縁を結ぶ日
人々が家に帰る頃、相呼神神社と呼ばれる神社には3柱の神がいた。祭神で縁結びの力を持つカコ、学問の神であるササレ、食物の神であるイミナジ。その3柱は、日が暮れて帰り行く人々を横目に茶を啜りながら談笑していた。
「――で、どう思いますか?」
「ふん、下らんとしか思わんな」
「面倒臭え」
そんなぁ、と肩を落とすカコ。下らんと吐き捨てたササレはそれを見ては再び鼻で笑う。イミナジは湯呑みを持つことも面倒になったのか、話もまともに聞かずその場で横になってしまった。
「俺達神の仕事は人々の願いを聞き届け、答えることだ。故にそんなことをする必要は全くもって無い。イミナジではないが、面倒だ」
「まあそうですけどー……」
「第一、学問の神たる俺が金髪だと? 人々からの信仰とかけ離れているではないか。これは不良の髪色だ」
提案した途端に2柱から却下を受けたカコの提案。それは染髪だった。
カコは参拝に来た人間の影響を受けやすい。それが何を意味するものなのかも分からずに、見て良さそうだと思ったらすぐに真似をしてしまうのだ。彼女の書生服を色鮮やかにした様な装いにヒールブーツという格好も、複数人の参拝者の服装を真似て組み合わせた結果である。
今度は染髪をした人間の真似をしたくなってしまったらしい。
「不良の髪色だなんて人間達からしたら昔のイメージですよ。今は色んな人がやってますー」
「だとしてもだな……」
「もう、ササレさんの石頭」
「カッ、言われてらァ」
「面倒なくせに態々煽るなイミナジ!」
「良いじゃないですか、人間の文化を知るということにすれば」
右には寝そべりながら茶々を入れるイミナジ、左には口を尖らせ屁理屈を言うカコ。日頃から学問の神としての威厳を保たんとしているササレとて、これには頭を抱えざるを得なかった。
「面倒臭え足掻きなんてしてねえで染めちまえよ、ササレ」
「ええい! そんなことを言うのであれば貴様がやったらどうだ!」
「面倒臭え」
「貴様……!」
「やりましょうよササレさーん」
「だいたい、何故俺なのだ! ロトにでもやれば良いだろうが」
「ロトには違う色をやってもらうんですもん」
円卓に肘をつきこめかみを抑える。お前は餓鬼かと口が出そうになるものの、そう言えばコイツはまだ餓鬼だということを思い出して黙る。ササレは願う。誰でも良い、誰かまともな奴が来てくれ、と。
その時――。
「おー! ササレ様にイミナジ様、来てたんスか!」
「あら、ココロ。起きてたのね」
「今起きたんスよ〜、カコ様」
先程まで昼寝をしていた相呼神神社の狛犬であるココロが、目を覚ますなりこちらへ駆け寄って来る。
「で? で? 何の話をしてたんスか?」
「さっき髪の毛を染めてる人間を見たから私もやりたくなっちゃって、ササレさん達にお願いしてたのよ」
「あー……。相変わらずのミーハーっスねぇ。ササレ様達もお疲れ様ッス」
みーはーというのが何かは分からないが、取り敢えずバカにされた様な気がするので頬を膨らませる。
カコの影響されやすさはこの地に住まう神使や動物達の中でも有名な話で、話を聞いたココロは“またか”と苦笑を浮かべる。
「お疲れ様と思うのであればお前からも言ってやってくれ。神に染髪など不要とな。イミナジは面倒臭がりを極めていて何のアテにもならんのだ……!」
「面倒臭えからな」
ココロは思い浮かべる。普段から強面、規則厳守、厳格という言葉を具現化したかの様な神であるササレが染髪した姿を。
「うーん……。カコ様」
「何よ〜。ココロは私の味方してくれるでしょ?」
「おい、ココロ」
ココロは笑う。人であれば親指を立てながらニッカリと笑っている様に見えるくらいに。
「めっちゃ良いと思うッス! 染めたら見してくれる様頼んでほしいッス!」
「ココロ貴様ァ!」
ササレは思い出す。嗚呼、そういえばココロもお調子者の権化だった、と。
「流石ココロー! そう言ってくれると思ったわ。さぁ、これで3対1ですよ、ササレさん」
「……はぁ、全く貴様らは」
そう言いながら円卓に伏せる。諦める気配の無いカコ達に、どうやら根負けしたらしい。
「仕方ない。これ以上問答をしていても止まらんのだろう、お前は」
「てことは……!」
「仕方なくだからな! だがやるにしても金髪以外にしろ。学問を担当している癖にそんな不良色にはしたくない」
「やったー! ありがとうございます! 金髪以外ですね。そしたらロトにそっちをやってもらうとして、ササレさんは黄緑でどうでしょう。髪の結んだところは白にして――」
「金髪で良い」
「え? でもさっき嫌って……」
「金髪で良い」
ササレ――金髪決定。
後日
「おぉー! 似合ってるじゃないッスかー!」
普段の黒髪から一転、カコの神力によって金髪となったササレ。
「チッ。ウチの神使共に嫌と言うほど笑われたわ」
「でも似合ってるって言われたんスよね?」
「……まあな。で? カコはどうしたんだ」
「嗚呼、カコ様は――」
そう言い視線を横に向けると、釣られてササレと寝転がっているイミナジもそちらに目をやる。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん! って奴です。どうでしょ。可愛い色を取り入れつつ、ココロ達にも合わせた見た目にしてみました!」
普段の黒髪少女の見た目から一転。左半分を桃色、右半分を紺色、黒色の触覚、ココロに合わせた黒色の犬耳を生やしたカコが立っていた。
「あ……あぁ、ハイ」
「カコ……貴様」
「ふぁぁ……」
「あれ、皆さんどうしました?」
ササレは思う。カコに色選びを任せなくて良かった、と。