双葉、誘われるッ!
結城探偵事務所、昨日誕生したばかりの、胡散臭い事務所に、一人の男が現れた。彼はワックスで固められた黒髪に、端正な顔立ちをしていた。
「はい、結城探偵事務所です」
双葉がガラガラと玄関を開けて、姿を表した。
「ふん、インターホンを二回鳴らしたのに、ようやくお出ましかい。来て損した」
双葉は来訪者の顔を見るなり、溜め息を吐いた。いわゆる青色吐息である。
「城所斗真」
「フルネームで呼ぶな。さんを付けろ」
「おい、何で求人すら出してないのに、ここに来た」
「探偵事務所に用があるんじゃない。君に用があるんだ。少し面貸せよ」
双葉は露骨に嫌そうな顔をすると、小さく舌打ちをした。
「なんすか?」
「随分な態度だな。実は、君にお礼がしたくてね。この前の件は本当に助かった。そこでだ。高級レストランを予約した。今からどうだい?」
「え、本当ですか?」
双葉は瞳をキラキラと輝かせると、3秒で承諾した。
(チョロいな)
斗真はほくそ笑むと、用意した車の助手席に双葉を乗せ、自分は運転席に座った。黒い車体の、金色に輝く王冠マークを付けた車は、勢いよく発車した。
「スゴい車ですね」
「ああ、車体はデカイし、燃費は悪い。おまけにガソリンも高い奴しかお気に召さないらしい」
「でも意外でした。城所先生が、車の免許持ってたなんて」
双葉の発言に、斗真の眉が動いた。どうやら、彼女の言葉が勘に障ったらしい。突然無言になると、道路の真ん中だというのに、車を停めてしまった。
「ちょっと、こんな場所で停まらないでくださいよ」
「うるさい。今、君は僕が免許を持っているのが意外だと言ったな。どうせ、一日中部屋に籠って、小説を書いている、根暗野郎だと思ったんだろう。悪いが持ってるよ。この通りマニュアル免許でね」
「分かりましたから、早く車出してください」
周りからはクラクションやら、罵声やらが飛び交っているというのに、斗真はお構いなしに喋り続けた。その後、目的のレストランに到着したが、双葉の顔はやけに疲れていた。
「着いたぞ」
斗真は双葉を降ろすと、オートロック式のキーで車に鍵を掛けると、古く、所々傷んだ、二階建ての木製の建物に入った。看板は赤い板に黒くシャンデリアと書かれていた。このレストランの名前である。
「予約した城所だ」
斗真はカウンターにいる、白髪に白髭の上品そうな老人男性に、席を案内させた。二人の席は二階にあり、歩くたびに、キーキーと音をたてる階段を登らなければならなかった。
老人は先頭を歩いていたが、ふと、後ろを振り返ってにこやかにこう言った。
「お二人は御兄妹で?」
老人の言葉に、斗真は心外そうな顔で、頭を振った。
「勘弁してくれ。こいつは見た目は綺麗だが、中身はゴリラなんだ」
双葉は斗真の言葉に、一瞬ぶちギレそうになったが、ここは彼の奢りでもあるので、その場は我慢した。すると、老人は困ったような顔で、さらに付け加えた。
「ははあ、では、援助交際か何かで?」
「ぷッ」
双葉は思わず吹き出してしまった。確かに中学生と大学生の組み合わせでは、無理もない。斗真は最早、何も言わずに、席に着くと、不機嫌そうに貧乏揺すりを繰り返した。




