63話 命の歌
「はぁ、良かった」
俺は安堵のため息をつく。
まぁ、全然安心出来ないというか問題は増えたんだが、一旦それらは置いておこう。
「それで、とりあえずその歌った曲を聞かせて欲しい」
「うん、分かった」
命は自身のスマホを操作し、ある音楽をかける。
非常に寂寥感のある恋の歌だ。
そのハーモニーは切なくも美しく、まるで心の奥にそっと触れるようだ。
3人の歌声が重なり合うたびに、恋の儚さや愛の深さが胸に染み渡る。
メロディは静かに流れながらも、聴く者の心を揺さぶり、思い出や感情を優しく呼び起こす。
率直に言って非常に完成された曲で、それにこの儚く消え入るようでありながらも聴く者の心に強い衝撃を与えるような歌声が上手くマッチしているように感じる。
…………命はこの曲を歌ったのか。
俺はしばらくその旋律に聞き入っていた。
曲が終わる頃には、胸の奥がじんわりと熱を帯びているのを感じる。
言葉にしがたい感情が渦巻いて、喉の奥でつかえていた。
「……すごいな」
ようやく絞り出せた言葉は、それだけだった。
命は少しだけ目を伏せる。
「そう……思う?」
「ああ。すごく、心に響いた、歌詞やメロディも凄いが…………特に歌声だ、まるで感情がそのまま音になったみたいだった」
「…………そっか」
正直、ここまで完成されたものを聴かされるとは思っていなかった。
こんな完成度の高いものの歌ってみたをあげたのだったら何だかその嫌がる人達の気持ちもわかるかもしれない。
命の歌が下手かどうかは分からないが、これを超えるのは容易な事では無いように感じる。
もし命の歌が下手なのにも関わらず動画が伸びてしまっているのであれば…………嫌がる人は居るかもしれない。
「命はこの曲を1人で歌ったのか? 出来れば聞かせて欲しい」
「んえ?」
「ん?」
「え、聞かせたよ?」
ん? 話が噛み合わないな。
俺はこの人達の曲じゃなくて、命が歌った歌を聞きたいんだが…………。
「いや、そうじゃなくて、命が歌った歌を…………」
「え、いや、だからそれを今聞かせたんだよ?」
「え?」
まずい、なんだか混乱してきた。
「……えっと、どういうことだ?」
頭が追いつかない。
今、俺が聞いたのは確かに完成された曲だった。
プロが歌っているような、そんなレベルのものだったはずだ。
しかも、3人グループなだけあって全員が違うタイプの声音を持っており、それが命が歌ったものでは無いということを如実に表しているように感じる。
「命、その……つまり、今流してたのって、元の曲じゃなくて……命が歌ったやつ?」
「うん、そうだよ?」
「……いやいや、だってあれには3人の声が…………」
冗談にしては妙に命の反応によどみがすぎる。
けれど、命は困ったように微笑んで、肩をすくめるだけだった。
「んー、じゃあちょっと聞いてよ」
命はそう言うと、その場でさっき聞いた歌をアカペラで歌い出した。
その声は先程聞いた歌と全く同じであり、パート分けごとに変わる声色が俺の頭を混乱させた。
「どう?」
「いや…………エグすぎんだろ、何今の!?」
俺は驚いて命に詰寄る。
「そんなに驚く?」
「いやいや、驚くだろ普通!」
声が裏返る。
「だってこれ、どう聞いてもプロの歌手が歌ってるレベルだったぞ? なんなら、CD出しててもおかしくないくらい……それが3人分も…………いや、え、本当に?」
「ほんとだよ、今ここで歌ったじゃん」
「いやまぁ、そうだけど…………」
今目の前で歌っていたのは間違いなく命であった。
それが命の歌が本当にあのレベルだということを証明している。
「…………マジかよ」
何かの間違いじゃないかとまだ疑ってしまう。
だが、命が嘘をつく理由もないし、あのレベルのものを目の前で見せられたんだ、信じるしかない。
「……命、お前、ヤバいな」
「え、何が?」
「その歌唱力だよ。こんなの、趣味で歌ってるレベルじゃないだろ」
「うーん……趣味、だけど?」
命は首をかしげる。だが、どう考えても「趣味」の域を超えている。
「じゃあ、命って昔から歌ってたのか?」
「うん、小さい頃からね。気づいたら歌うのが好きになってたし……なんか、歌ってると落ち着くんだよね」
「なるほど……」
俺は命が歌っているところを見たのは初めてだ、多分こんなことがあったから歌ったりなんかしなくなってしまったんだろう。
「……なあ、命」
「うん?」
「この曲の、元の歌を聞かせてくれないか?」
命は少し驚いたように瞬きをした。
「元の歌?」
「ああ。命が歌ったものじゃなくて、原曲の方を聞いてみたい」
今聞いた命の歌は、完璧すぎるほどの完成度だった。
だが、それが原曲とどう違うのかを確かめてみたかった。
「いいよ」
命はスマホを操作し、オリジナルの楽曲を流し始めた。
スピーカーから流れ出したのは、確かに命の歌と同じメロディの曲だった。
だが…………。
「……あれ?」
俺は思わず眉をひそめた。何かが、決定的に違う。
確かにプロのアーティストが歌っているだけあって、完成度は高い。
ボーカルの技術も申し分ないし、ハーモニーも綺麗にまとまっている。
けれど………なぜだろう。
命の歌を聞いた後だと、何か物足りなく感じてしまう。
感情の乗り方が違うのか、それとも響き方の問題なのか……とにかく、命が歌ったものとは、まるで別物のように思えた。
「どう?」
曲が終わると同時に、命が俺の顔を覗き込むように尋ねてきた。
「いや……すごい曲なのは間違いないけど……」
「けど?」
「命が歌った方が……なんていうか……響いてくる」
そう、単純に上手いとか下手とかじゃなくて、もっと本能的な部分で感じるものが違った。
命の歌には、まるで魂がこもっているようだった。
「……そっか」
命はどこか複雑そうな笑みを浮かべた。




