32話 年越しと
夜の街を俺は走った。
車の数もいつもよりも少ないのにも関わらず、家の電気はいつも以上に点いており、人もチラチラと見える。
毎年訪れる少し異様な光景だ。
神社へ行くには何個もの信号機を突破しなければならない。
それに全部引っかかってしまえば歩いていくのとさほど変わらないほど時間がかかってしまう。
俺はせめて数回しか引っかからないよう祈った。
少し経って異変に気がついた。
…………信号機がずっと青なのである。
2、3個だったら特に何も思わないが、5個を過ぎたところから流石におかしいと思い出した。
結局、神社に着くまでに信号機に引っかかることはなく、だいたい10分程度で着くことが出来た。
「…………『幸運の恵み』やべぇ……」
もうここまで来ると確実にこれのおかげである。
もうこれ、本当に1割しか上がっていないのか?
確実に倍以上になっていると思うんだが…………。
まぁ、良くなっている分に文句は無い、むしろ感謝を伝えたいくらいだ。
神社に着いた俺はとりあえず初詣のために人々が並んでいる列に他の人同様並んだ。
神様の御前なのだし、こういう所で抜かしたりするというのは罰当たりだしそもそも人としてどうかと思うので、こういうのはしっかりとした方がいい。
「はい、甘酒どうぞ〜」
「あ、ありがとうございます」
俺は寒いのに巫女服を着て甘酒を配っている巫女さんから甘酒を受け取る。
熱さを少し我慢してずずっと1口頂くとなんとも言えないほんのりとした甘さが口いっぱいに広がり、また、体が温まっていくのを感じる。
甘酒も飲み物だからか『潤いの恵み 』が作用してかいつも以上に体が温まるような気がする。
毎年こうやって神社に来るのはこの為でもあるのだ。
それに何より巫女さんが可愛い。
その服装に似合った黒のロングヘアーの女性が俺が小さい頃から甘酒を配っている。
小さい頃と比べたら少し歳を重ねたように感じるが、なんと言うか大人の魅力が出た感じがして非常に良い。
そんなことを考えながら列に並んでいると、周りがなんだかガヤガヤと騒ぎ出した。
俺はスマホを取りだして時間を見る。
そこには23:59と表示されている。
…………あぁ、もう年明けか。
今年もなんだかんだ言って孤独に過ごすと思っていた。
だが、最後の最後に、ちょっとだけ、人の温もりを感じられた。
それは時に強引で、ちょっと嫌な事もあったけれど、なんだかとっても楽しかった。
「来年は………1人じゃなきゃいいな」
俺はそうなんとなく呟いた。
その時、俺の背中がツンツンとつつかれる。
辺りでは年越しのカウントダウンがされている中、どうしたのかと不思議に思いながら振り向いた。
そこに居たのは…………紫恵だった。
周りの人達は年越しの瞬間を盛大に祝っている。
雑音の中、俺と紫恵だけが二人、沈黙を貫いている。
周りの音に揉み消されながらも懸命に光という形で存在を表そうとする火が紫恵のその顔を照らす。
「…………あけましておめでとう、だね」
紫恵はゆっくりと微笑みながらそう呟いた。
俺は驚きのあまり声を失ってしまった。
「おーい、どうしたの?」
「あぁ、いや、あけましておめでとう」
「うん、今年もよろしくね!」
「…………あぁ、よろしく」
こんな風に言葉を交わしあったのはいつぶりだろうか…………いや、もしかしたらそんなことをしたことは無かったかもしれない。
少なくとも、こんな経験は俺の記憶上初めてだ。
「いやぁ、それにしても……偶然だね」
「あぁ、本当にそうだな……」
ここら辺に神社は2箇所ほどあるし、それが被った上、これ程までに長い列で同じところに並ぶなど物凄い確率だろう。
確率……もしかして『幸運の恵み』によるものなのか?
いや、まぁ、それが俺にとって幸運なのかと言えば微妙かもしれないが、とにかくそれの可能性も考えていいだろう。
「あ、もうそろそろ私達の番だよ」
紫恵がお賽銭箱を指差す。
さっきまで物凄い長さがあったのにもう着いたのか。
後ろを振り返ってみると、最初に俺が居た時と同じ
位の長さの列が出来上がっている。
ここら辺の人たちがこぞって来ているのだろう。
「あ、そういえば、紫恵は友達と来たりはしないのか?」
「ん? あぁ、ほら、後ろに居るよ」
「え!?」
びっくりして紫恵の後ろの人を見るも、知らないおばさんだった。
え、あれが友達……?
「あぁ、違う違う、もっと後ろ!」
紫恵が少し列の後ろの方を指さすと、クリスマスの時にあった女子達がこちらに気づき手を振っていた。
「え、いやなんであんな後ろに………?」
「いいからいいから! ほら、私達の番だよ!」
紫恵は俺を連れて賽銭箱の前までゆっくりと歩いていく。
……色々聞きたいことはあるが、先はこっちだな。
俺は財布を取り出し、少し悩んでから五円玉を取り出した。
五円には「ご縁がある」という縁起の良い意味があるらしいが、別にそこまで深く考えているわけではない。
紫恵も同じようにお賽銭を用意し、俺たちは並んで賽銭箱の前に立った。
二礼二拍手……それから、俺は静かにもう一礼した。