上には、男の時には存在しなかった双丘があった。グラビアアイドルのような、いわゆる巨乳ではなく、片手に収まるぐらいの小振りな大きさのソレは、思春期の少年には刺激が強すぎて、風呂に入る時に目隠しをすることはなくなったが、かと言って女性の肉体に免疫がついたわけではなかった。
「双葉・・・・」
全ての元凶が元気良く、双葉の部屋に入って来た。ピンク色の長い髪の毛、白と黒の服、紫のとんがり帽子と、何処か浮世離れした姿をしている少女ミリーは、すっかりこの家に馴染んでいた。
「おい、いつになったら俺は男に戻れるんだ?」
「う、それはですね。女体化の魔法を打ち消す魔法を考えなければならないので、最低でも一年は掛かるかと」
「ふざけるなよ」
ここ数日、クラスメイトに襲われたり、幽霊の出るレストランに連れて行かれたりと、まともな目に遭っていない。そのおかげで忘れていたが、このミリーという女さえいなければ、自分は普通の学校生活が送れていたのだ。そう思うと彼女は腹が立って仕方なかった。
「親父の奴も女子用制服を買うのだけは速かったな。クソ兄貴も俺を妹だと認識してやがるし、妹に至っては、俺を女友達か何かだと勘違いしているらしいな。平気で買って来た下着が似合うかどうか見せて来るし、ショッピングにも誘って来る」
下に降りても双葉の愚痴は終わらなかった。
「ねえ、お姉ちゃん。今度、彼氏とデートするんだけどさ。私に似合いそうな服をコーディネートしてよ」
若葉は身を乗り出して双葉に言った。虫の居所が悪い時に一番言われたくない言葉を聞く羽目になった双葉は、茶碗を乱暴にテーブルに置いた。
「若葉、俺はお前の姉貴じゃない。兄貴だ。良いか、二度と俺を女扱いするなよ。今日から俺は完全な男を目指す。こんな姿だけど、誰にも可愛いなんて言わせない」
双葉の眼が決意の炎に包まれていた。それを横目で見ていた、兄の松葉は急に立ち上がると、小学校の頃に一回だけ見た記憶のある、小さな防犯ブザーを持って来て、双葉に手渡した。
「何だよ・・・・」
「最近は物騒だからな。親父がお前に渡せとさ」
「これをどう使うんだ?」
「馬鹿か。不審者が来たら鳴らすに決まっているだろ。流石の俺もやり過ぎだと言ったんだがな。親父の奴、双葉は俺と結婚するんだ。変な男にはやらんとか言うし最近おかしいんだよ」
「やってられるか」
双葉はいつもは二杯目を食べるのに、今日は一杯で満足すると、仕方なく女子用の制服に着替え始めた。
「おい双葉。自分の部屋で着替えろよ。落ち着いて飯が食えないぜ。それとも見られたいのかな?」
松葉の言葉に、双葉は無言で睨むだけだった。口では冷静な松葉だが、双葉に夜這いを仕掛けようとしたこともあるぐらいに、彼も人格に問題があった。
「とにかく、今日から俺は強くなる」
双葉は誰よりも早く支度を終えると、玄関を乱暴に開け放って学校へ向かった。
「ねえ、ミリーさん。私に似合う服をコーディネートしてくれる?」
「私で良ければ、いくらでもしますよ」
この数日間でミリーと若葉は仲良くなっていた。風呂も一緒に入るし、家にいる時は双葉以上に会話をしていた。
「勢い良く出たものの、少し早すぎたか」
双葉はいつもよりも30分早く家を出たことを後悔していた。そんな彼女の足に何かがぶつかり、転びそうになった。
「うお、危な」
双葉は軽くよろけると、石にしては大きすぎる黒く丸まった物体を見つけ、それを足で軽く蹴ってみた。
「痛い」
その黒い物体は、学ランを着た、双葉と同じ学校の男子生徒だった。彼は鞄を腹に隠して芋虫のように路上で丸まっていた。制服には砂埃が付着していて汚れていたし、元々、その生徒のトレードマークであった、両目のクマもより鮮明になっていた。
「おい、平気か?」
双葉は生徒の腕を掴むと、彼を立たせてあげた。
「ああ、ありがとうございます」
「おいおい、お前知ってるぜ。何で敬語なんだよ」
双葉は水臭いとばかりに、その生徒の肩を軽く叩いた。すると、その生徒は急に涙を流して泣き始めた。
「ごめん痛かった?」
「いや、違うんだ。君みたいな可愛い娘に話しかけられて嬉しくて」
「可愛いって・・・・」
「クラスの女子は皆僕を嫌っているんだ。でも君だけは対等に扱ってくれた。この気持ちをどうしたら良いかな?」
「別に、そのままで良いんじゃないの?」
双葉は生徒の態度が不気味だったのを気味悪く感じ、さっさと学校に向かって走って行った。この男子生徒が、後にとんでもない問題を起こすことを彼女はまだ知らない。




