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東野の一日、死の記録

作者: attoh

○1

時計を写す

住宅街を歩く

東野家にたどり着く

ノックするが誰も反応がない

公園まで歩く

電話をかける


石井「もしもし……寝てた?(ため息)とりあえず、すぐそこの公園にいるから」


○2

適当に公園の風景やハトを撮影

東野が公園に近づいてくる様子を撮影


東野「ごめんごめん」

石井「寝てたの?」

東野「寝てた」

石井「もう昼過ぎだぞ」

東野「いや……かなり緊張にしてて眠れなかった」

石井「緊張ってなんだ。というかこれでいいんだよな?」


カメラをぐらつかせる

東野がぐらぐら揺れたりズームになったり


東野「いいよ。今日一日、俺を撮ってくれ」

石井「東野を撮る?」

東野「ああ」

石井「一日?」

東野「うん」

石井「何のために?」

東野「いや、俺の最後の一日を記録するために」

石井「なんだそれ」

東野「いや、本気だから。俺、今日を最後の一日にするから」

石井「じゃあ死ぬのか?」

東野「そう。俺は自殺する」

石井「……それで。何をするの?」

東野「いや、映画とかドラマとか見てるとさ。死ぬ前に何をしたいかっていうのをリストにするわけ。それを今日一日でやろうかと」

石井「じゃあ俺はそれを全部撮るだけだな」

東野「そう。面白いでしょ?」

石井「俺のカメラでか。葬式に流すのか」

東野「いいじゃんそれ。石井なら編集作業くらい出来るだろ?」

石井「面白そうじゃん!」

東野「でしょ? だからこれからやるわけだよ」

石井「じゃあそのリストを見せてくれよ。東野が何をやるのか興味がある」

東野「いやいや、それじゃつまらないじゃんか。石井に分からないように一つずつやっていくから」

石井「OK。それじゃあ一つ目。何をするんだ」

東野「そうだな。好きな物がほしいな」

石井「後悔を残さないためにか」

東野「そうそう! やっぱり最後は自分の好きな物を買いたいじゃん! もうすぐに手に入るから」

石井「マジか! 何を買うの?」

東野「大丈夫。自分が全部やるから。それを映すだけでいいから」


石井が黙ってカメラを東野に向ける

東野は携帯電話を取り出す

石井が携帯電話の画面を覗き込むようにアップで映す

そこには「アマゾンドットコム」の「映画ブルーレイディスク」が映し出されている


石井「ちょっと」

東野「何も言うなって。これが出るのを楽しみにしてたんだから!」


携帯を勢いよく押す


東野「よし! あとはコンビニで代金を支払えば届くわけだ!」

石井「でもブルーレイなんて持ってたか?」

東野「いや、誰かの家にプレステ3とかあれば」

石井「自殺するのに……?」


黙り込む石井


石井「それにお急ぎ便はクレジットカードだけだから、どのみち届くのは早くても翌日とかだから、石井どうやって観るの」

東野「いや……その……ちょっと勘違いを」

石井「東野……お前は本当どうしようもない奴だな」


苦笑いに近い笑いで東野は言う


東野「次だ、次! もっと違う望みを叶える!」

石井「おお! それはなんだ?」

東野「由美に告白する」

石井「あいつか。あいつってモテそうじゃん」

東野「だからだよ! だから告白するんだよ!」

石井「いいぞ。じゃあまず由美に会わないとな。連絡しろよ」

東野「いや、そこはやっぱりさ」

石井「何?」

東野「いや……俺、由美のアドレスも番号も知らないし」

石井「……どうするの?」

東野「そこは、石井君の力を借りようと」

石井「分かったよ。じゃあ電話してみる」

東野「よろしく」

石井「ちょっと待ってろ」


公園のベンチに向かう二人

座るカメラマンの東野。立ったままそわそわする石井

カメラを隣に置く

固定された視点で東野が固唾を呑んで見守っている様が映る


石井「もしもし。おう、久しぶり。……ちょっとあれなんだよ。東野って奴いたの覚えてるか? あいつから大事な話があるらしいんだけど」


東野が慌てる。小声で伝える。


東野「いやいやいや、俺ちょっと、ちょっとまだ」

石井「何言ってる! 今しかないんだろ? ああ、ごめん。いや、そんなこと言うなよ? なあ? ああ、本当? 結構長いな。分かった。そうやって伝えておく。はーい、また今度飲みに行こう。はい、それじゃあ」

