4話 志賀命
「いらっしゃいま…………って、なんだ綾瀬くんか早いね」
「あぁ、うん、ちょっとね」
バイト先のコンビニに入るとそのレジには1人の女の子が立っていた。
この子の名前は志賀命、俺の同僚だ。
彼女は少し長い前髪で目を隠し、更に丸メガネをかけることによってザ大人しい女の子といった感じの子である。
マスクも付けているのもあって素顔はよく見えないが、たまに外しているところを見るとかなり美形なのが伺える。
「…………え、なんの用?」
「あ、ごめん、なんでもないよ」
いけないいけない、つい無言で突っ立ってしまっていた。
俺は慌てて買いたい訳でもないのに商品を眺め始めた。
さて、もうお分かりだろう。
そう、俺は命と仲良くなりたいんだ。
命は俺が唯一話せる女の子だし、何よりちょっと可愛い。
それに、あっちだってあまり陽キャのような感じでも無さそうだし、他の女の子とかと話すよりは幾分かハードルが低い。
「志賀さん、これお願いします」
「またエナドリ…………」
「あはは、好きなんだよね」
「…………そ、そう」
俺は家にまだまだストックのあるエナドリをレジに持っていく。
少しでも命と話す機会が欲しいからである。
「袋要らないよね?」
「あ、うん」
それだけ確認すると、命はレジの画面を操作し、バーコードリーダーをこちらへ向ける。
俺がいつも電子決済アプリを使っている事を知っているための行動だ、なんだかちょっと嬉しい。
「えっと…………じゃ、じゃあ俺はそろそろ事務所に行ってるから」
「うん、お疲れ様」
「……お疲れ様」
そんな短い会話だけをし、俺はトボトボと事務所へと向かった。
はぁ、いつもこうだ。
この後はまだもう少し時間があるにもかかわらず命にもう一度話しかけに行く勇気などなく、そのまま交代の時間がやってきてしまう。
交代したあとも命はこっちに来たりする訳でもなくさっさと帰ってしまう為それ以上の会話が生まれるようなこともない。
はぁ、何ヶ月もずっとこうなんだ、この関係性がいきなり変わったりするという事は無いだろう。
俺は憂鬱に思いつつ、さっき1本飲んだのにも関わらずもう1本エナジードリンクを開け、バイトの時間が訪れるのを待った。
ここから交代までの時間、何も飲まないでずっと事務所でダラダラしているというのは流石にきついし、仕方の無い事だ。
別に欲に負けて飲みたいだけ飲んでいる訳では無いのだ。
…………その日の仕事はなんだかいつもよりも集中できた気がした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
さて、今日は待ちに待った休みの日だ。
本来ならゴロゴロしたりして怠惰の限りを尽くしたい所なんだが、今日はやることがある。
それは、昨日バイトが終わって学校へと行くまでの間の時間にサクッと作った銀行口座へ残ったお金を入れるという事だ。
昨日のこともあってもうあのサイトへの信頼度は一切無い。
どうせあの100円ずつ入金され続けているやつだって100日も経たないうちに入金されなくなるのだろう。
非常にムカつくが、自業自得だ。
バイト先や学校などには後日連絡を入れそちらの方の銀行の情報を渡せばいい。
やってしまったことはもう仕方が無いんだ、切り替えよう。
俺は朝ご飯に昨日出た廃棄のおにぎりを貪ってから家を発った。
やる事は早めにやっておく主義なのである。
やる事を残したまんまにしていたらダラダラしている時にその事が頭にチラついてしまって思う存分ダラダラできない。
そのため俺はやる事は早いうちに終わらせておくのだ。
新しい銀行のATMは今まで行っていたところよりも数分遠い位置にある。
なんて事ない距離ではあるけど、出来れば近いところの方が使い易いだろうということで前の銀行は使っていた。
まぁ、実際は俺の行動範囲といえば家、学校、バ先程度の物であり、その間にATMなんて何個でもあるためそこまで変わるものでもなかったのだが…………。
兎に角、変えたのだからもう仕方がない。
つい1週間前初雪を観測し、ここら辺の地域はかなり寒いが、それでも楽さを取って俺は自転車で移動する。
雪が降り始めれば自転車は使えなくなるため、交通の便がかなり悪くなる。
ただまぁ、学校もバ先も歩いて30分ほどで着くので問題は無い。
ATMのある場所までは自転車を走らせて五分ほどで到着した。
ATMにカードを差し込み、暗証番号を打ち込む。
そして、持っていた3万円を入金する。
あ、そうだよく考えたら月に一度の楽しみのラーメンをまだ食べていないじゃないか。
それを食べるためのお金をいくらかおろしておかなくては。
俺は出てきたカードを再度差し込み、3千円を引き出す。
その時、俺はふと残りの残高を見てみた。
3万円を入金して3千円出金したんだ、残っているのは2万7千円となるはずだ。
だが、そこに表示されていた金額に俺は目を丸くした。
27100円
ATMでの出入金は基本的には小銭の取引はできない。
そして、不自然に増えている百円。
「…………ま、まじかよ」
俺はかなりの時間そこで立ち尽くしてしまった。
癖です。