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これから

希に私が見える理由が他のものなら良かった。姉妹の絆とかなら、私は喜んでこの状態を受け入れた。


でも、やっぱり希は死に近づいている。それを止めるために、私はここにいる。


「私も、お姉ちゃんの所に行きたい……」


その想定内の言葉を聞く前は、どうやって希を励まそうかと考えていた。

私に気の利いたことが言えるかどうか自信はなかったけれど、何とかして生きて欲しいと思っていた。


そのためにどんな言葉を紡げばいいのか、希に名前を呼ばれてからの短い時間の中で一生懸命考えていたんだ。


でも、実際にその言葉を耳にした時、私の中の何かが壊れた。


「私は死にたくなんかなかった!」


私の口が、想定外の言葉を吐き出した。


「陸上でも記録が伸びてたところだったし、恋もまだしてない!

希の高校生活を見ていてずっと羨ましかった!

やりたいことはいっぱいあるのに!私は、生きたい!」


言葉が止まらない。


「そんなこと言うなら代わってよ!」


私の心の奥に、こんなものがあったのか……。


「私は死にたくなんかなかったんだよ!

私だってこれからの人生が欲しかったんだよ!

私だって……」


こんなことを言いたかったんじゃない。

こんなことを言ったら希を傷つけてしまう。駄目だ、止めないと。


そう思っても、言葉が口から次々とあふれ出てくる。


そうか、泣けていなかったのは、私だったんだ。


自分の死を他人事のように客観視して。

自分の境遇を受け入れて。

それが理不尽だと思わないようにしながら。

自分の感情を閉じ込めて。


『泣けずにいる間は精神が壊れてて、泣くことでようやく本来の自分に戻れる、みたいな?』


それは、私のことだったんだ。


私の目から、涙は流れない。

でも、私はようやく自分の感情を吐き出した。

そして、私は自分を取り戻す。


「ごめんね希。

でも、私は希に生きていて欲しい。

私の所になんか来てほしくない。

お母さんやお父さんを悲しませないで欲しい。

希が幸せになるところを私に見せて欲しい」


そうして、一番伝えたい言葉を口にする。


「私は希が大好きだから。

私はずっと希を見守ってるから」


「お姉ちゃん……」


「希、私が見えるっていうことは、死に近づいてるってことなの。

だから、私が見えては駄目。

それに、死んでも多分私には会えないよ。だって、ここには誰もいないから」


実際、桜井君が死んでも会えなかった。


なぜ朋美さんとは出会うことができたのか、その理由はわからない。

もしかすると希が死んだら会えるのかもしれない。


でも、私は希に死んで欲しくなんかないんだ。


「お姉ちゃん……」


「私が何でここにいるのかわからない。

自分でも、こうしていたいのかどうかもわからない。

でもね、私は希が好きだよ。

希が幸せになる姿を見ていたい。

そのために、私の魂はここに残っているんだと思う。」


「……」


「希に見えていなくても、私はずっとここにいるよ。

ここで希を見守って、一緒に泣いたり笑ったりしてるから。

だから、ずっと一緒にいて欲しいから、死のうなんて考えないで。

私の分まで……ね、」


私の目は涙を流さない。

でも、胸がいっぱいになってしまった。


悔しい、生きたい、悔しい、生きたい。

自分を取り戻したり、元に戻ったり。


でも仕方ないよ。まだ私だって15歳だもん。


ぐちゃぐちゃになりながら、それでも希が好きなのは本当だし、希に生きていて欲しいのも本当だ。


私は、結局何もまとめることができずにただ自分の胸の中にあるものを吐き出した。


涙が出ていたら、もっと取り乱していただろう。

涙が出ないことで、ある程度の平静を保っていられるような気がする。


そして、私は希を見つめる。


「お姉ちゃん……」


希は、少し目を逸らす。

それから、少し笑った。


「その顔、久しぶりに見た。私を叱る時の顔だ」


「いつの話よ」


「子供の頃かな。最近はお姉ちゃんのほうが叱られることが多かったもんね」


希は、舌を出しながら笑った。

涙を流しながら。

「お姉ちゃん、私もお姉ちゃんのことが大好き。

いつも真っすぐに自分の気持ちを伝えてくれるから。

私もお姉ちゃんみたいになりたいのに、どうしても一歩引いちゃうんだ。」


希は、そんなことを思ってくれていたのか。


「ごめんね、お姉ちゃん。

お姉ちゃんがいないのは辛いけど……」


それから、希は慎重に私に抱きついてきた。


「本当に、ずっと見守っていてくれる?」


「うん、約束する」


希は、ずっとこっちを見ている。


「お姉ちゃん、やっぱり嫌だ。消えないで……」


私が見えなくなりつつあるのだろうか。

それなら安心だ。あ、そうだ。


「ねえ希、さっきも言ったけど私は壁をすり抜けられないの。

だから夜の9時くらいまでこの部屋の扉開けといてくれないかな。

どこかに遊びに行っていてもその時間までには帰ってくるから」


「私が帰ってなかったらどうするの?

私だってもう高校生だし、遅くなることもあるかもよ」


「それならお母さんたちのところにいようかな。

でも夜遊びは許しませんよ」


その言葉が終わらないうちに、希はへたり込んで顔を覆った。

そして、声を殺して泣き始めた。


私が完全に見えなくなったのだろう。

でも、私が見ていることを信じてくれている。


だから、あまり泣き顔を見せないようにしてくれてるんだ。


とりあえず、希を死から遠ざけることができて良かった。

私の中には、達成感があった。


私は、希のために存在し続けよう。

生きているとは言えないけれど、私の魂はここにある。


私は希も、お父さんも、お母さんも大好き。

みんなが幸せに生きていく姿を見続けよう。


それが、私の、存在理由。


でもね、家族が私を見ることはないの。

私が見えてはいけないの。


ああ、胸が痛いなあ……


もう二度と……希が……私を見るこ……とがありま……せん……ように……



第一部完




ここまでお読みいただきありがとうございました。

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