東野「なんて……?」

石井「同棲してるんだってさ。大学入学と同時に。社会人のお兄さんと」

東野「へ、へえ……そうなんだ、いや、まあ、その、うん……」


明らかに動揺した後にうなだれる東野

けらけら笑う石井


石井「そもそもあの子はそういう子じゃないか。八方美人な所はあるけど」

東野「いや、だって、俺に優しくしてくれたのは彼女くらいしか――」

石井「みんなに優しくしてるよ。それに何だよ東野。あいつのこと『由美』って呼び捨てで呼んでるのか? あいつのこと呼び捨てで呼ぶのって彼氏だけにしたいって本人から聞いてたのに」

東野「いや、だって」

石井「もしかして」


間のあとに、観念したかのように大声を出す


東野「そうだよ、知ってたよ! 俺だって憧れる対象があったっていいじゃないかよ! ちょっとカメラ止めてくれよ」

石井「分かった分かった」


カメラが止まる


○3

以前公園のベンチ

十分経過した映像

石井はうなだれている


石井「まあ良い風に考えろよ。死ぬ前に告白出来たんだからそれでいいじゃないか」

東野「……そうだよな。それまで俺と由美ってほとんど関係が無いに等しかったもんな。それがこうやって伝えられたのは進歩だよな。ありがとう、石井。俺、ちょっと楽になった」

石井「単純だな」

東野「いいだろ別に」

石井「それで、次は何だ?」

東野「ああ。これも女に関係することだが」

石井「なんだ?」

東野「童貞を捨てたいんだ」

石井「ほう! そうか、東野もそんなこと考えるようになったか」

東野「最後の最後まで童貞を捨てられないなんて嫌だろう? 病気で若くして死んだ人も、童貞を捨てられなかったことが一番の後悔だって本に書いてあったし」

石井「どんな本だ。いや、そういうことなら任せろ」

東野「なんで?」

石井「風俗は強いぞ。それこそここの近所にソープがあるだろう? 行くぞ」

東野「ソープって?」

石井「そのレベルか……行くぞ」


カメラが止まる


○4

公園を出てすぐの道路を歩く二人

歩く東野が映し出される


石井「なあ。そもそもなんで死のうと思ったんだ?」

東野「それを聞いちゃうんだね! いいとも。俺はこの世の不条理に気付いてしまったんだ! この世の中は汚いことがまかり通ってしまう。勧善懲悪なんていうのは人々の理想が作り出した幻想なんだよ。理想があるということは現実は醜い。俺はそういう醜い現実に嫌気がさしてきたんだ。そしてこうも思った。醜く、汚れていくのなら、清い今のままこの世からおさらばしたいとね。分かるか? この気持ちが!」

