召喚した聖女が、救済しない場合
「つまり、私は聖女で、聖女はこの国の法に従わなくていいわけだあ?」
つい先ほど、玉座の前に召喚された黒髪の異世界の少女は、悪魔のようなニヤついた笑みを見せたのだった。
数分前、自分の部屋から見たことのない場所に瞬間移動してきた際、この国の第一王子を名乗る派手な金髪の兄ちゃんに歓迎された。
「ようこそ聖女様!よくお越しくださいました!」
「は?」
「これで我が国はなんとかなる、本当にありがとうございます!」
ヒラヒラに刺繍ばかりの目に優しくない服の大人たちに囲まれていた。
わけがわからないまま、とりあえず立ち上がった。
体に異常はなさそうだけれど、内側の血流みたいなのが妙にはっきりわかるのが、少し違和感に感じる。
「あんた、誰?」
金髪の男を指差してそう訊くと、周りがざわついた。
不敬だぞとか、なんか聞こえてくる。
「私はこの国の第一王子で──」
「ここ、どこ?」
相手が言い終える前に、次の質問をした。
王子は穏やかなままだったが、奥の立派な椅子に座っているおっさんと、周りの大人は苛ついたようだった。
「あなたがいた世界とは、異なる世界でございます」
「ふーん、で?」
「あなたにこの世界を救っていただくために、我々が召喚いたしました」
「つまり、誘拐犯ってこと?」
「ゆっ、…いや、あなたからしたらそうなりますね」
王子は弾かれたように表情を変えて、苦しそうにそう言った。
いや、どっからどう見ても誘拐だろ。
何、そう言われるとそうか、みたいな顔。
つーか、周りのおっさんたちガヤガヤうるせえな。
「救うって具体的に何?」
「聖女には違う世界から来ることによって、この世界には存在しない秘める力をその体に持っています。その力で、この世界に命を吹き込んでいただきたいのです」
「何それ、どうやったらできるの?」
「聖女様自身が、その力の使い方は知っているそうです」
「はあ?」
「今までの聖女様も、自分でコツを掴んだそうです」
「そうですって、何。文献とか残っていないわけ?」
「…そういったものはございませんね」
過去に何人異世界に拉致監禁したか知らないけど、何も残してないって馬鹿なのか?
今までの聖女様は、どうやって生きたんだよ。
それ生きた心地してたわけ?
なんか、うぜえな。
でも、まあ、ムカつくけどやり方はなんとなくわかる。
この血管とは違う体の中を巡っている何かが、異世界人による力なんだろう。
これで、世界に命を吹き込む、ねえ?
「この世界は、今危機に直面しています。どうかお力を貸していただけないでしょうか?」
「は?勝手に連れてきといて、自分たちのために働けって都合がよすぎない?」
私、未成年なんだけど?
そんな労働強制しないでもらいたいんだが。
ここで働いて何になる。
課金代やライブチケット代が稼げるわけでもないのに、やる意味なし。
「貴様っ、さっきから聞いていればどういうつもりだっ!?」
周りにいるおっさんのうちの1人が、怒鳴りながら群れの中から出てきた。
うげえ。
どこの世界でも、クレーマーみたいなやつっているんだねえ。
バイト先に来る迷惑客かよ。
「そっちこそ、どういうつもり?」
「なんだと!?」
「私にはこの世界を助けてやる義理もないし。そっちがお願いする立場のくせに、なんで偉そうにしてんの?」
「なっ」
「だってそうじゃん。この世界のお前らは、関係ない世界の私を巻き込んで、自分たちで解決できないことの尻拭いを押し付けて、体よく聖女様ってあだ名をつけてるだけじゃん。きもいって」
げんなりしてそう言い返すと、おっさんは顔を真っ赤にしてさらに何か言おうとしていた。
けど、王子が先に口を挟んだ。
「それは、あなたの言う通りだと思います。だが、この世界の人間では解決できないのもまた事実なのです」
「というと?」
「先ほど言ったように、あなたには命を吹き込んで欲しいのです」
「はあ…」
「ここ数年、この世界の人類は寿命が短くなっている。それだけじゃなく、なぜか生命力が落ちて、子どもが長生きできなくなってきている。聖女様の力には、活力を戻す力があるのです。だから、我が民を、子どもたちを救っていただけないだろうか…!」
王子だけは真っ直ぐにこっちを見ている。
少なくとも、彼だけは私を軽んじている気配はない。
だからといって、私が助ける理由もやっぱりない。
「その聖女の力って、無限なわけ?」
「え?」
「有限だったら、あんたどうすんの?私の命を削って他人に命を吹き込んで、私には死ねって言っているんだ」
「そ、そんなつもりじゃ…!」
「そもそも、聖女ってどういう扱いなわけ?生贄?侮辱対象?」
「違う…!聖女様は、異なる生命力を宿した神にも近い存在だ!この世界の理から外れた、法や国家の下とは関係ない尊い方のことです!」
いよいよ王子が慌てて、周囲もどよめき、少しだけ大人しくなった。
玉座のおっさんも、顔を顰めている。
尊い存在に対して、今のところぞんざいな扱いしか受けてないけどな。
この世界は、礼儀も知らないのか?
