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 蝉の声と一緒に、高2の夏休みが始まった。

 島の町役場に勤めるお父さんとは、いつも家事は半々で担当していて。だから、休みになるといつもはお父さんがしてくれている朝食の準備とか、夕食後の後片付け、お風呂洗いなどの家事も、わたしがやるようにしていた。

 朝ごはんの洗い物をして、洗濯物を干し終わると、買い物に行こうと庭の自転車置き場に向かった。

「ひゃっ!」

 思わず声が出る。

 自転車の横に停めてあるお父さんの車を、昨日の金髪トマト男がヤンキー座りで覗いていたのだ。今日もかけているサングラスを少しずらしたりしながら、人のうちの車をジロジロ見ている。

 絵に描いたように怪しい。何やってるんだろう。

 怖さに泣きそうになったけれど、昨日の夜の、お父さんとの話を思い出した。お隣さんと挨拶したと言ってたことを。お父さんが帰ってきたタイミングで話せたみたいだ。収穫したトマトも持ってきてくれたって。

 離れにやってきたのは、奈津美さん、といって、この島への移住を考えてくれている人らしい。

 人口が減り続けているこの島にも、最近少しずつ引っ越してくる人がいる。ちょっとしたブームみたいなものもあるのかもしれない。うちの場合は、元々お父さんがこの島の出身だったけれど、都心に住む若い人や、島に全く関係がない人でもここを好きになって住むことに決めてくれたりするみたいだ。

 奈津美さん、というお隣の人も、まずは夏の間お試しで住んでみて、気に入ればずっと、と言うことなのだろう。

 あの人は、わたしも話してちゃんとした人だと思ったから、この金髪トマトも悪い人ではないのかもしれないけど……お父さんから話を聞いてなかったら、間違いなく通報ものだ。

 とにかく、関わらないのが一番。

「関係ない、平常心」

 キャップを深く被ると、そう言い聞かせながら素早く自転車に乗る。

 なるべく音を立てないよう、彼の方を見ないようにして、一気にペダルを漕ぐ足に力を入れた。向こうが気づいたときには、もう走り去っているイメージで。だけど、家の敷地から出てすぐに、後ろから追いかけてくる気配を感じて血の気がひいた。

「おい、待って」

 やっぱりだ。

 ハルト――と、昨日奈津美さんが呼んでいた金髪トマト男が、後ろから追いかけてきているみたいだ。

「おい、オーヤ!」

 何度か聞こえてきてようやく気づいたけれど、オーヤというのはわたしのことらしい。

 そんな呼ばれ方されたことがなかったから、それが自分のことだと理解するまでに時間がかかった。大家さんだと、奈津美さんが言っていたからだろうか。

 とはいえ、急に自転車を止めるのも、振り返って見るのも怖い。そのまま走り去ろうとさらに漕ぐ足に力を込めた。

 かなり漕いで、やっとペダルの重さを感じなくなった頃、前の方からオン、オン! と、犬の鳴き声がした。

 見ると、白味がかった薄い茶色の毛並みの大型犬がこっちへ向かって走ってくる。わたしも顔見知りのゴールデンレトリーバーで、飼い犬なのに、すぐ鎖を外して逃げてしまうと、飼い主さんが困っている。

「コーン!」

 自転車を止めて、毛並みがコーンポタージュの色に似ていることから名付けられたらしい名前を呼ぶと、彼はハッハッと舌を出してわたしに飛び掛かってきた。尻尾を左右に勢いよく振りながら。

「スゲー、めちゃ懐かれてんじゃん」

「え?」

 振り返ると、後ろにも、コーンと同じような髪の色をした男が、肩で息しながら立っていた。かなりスピードを出したはずだったけれど、すぐに追いつかれてしまったようだ。

「何か用ですか?」

 キャップの鍔に視線を隠すようにしながら聞くと、ザリっと彼がもう一歩、近づくのがわかった。

 ほんとに、なんのために追いかけてきたんだろう。

 昨日と変わらない金髪にサングラス、流石に今日はTシャツを着て、足元はサンダルとスニーカーが合わさったようなものを履いている。

 コールを撫でているせいで、どうにか誤魔化せていたけれど、わたしは昨日と同じように手が震えていた。

「その、あいさつだよ。オーヤだし、昨日、できなかったし」

「あいさつ……?」

 意外な答えにちょっと拍子抜けする。

 昨日できなかったって、する気もなかったように見えたけど。それに、なんか上からだ。

「いいです、そんなの。大家って言っても、わたしは関係ないので」と、目を隠したまま、彼の足元に向かって言うと、

「どこ見てんの?」

 突然、ひょいと彼がキャップの鍔の下から顔を覗き込んだので、びっくりして跳ね除けると、思いの外、彼の体幹が強かったようだ。弾き返されるように、こっちがコテんと尻餅をついてしまった。

「いったぁ」

「大丈夫かよ」とその人が手を伸ばすより早く、コーンがわたしの横にやってきて、ペロペロと頬を舐める。

「大丈夫だから、コーン。もういいよ」

 人とはうまくコミュニケーションをとれないけれど、わたしは昔から不思議と動物には好かれる。文字通り舐められているだけかもしれないけれど、わたしも動物相手なら、赤面症を気にすることもないし、気を遣うこともなくて、自然にいられるから好きだった。

「はい、キャップ」

 金髪男子が、すぐ横に落ちていたキャップを拾ってくれたけれど、焦ったわたしは、それを奪い取るようにして、彼の手から引き抜いて被った。顔の赤さがバレるかもって、気になって。

 しまった、嫌な態度をとってしまったかもしれない。

だけど彼は全然気にする様子もなく、「動物使いみたいだな。まじ、リスペクト」と、ポツリと言った。到底リスペクトしてなさそうな表情で見下ろしながら。

 動物使いってなに?

 謎すぎる言動を不思議に思いつつ、コーンは彼に向かって尻尾を振ったので、またちょっと意外に思った。コーンには、わたしが気がつかない彼の素顔でも見えるのだろうか。

「とにかく、アイサツしたからな。お前も見たよな、証人な」

そう言って、彼は、大きな黒い瞳を光らせて尻尾を振り続けているコーンを証人にすると、わたしたちに背を向け、家の方へと戻っていった。

「なに……? 意味不明」

 わたしは地面に座り込んだまま、そう呟いた。

 わざわざ全速力でここまで追いかけてきた理由がわからずに、呆然と、ただ彼の後ろ姿を見送っていたわたしに、金髪男は、振り返って大声で叫んだ。

「てことで、昨日のトマト好きに食べていいって話、有効だよな?」

「え? トマト? 有効?」

「だから、食べていいんだよな? 庭のトマト」

 大股で後歩きしながら、うちの方向を指差している。

 もう一度、拍子抜けしてしまった。

 もしかして、彼はトマトを食べていいって話の言質をとるために、ここまで走ってきたってことだろうか。言葉通りなら、それと挨拶のために?

「どれだけトマト好きなの」

 まだ、うちの車を覗いていた理由は解明されていないけれど、とりあえず、トマトのために必死になっていたのかと思ったら、バカバカしいというか、呆れて吹き出してしまった。


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