石井「分からん。着いたぞ」


ソープランドが映し出される


石井「ここは優良店だよ。なかなか嬢も若いし、サービスもいい。まあその分、裏の怪しい方々とはちゃんと組んでる訳で」

東野「そんな人たちがいるの?」

石井「いや、実際表立っては出てこないから大丈夫だよ。ただ知らないところで繋がってるだけ」


黙る東野


石井「さあ、行こう――」

東野「やっぱりやめよう」


足早にその場から去っていく東野


石井「待てよ!」


追いかける石井

カメラがぶれながら東野の姿を捉える


石井「どうしたんだよ? 童貞卒業できるチャンスだぞ? 別に恥じることじゃないだろ」

東野「いや、恥とかじゃなくて」

石井「じゃなくて?」

東野「やっぱり恐いんだよ。そういう人がいるかもしれないし、それに雰囲気とか、自分の体とか、相性とか、女性とか」

石井「向こうは商売でやってるんだからなんとかしてくれるって」

東野「やっぱりやめようよ。そうだよ。まだ捨てなくてもいいかもね」

石井「まだって……東野、お前死ぬんじゃなかったのかよ」


呆れたように笑う石井

ふと気付いたように言う東野


東野「腹減ったな」

石井「そういえば。俺、何も知らされてないから朝飯も食べてない」

東野「俺もずっと寝てたから。飯食べに行こうよ。死ぬ前にどうしてもラーメンが食べたいんだ。よし。行こう! 最後の晩餐だ!」

石井「昼飯だけどな」


○5

繁華街が映し出される

その中を歩く被写体の東野


石井「ラーメンっていつもの店か?」

東野「うん。いつもの店」

石井「東野はいつもあそこだもんなあ」

東野「美味しいでしょ?」

石井「そりゃあ美味しいよ。確かに美味しい。でも他の店に行くことはないのかよ? って見てて思う」

東野「それはないよ。俺は筋を通すからな。浮気はしない」

石井「別にラーメンが他の男と一緒に出て行く訳じゃないんだから。それに飽きないか?」

東野「全ッ然飽きない!」

石井「ある意味可哀想になってくるな。他の店もあるのに。あれ? 待てよ。そういえばあの店――」


石井が言い終わる前にラーメン店が映し出される

ラーメン店に「スープ製作のため一時閉店致します」と書かれている

シャッターさえ閉まりかけているラーメン店


石井「やっぱり……」

東野「食べたかったな……」

石井「コンビニ行こう。何かあるだろ」


○6

先ほどの公園

レジ袋を持った東野が映る

手元には石井のレジ袋

東野は「まるごとソーセージ」を食べている


石井「東野。何で最後の昼飯がまるごとソーセージなんだよ」

東野「いや、ちょっとね」

石井「食ってる途中悪いが、次の願いを教えてくれよ。早めに聞きたくなってきた」

東野「ちょっと行ってみたい場所があるんだ」

石井「おお、いいじゃないか。どこに行きたいんだ?」

東野「いや、でも、それはちょっと諦める」

石井「どうして? 行きたいって言っても海外はさすがに無理だけど、県内なら俺でもなんとか行けるぞ。乗ってしまった話はちゃんと乗り切ってやるぞ」

東野「それが……俺が乗れないんだ」

石井「どういう意味だ?」

東野「俺、全財産二五十円だった」


二人に間。石井がため息をつく


石井「ちょっと待て。じゃあ、アマゾンで買ったブルーレイも払えないし、ラーメンもどっちみち食えないじゃないか」

東野「そう、なるね」

石井「お前……」


気まずい間

まるごとソーセージを咀嚼する東野


石井「何か他に願い事はあるのか?」

東野「夢を叶えたい」

石井「どんな?」

東野「一度舞台の上に立って、バンド組んで、ボーカルとして歌ってみたかったんだ」

石井「どうやって叶えるんだ? それ」

東野「……いや、何も言ってないよ、俺。何も言ってない。それはまた今度やるよ」

石井「今度ねえ」

東野「そうだ。本当に行きたい所があった」

石井「どこだよ」

東野「ホームセンター」

石井「そんなところ行って何買うんだよ?」

東野「いや、自殺するためのロープとか、遺書を残す為に便箋とかペンとか」

石井「お前、全財産二五十円って言ってなかったか?」

東野「いや……違うよ」

石井「あるのか?」

東野「もう多分百円もない。ほら、まるごとソーセージとジュースで」

石井「……さっさと行くぞ」


○7

突然復活する映像

場面は相変わらず公園


東野「撮影した?」

石井「ああ」

東野「じゃあ、今からもうここで遺書を書くよ」

石井「ここで書くって言っても、お前どうやって遺書を保存するんだよ? 誰に渡すんだよ」

東野「多分大丈夫だよ。そこら辺に置いておけば気付いてくれる」

石井「遺書の書き方は?」

東野「え? 漢字は分かるけど」


段々声を荒げる石井


石井「漢字じゃねえよ。書き方だよ、カキカタ! ちゃんとルールってのがあるんだ」

東野「そんなのあるのか?」

石井「そうだよ! そうじゃないとちゃんと遺書の効果を発揮しない」

東野「石井……お前……」

石井「何だ?」

東野「堅物だなあ。もっと気楽に――」


カメラがあらぬ方向を向き出す

時折、映像が乱れ切れ切れになる


石井「もうコリゴリだ! お前は絶対死ぬ気がないはずだ! そうだろう?」

東野「何だよ、石井。俺はちゃんと死にたい――」

石井「嘘だ嘘だ嘘だ! 何が清らかなまま死にたいだ! 醜い現実が嫌だ? お前が努力してないだけだろう」

東野「石井――」

石井「東野。これを見ろ。見ろ!」


東野が明らかに目を背ける


石井「何だと思う? 全部小さい頃、くそったれ共につけられた傷だ。こんな一生消えないくそったれな傷跡背負いながら生かされるんだぞ。お前に何が分かるんだ?」


両者、黙る


石井「俺は降りる。死ぬならさっさとやってこい」


ロープが画面内に投げ込まれる

足音。石井が去っていく

カメラは固定されたまま


石井がロープを掴み、画面で見えない部分(樹か滑り台かブランコか)に結ぶような動作をする

結び終え、深呼吸をする

飛び降りる

ロープがかなり長く、普通に着地してしまう

足音


石井「カメラ忘れてた。俺のだからな」

東野「石井……」


しばらくの間のあと


石井「映画見せてくれ。俺の部屋にプレステ3あるから」


ブラックアウト

エンドロール

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