お葬式
何が起こったのかは大体わかる。
この住宅街をあんなスピードで走るなんて。
それより、私は希を探した。
私が通ったのと同じ道を、希が歩いてくる。
「来ちゃダメ!」
そう言って、私は空から希の前に降り立った。
けれど、希は私を突き飛ばして行ってしまった。
希には私が見えていないようだ。
「希、希ったら!」
何度も叫ぶが、希は反応しない。
そこでようやく、私の脳は複数の事柄を繋ぎ合わせようとした。
私は車に轢かれた。
でも私はここにいる。
私は希に見えていない。
おそらく、他の人にも見えていないだろう。
その時、大きな声がした。
「希ちゃん!」
振り返ってみると、希が気を失って倒れているようだった。
見ないようにしていたけど、やっぱり私の身体は酷いことになっている。
ついさっきまで仲良く喧嘩していた姉の変わり果てた姿を見て、希は。
私の脳は考えるのを止めて、「早く行かないと遅刻しちゃう」という言葉だけを繰り返していた。
だが、時が止まっているわけではない。
しばらくすると、救急車のサイレンが聞こえてきた。
私が運ばれて行く。
中身のない私が……
結局、希は高校生活初日から休んでしまった。
入学式に出席する予定だった私の両親も。
父も母も泣いていたが、希はただ呆然としていた。
お葬式には知らない人の顔もあった。
高校で同じクラスになっていた人だろう。
会ったこともないのに、同じクラスというだけでお葬式に出席させてしまって申し訳ない。
だけど「知らない人なので行きません」なんてなかなか言えないだろうなあ。
この頃になると、私は状況を把握することに努めるようになっていた。
自分のお葬式を見学する機会なんてそうないだろう。
まあ他人のお葬式とほとんど変わらないけど。
ここで私の悪口を言う人でもいたらショックだけど、とりあえず故人やその両親の前でそんなことを言う人がいない程度には嫌われていなかったようで安心した。
希はまだ呆然としている。
私のお葬式が行われているけれど、私はここにいる。
でも誰にも見えていない。
やっぱりあれだよね。「幽霊」。
私はホラー苦手だったのに、自分が幽霊になるのかあ。
でも別に恨みもないし、生きてる人を驚かそうとしてもどうすればいいかわからないし。
何より閉口したのが、壁をすり抜けられないこと。
幽霊って自由に移動できるんじゃないの?
これじゃただの透明人間じゃん。
あ、でも透明人間と違ってほとんど何もできない。
物を持ち上げることも、他人に触れることも。
人に触れるとたまに風に吹かれた程度の反応をする人がいることを考えると、私の存在はかなり弱々しいんだろうか。
インターネットのどこかで、魂の重さは21gって見た気がする。
もしかして今の私は、21gの生物みたいなもの?
だから壁はすり抜けられないし、物も持ち上げられない。
5g程度のものなら持てるかな?
私の体重が××㎏で10㎏の米袋は持てたからね。
銀行に忍び込んでも盗めるのは5円か……。
いや1円玉で盗む必要ないじゃん。
500円玉、ううんお札なら何枚か盗めるよ。
……希はまだ呆然としている。
お葬式って退屈だね。
自分のでも退屈なんだから、他の人はどれだけ「早く終われ」と思ってることだろう。
でも、お父さんやお母さんや仲の良かった友達は、見ていて申し訳なくなるほど沈痛な表情をしてる。
そんな人たちを見ていると、私の胸も痛くなる。
「私は、死んだんだなあ。」
ごめんなさい。ありがとう。
ごめんなさい。ありがとう。
ごめんなさい。ありがとう。
ごめんなさい。ありがとう。
……希はまだ呆然としている。
でも、どれだけ胸が痛くなっても涙が出ないんだ。
そういえば汗も出てない気がする。
新陳代謝がないのかな。
どういう仕組みかはわからない。
そもそも今の私が魂だとしたら、何で服を着てるんだろう。
裸だったらこんな吞気にたくさんの人がいるところにいられないし、もし見える人がいたら超恥ずかしいからいいんだけど、冷静に考えると変な気がする。
ただ私は浮くことができる。
少し強く地面を蹴ると3mくらい飛べるし、そこで止まることもできる。
そこからさらに上に行くことも。
鳥でも空中で止まることはできないよね。
そういう意味ではやっぱり魂なんだろうか。
21gの質量の魂。
科学では解明されてないのかな。
義務教育では習ってなかったかな(習ったことを全部覚えているわけじゃないからわからないけど)。
とにかく私は死んだ時に少し短めの制服のスカートをはいてたから、浮いた時はスカートの中が気になってしまう。
もし見える人がいたら恥ずかしいな。
………希は、まだ呆然としている。
やっぱり喧嘩したままだった希のことが気になる。
希は泣いていない。
これってアニメや漫画でたまに見る「泣くことで吹っ切れる」って奴?
泣けずにいる間は精神が壊れてて、泣くことでようやく本来の自分に戻れる、みたいな?
あまり口にしたことはないけど、私は両親を尊敬している。
私にはできないことができるから。
もし死んだのが希だったら、私なら泣くことしかできないだろう。
お父さんもお母さんも泣いてるけど、希のことを気にかけている。
魂が抜けたような希を、見逃してはいない。
お通夜の時から、何度も抱き締めている。
私と希はよく喧嘩していたけど、それでも仲良くしていられたのは両親が平等に愛してくれたからだと思う。
それでも、希は呆然としているんだ。




