双葉、巻き込まれるッ!
西園寺勤は廊下を歩いていた。そして何やら考え事をしているようで、彼らしくなく険しい表情をしていた。
「結城双葉、この世にあるほとんどの物が僕は手に入れてきたというのに。何故、彼女だけは僕の物にならないのだ」
勤にとっては初めての挫折である。そんな彼の目の前に、突然、白い光が出現した。そして、小学生低学年ほどの身長の、銀色の髪をしたショートカットの少女が、光の中から姿を見せた。
「君は?」
「あたいの名はゼニス。遠い宇宙から来た。まあ、あんたらよりも遥かに進化した存在よ」
「は、はあ・・・・」
「何よ。そのダルそうな反応は」
ゼニスは決まり悪そうに咳払いすると、白い八重歯を見せながらニヤリと笑った。
「あんたは好きな娘がいるようね。あたいがキューピットになってあげましょうか?」
「はは、そいつは無理だよ。欲しい物は自分で手に入れる主義でね」
「ほう、でも、あんたの心の中は違う。あんたは楽して生きてきた人間だから。今回も楽をして、結果を得たいと思っている。くくく、あたいに任せなさい」
ゼニスは勤の額に手を合わせると、手の平から黒い霧のようなものを、彼の顔に浴びせた。
「野郎、気色悪いぜ。全く・・・・」
双葉は水道の水を昼食代わりにがぶ飲みしていた。周りからの好奇な眼も気にならなかった。すると、そこにピンクの長い髪の少女、ミリーが双葉の肩を軽く叩いた。
「ん?」
「えへへ、来ちゃいましたよ。ここから邪悪な魔力を感じたんです」
「また、おとぎ話みたいなこと言ってんのか」
双葉は手で口を拭うと、ミリーの服で手を拭いた。
「ちょっと、止めて下さい」
「学校に来るなよ」
「でも、邪悪な魔力があるんです。危ないんです」
「そんなもの、俺には見えないけどな」
双葉はかったるそうにグラウンドの方を見ていた。良く見ると、一人の男子生徒がこちらに向かって歩いて来ている。
「おい、あいつ西園寺じゃん」
双葉は笑いを堪えながら、勤を指した。彼は普段のような笑顔も、キラキラなオーラも全く感じさせない、まるで別人のようだった。
「双葉、離れて下さい。彼が邪悪な魔力の源です」
「あいつか、ただの馬鹿だけど」
「きっと、操られています。私達、統制者は人間に魔力を与えて操ることができるのです。特に、欲求を押さえている人間や、欲望の強い人間。とにかく現状に不満を持った人間の心理的な弱さを突いて、自らの眷属とする。私が追っている統制者、ゼニスの仕業でしょう」
「そいつを捕まえれば良いじゃないか」
「それができれば、とっくにしています。とにかく、今は彼を止めないと」
慌てるミリーの隣を双葉が通った。
「ちょっと、危ないですよ」
「ミリー、ここは俺に任せろ。これでも結城家の二男だ。相手が人間である限り、絶対に負けない」
双葉は地面を蹴ると、勤に向かって行った。
「覚悟しろよ。西園寺」
双葉は大きく飛び上がると、そのまま跳び蹴りを勤に向かって放った。すると、勤の顔がニタッと、ハロウィンのかぼちゃのように歪んだ。そして彼の手が、まるで鞭のように一本に長く伸びた。そしてそのまま双葉の右足に絡みつくと、彼女を地面の上に引きずり落とした。
「あっ・・・・」
双葉は背中を強く打ちつけると、血を地面に吐いた。
「双葉・・・・」
ミリーは双葉に近付こうとするが。勤の攻撃はまだ終わってはいなかった。彼の鞭が、立ち上がろうとする双葉の背中を強く打ち据えたのだ。
「んああ・・・・」
双葉の制服が破け、背中が露わになった。そしてもう一発、彼女の背中に鞭を当てた。彼女の背中が内出血で、青紫色に痛々しく染まった。
「ま、まずいです。このままじゃ・・・・」
ミリーは勤に人差し指を突き出した。
「呪文・ファイヤーボール」
指先から炎弾が放たれた。そしてバチバチと火花を散らしながら、勤の体に当たって弾けた。
「グォォォォ」
全身を炎上させて悶え苦しむ勤。双葉はそのスキに地面を這いずって、何とかミリーの元に逃げ込んだ。
「双葉・・・・」
ミリーは双葉の傷付いた背中を擦った。
「大丈夫・・・・だ・・・・」
双葉は何とか声を振り絞ったが、額には大量の汗の粒が浮いていた。かなりの激痛のようである。彼女は呼吸を乱して項垂れていた。
「安心してください。すぐに彼を元の姿に戻して見せますから」
ミリーの瞳が一層鋭くなった。彼女は大きく深呼吸をすると、小声で何かの呪文なのか、詠唱を始めた。