「ふーん。やっぱり私には関係ないってことじゃん」
そうやって爪をいじると、ハートのパーツが一つ取れているのに気づいた。
うわ、最悪。
こいつらに召喚された時に、落としたんかな。
「女のくせにいい気になりおって!そんなに嫌がるということは、貴様、聖女の力が使えないのではないか!?」
さっき私に言い負かされたおっさんが、再度前に出てきて、大声で喚いた。
その言葉に、また騒がしくなっていく。
謀りやがってとか、偽物めとか、野次が聞こえ始める。
女のくせに言いやがったよ、その女を召喚したくせによく言うわ。
私としては、この世界がどうなろうとなんでもいい。
滅ぶなら滅べばいいし、存続するなら自分たちで頑張って、としか思えない。
王子以外、お願いしますも言えないガキみたいな連中、相手にしてらんないし。
大体、運命ってやつには、抗っちゃいけないと思うんだよねえ。
まあ、売られた喧嘩は買ってやろうじゃん?
指先をこすりながら、体の内側を巡る力を集めていく。
指紋の隙間から溢れるように力を少しずつ溜めて。
そして、それらを体の外側に球体のようにしていく。
白い光の球のようになっていくそれを目にして、呆れるほど静まっていく。
…見た途端、これか。
「やはり、聖女様はすごい…」
王子だけが感心したように、私を見ていた。
この中で、たぶんあの人だけは本当に救って欲しいんだろうなあ、と思えるくらいにはまっすぐだ。
なんか、この世界に生まれていなければ報われていそうな人だ。
「で、そっちが頭を擦り付けてでも頼む立場なんじゃないの?」
さっきのおっさん目掛けてそう言うと、口をはくはくさせて震えていた。
他のやつらも、目を泳がせている。
「力、使えるみたいだけど、これって対象を決められるのかね?例えば、私に文句ばっかりのおっさんにだけは、加護を与えないとかさ」
「…っ!」
私の言葉に顔を青くして、他の連中も目を伏せ始める。
だんまりかよ。
いや、そんなことはどうでもよくて、これかなりまずいんじゃないか?
命を吹き込めるのは体感としてわかるけど、逆もできる気がする。
『命を吸い取る』のも、可能なんじゃないかな。
感覚のままに練ってみるけど、どうにもうまくいかない。
「ああ、出発点が間違っているのか」
独り言を言いながら一回白い球を消して、もう一度逆流するように球を作ってみる。
指先から、黒いモヤが漂い始める。
この反転仕様、私がすぐにわかったってことは、歴代の聖女も気づいていたはずだよね…?
よく使わずに、白い球だけで協力していたなあ。
みんな優しい、いい人たちばっかりだったのかな。
というか、ダメじゃんね、こういうことはちゃーんと記録に残しておかないと。
だから言ったじゃん、文献とかないのって。
後世に伝えるって、大事なことだよねえ。
やっぱ、運命を受け入れて、短い人生をどうにかすればいいよ。
今すぐ死ぬわけじゃないんだから、自分たちでなんとかすれば?
そう思いながら、黒い球を作り上げた。
「確認なんだけどさ、私ってあんたらの言う聖女なんだよね?」
「はい、間違いございません」
「聖女は理から外れているから、国にも法にも則らなくていい特別な存在ってことで合っているよね?」
「そうです」
「もう一度聞くけど、法に従わなくていいんだよね?」
「はい、そうです…」
言質は取ったので、私はニヤリと笑みを作った。
私という犠牲を1人出そうって言うんだ。
そっちも、その覚悟があるんだよね?
「ねえ、さっきから私に吠えているおっさん。前に出てきなよ」
私が黒い球を作った指でさすと、おっさんはぶるりと体を震わせた。
躊躇っていたけれど、周りから押し出されて、私の前へと出てきた。
「何か言うことは?」
「…貴様が最初からそうしていればよかったのだ」
だめだ、こいつ。
じゃあ、尊い犠牲ってやつになってもらおうじゃないか。
私はね、あんたらのために働きたくないの。
私は黒い球を指で弾いて、おっさんの方へと飛ばした。
そのまま球がおっさんにペトリとくっついた瞬間──。
ガラガラガラッと、大きな音が広間に響いた。
おっさんの立っていた場所には、骨の山だけが残っていた。
「あ、これ肉だけ消失して、骨は残るんだ。へえー」
私の呟きが通るぐらい静まり返っていたのに、次の瞬間、阿鼻叫喚の嵐に変わった。
腰を抜かす者、失禁する者、逃げ惑う者、命乞いをする者。
とにかくうるさくて、混乱していた。
その場を制するように、大声で叫んだ。
「いいじゃん、この力!これで、全員の命を吸い取ろうよ!そしたら、この世界の人類はみんな消えて、根本的に問題もなくなって、全て解決だよっ!」
王子と、その向こうにいる王であろう玉座のおっさんに向かって、にっこり笑ってみせた。
王子が、顔面蒼白なのは見えた。
「…送還だ!今すぐ聖女を送還の儀で返すんだ!」
誰かの声がして、騒ぎはいっそう強まった。
どこからか呪文のような声が幾重にも聞こえてきて、私は召喚された時と似たような光に包まれていた。
なんだ、帰せるならもう少し穏やかなやり方でもよかったかな。
ううん、見せしめとしては、ちょうどいいや。
これで記録を残しておく重要性にも気づいただろうし。
こんな危険分子の聖女、二度と召喚しようとは思わないだろう。
私以降に巻き込まれる人がいないなら、上々かな。
最後に、苦しげな表情の王子の「…すまなかった」という声が聞こえて、私は自分の部屋に戻ってきていた。
「…はあ、疲れた」
手を握ったり開いたりしても、さっきまであった力の違和感は微塵もなかった。
人を殺したはずだけど、自分の手でやった感触もなくて、あんまり実感もない。
「──ご飯よー、降りてらっしゃーい!」
いつも通り、母の声が下の階から響いてくる。
私の現実はこっちだ。
剥がれたハートのパーツのネイルをギュッと握り締めた。
痛くなるほど、強く。
「…はーい、今行く〜!」
了
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