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奈津子、失踪するッ!

「あなたは占い師さん?」

 奈津子は目の前にいる銀髪の少女が大事そうにしている、透明な水晶玉をじっとのぞきこんだ。すると、透明だった水晶が真っ黒になり、中から黒い煙が、モクモクと立ち昇った。そしてまるで意思を持っているかのように、奈津子の体を包み込んだ。


 次の日、いつもの陸上部の練習風景、奈津子と清美は走り込みを行っていた。普段ならば、清美の方が彼女よりも、頭一つ分、速いタイムを出していたのだが、今日は少し勝手が違った。奈津子は清美よりも、2秒速いタイムを叩き出していた。これは昨日までの彼女が出せる記録ではない。それゆえ、顧問はもちろん、周りのメンバーも驚いていた。

「どうしたの奈津子、すごいじゃない」

 清美は奈津子に近付くと、彼女の肩に触れようとした。

「私だって、練習したのよ。このぐらい当たり前だわ」

 奈津子は笑っていたが、瞳は濁ったガラスのように清美を見じっと見つめていた。

(何よ、怖くないのかしら。私が大会に出ることになるのかも知れないわよ。レギュラー落ちしないとでも思っているの?)

 奈津子は清美が悔しがらないことに苛立っていた。これでは、まるで自分が小さい人間であるのを証明されているみたいで、彼女は勝った気がしなかった。そこに顧問が現れ、奈津子を手招きした。


「あ、先生」

 奈津子は嬉しそうに、青と白のジャージ姿の男性教師の後を付いて行った。そして体育倉庫の中に入ると、彼女は低く積んであった、跳び箱の上に座り、顧問の言葉を待った。清美よりも自分が優れているという事実を、顧問の口から聞きたかったのだ。

「なあ、奈津子・・・・」

「はい」

「随分と調子が良さそうだな」

「いえ、昨日もずっと練習していたので」

「そうか・・・・」

 顧問は眼を細めて、奈津子から視線を外すと、低い声で警告するように言った。

「奈津子、お前、変な物に手を出していないだろうな?」


 まるで、刑事のように、ゆっくりと奈津子を責め立てるように顧問は言った。奈津子は彼の言葉の真意が分からなかったので、首を傾げていた。

「明らかにおかしいだろ。昨日や今日で、タイムが3秒縮むなんてありえない。1秒を縮めるのに、どれだけ掛かると思っているんだ」

「でも、事実として、私は速くなった。昨日よりも・・・・」

 顧問は奈津子の両肩を強く握った。

「なあ、奈津子。清美のことで焦るのは分かるが。私はお前が、妙な薬物に手を出していないか心配だ。ドーピングは反則だぞ。本番ではな」

「ちょっと、待ってください。仮にドーピングだとしても、ここまで速さが変わることなんてありえないじゃないですか」

「そうだな。じゃあ、これはどういうことだ?」

 顧問の言葉に、奈津子は返す言葉もなかった。

「もし、ドーピングでないのならば、今まで、お前は手を抜いていたことになる」


 結局、奈津子はそのまま練習を途中で投げ出し、帰宅した。

(もう終わりだ。先生とあんな喧嘩をしたのは初めてだ。周りの眼もおかしかった。無理もないか。たった一日でタイムが、あんなに縮んだら。今まで、そんなに変わらなかったのに)

 奈津子は足に僅かな痛みを感じた。しかし、それも気にせず家に着くと、食事もとらずに眠ってしまった。

 次の日、奈津子は学校へは行かなかった。その次の日も、一週間後も行かなかった。


「あのう・・・・」

 もうすぐで二週間が経とうとしていた頃、清美が結城家にやって来た。

「はい、誰です?」

 出てきたのは、結城家長男の松葉だった。彼は茶髪に眼鏡を掛けており、朝のためか、髪の毛は寝癖でボサボサだった。

「あの依頼をしたいのですけど」

「依頼?」

 松葉は清美を門前に残して、家に戻ると、玄関を開けたまま、父の厳のいる書斎に向かって走って行った。

「おい、親父。大変だ。依頼が来た」

「何、依頼だと?」

 厳は広げていた新聞紙を畳むと、ただでさえ寄っている眉間に、さらにしわを寄せて、玄関に出た。

「悪いが、家はもう引退したんだ。殺しはやらないよ。堅気になったのさ。息子も娘もいるんでね」


 厳の言葉に、清美は口を開けたまま硬直していた。

「え、殺しですか?」

「ああ。家は代々、殺しを生業としてきたが。子供ができてから止めたんだ。あんた、それで来たんだろ?」

「違います。私はてっきり、探偵事務所かと思って来たんです。まさか、そんな危ない所だったなんて、しかも私の住んでいる町にいるなんて・・・・」

「ちょっと待ってくれ。ワシらは何もしてないぞ。シマ代だって取らないし。休日は餅つき大会とか地域で開いてる。寧ろ、町に貢献しているぐらいじゃ」

「おい、何してる」

 厳と清美が口論しているのを見兼ねて、パジャマ姿の双葉が出て来た。彼女はボサボサの髪の毛を掻きながら、口には歯ブラシを突っ込んでいた。

「あ、双葉」

「親父、その人知ってるから、茶の間に案内して」


 厳は命令されたのが気に喰わないらしく、むすっと黙り込んでいた。

「おい、ワシに命令するな」

「あ~あ、せっかく今日一緒に風呂入って、背中流してあげようと思ったのに」

「何じゃと。それは本当か?」

「うん、でももう手遅れ」

 双葉は清美の方を振り向くと、ニコッと微笑みかけた。

「どうぞ。間違えてここに来たのも、何かの縁でしょう」

 

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