33話 おみくじ
「それで、どうしたんだよ」
「んー、何が?」
紫恵は不思議そうに首を傾げる。
「いやいや、何がって、なんで友達を置いて俺の所に来たんだよって」
「あー、それがね、彩斗くんを見つけたからみんなで追っかけようって言ったんだけどさ、気づいたらみんな後ろの方に行っちゃってて、私だけここに来ちゃったんだよね」
…………何となくわかった気がする。
俺は列の後ろの方を見た。
そこは中々に急な坂になっている。
この神社は山の上に立っており、ここに来るためには長く急な坂を歩いてこなければならない。
しかも、その地面は人々が何度も歩いたことにより凍ってしまっていて、一応ちゃんと砂が撒かれているにも関わらずかなりツルツルと滑ってしまうのだ。
なので、歩く道の端っこには一定間隔に鉄の杭のようなものが突き刺さっており、そこの間にロープが繋がれ、そこを伝って歩く事ができるようにしているのである。
真ん中だけ見事に歩かれていないその様子はまるで神様の通り道かのようである。
恐らく、紫恵の友達は普通にそこを使って登ってきたのだろう。
しかし、恐らく紫恵はそこを………走ってきたのだろう。
よく見ると紫恵の体からは少し湯気が出ている。
これこそ冬に運動した時に起こる現象である。
「……はぁ、そうか、走ったのか」
俺は呆れながらそうつぶやく。
まったく、冬の坂を走るバカがどこにいるんだか…………。
「う、だって、彩斗くん呼んでも全然気づかないんだもん!」
「え、ほんと?」
あぁ、多分どうせ俺の名前が呼ばれるわけもないと思っていたから聴き逃したのだろう。
それはなんというか……俺が悪いかもな。
「まぁ、分かった、それについては謝るけど…………あんま危ない事はするなよな」
「……え、もしかして心配してくれてるの〜? うりうり〜」
「あー、うー、根浜さん嫌いっ」
「ええっ!? ひ、酷いっ! あ、てか呼び方元に戻ってるし……」
「あ、ほら、友達たち来たよ」
俺達が雑談をしていると、紫恵の友達たちもお参りを終わらせたのかこちらに来ていた。
「もー、紫恵早いって、何あの速度!」
「うん、彩斗くん見つけた瞬間早かったよねー」
「あぅ、ごめんごめん、みんなも着いてきてると思ってさー」
「いやいや、あの速度で走られて着いて行けるわけ無いでしょ! 流石に危ないって…………」
「あぅあぅ、ご、ごめん」
「まぁまぁ、紫恵が無事だったからいいけどさ」
「うん、マジで転ばなくてよかったよね」
「ほんとそれ。絶対一回くらい滑ってコケると思ったもん」
紫恵の友達たちは、呆れつつもどこか安心したように彼女を囲んでいた。
俺はそんな様子を横で見ながら、自然と口元が緩むのを感じる。
「いやー、それにしてもやっぱ愛の力なのかな!?」
「え」
「うん、いくら彩斗くんが好きだからってあの速度が出せるなんてね」
「え」
「…………みんな、あんま変な事言わないでねー」
紫恵は物凄い覇気を出しながら友達に迫った。
ってか、さっきあの紫恵の友達、紫恵が俺の事好きだって言ってなかったか…………?
ちょっと変な方向へ進む思考を正すために俺は首を横に振る。
いけないいけない、そうだ、陽キャたちの間では好きって言葉は何よりも軽い言葉なんだった、危ない、勘違いしてしまうところだった。
「大丈夫だ、根浜さん、勘違いはしてないからな」
「ん? え、どういうこと?」
「…………根浜さんは何も気にしなくていいってこと」
「あちゃー」
「どんまい、紫恵」
「彩斗くんサイテー」
「え、あ、え?」
女子達からのいきなりの暴言に俺は困惑していると、紫恵の友達たちはくすくすと笑いながら俺を見ていた。
どうやら完全にからかわれているらしい。
「もうみんなからかわないでよ! そ、そうだ、おみくじ引こうよ!」
「おみくじ?」
紫恵が手を叩いて提案すると、周りの友達たちも賛同する。
「彩斗くんはどうする?」
「んー……まぁ、せっかくだし引いてみるか」
そうして俺たちはおみくじ売り場の方へ向かった。
社務所の横にある小さな屋台のようなところで、おみくじの箱がいくつも並んでいる。
普通のおみくじのほかに、恋愛運特化のものや、仕事運のもの、果ては動物占い付きのものまで、やたらと種類が豊富だった。
「わぁ、どれにしようかな〜」
「私はやっぱり恋愛おみくじ!」
「えー、私は普通のにするかな」
女子たちはそれぞれ好きなおみくじを選びながら盛り上がっている。
一方、俺はシンプルに普通のおみくじを選んだ。
「じゃ、せーので開ける?」
「せーの!」
みんなが一斉におみくじを開く。
俺の視線が紙に落ちる。
『小吉』
「うーん、まぁ悪くはないな……」
俺が微妙な顔をしていると、隣の紫恵がぴょんと覗き込んできた。
「彩斗くん、何だった?」
「小吉」
「おぉ〜、微妙!」
「紫恵は?」
「えっとね……じゃーん! 『大吉』!」
紫恵は嬉しそうにおみくじを見せてくる。
なるほど、これは素直に羨ましい。
「おー、すごいな」
「でしょでしょ〜!」
紫恵が得意げに胸を張る。
まったく子供っぽいというか、素直というか……。
「新年早々縁起がいいな」
「ふふん、これは今年もいい年になりそう!」
紫恵がそんなことを言っていると、友達の一人がくすっと笑いながら言った。
「ねぇねぇ、恋愛運もちゃんと読んでみたら?」
「えっ、恋愛運?」
紫恵が手元のおみくじを確認すると、何やら真剣な顔になった。
そして次の瞬間、彼女の顔がほんのり赤く染まる。
「なんて書いてあったんだ?」
俺が興味本位で尋ねると、紫恵は慌てておみくじを丸めて隠した。
「な、なんでもない! これは秘密!」
え、なんか気になるんだけど……。
「おーい、そんなに焦るってことは、なんかいいこと書いてあったんじゃないの?」
「そ、そんなことないってば!」
紫恵が真っ赤になりながら必死に否定する。
その様子を見て、俺はますます気になってしまうのだった。




