28話 夜道でばったりと
「それって不味くないですか?」
思わず口に出してしまった俺に、命は小さく首を傾げた。
「なにが?」
「いや、ほら……夜だし、男が女の子の家に行くって、その……なんかさ」
「……あー、そういう?」
命は、少し考えるように視線を上げ、それからふっと肩をすくめた。
「別に気にしないけど?」
「俺が気にするんだよ!」
俺が言うと、命はくすくすと笑う。
「ま、別に綾瀬くんが嫌なら無理には誘わないよ。ただ、この量を持って帰るのは流石に大変かなーって思っただけ」
命はそう言いながら、ずっしりと重そうな袋を本当に辛そうに持ち上げる。
確かに、あの量は一人じゃ無理だろう。
「……んー、じゃあ途中まで持つよ、ある程度まで行ったら教えてよ、そこでバトンタッチしよう」
「え、いいの?」
「流石に最後までは無理だけど、少しは楽になるだろ?」
「…………ありがと、助かる」
命はお礼を言うと、俺に袋を一つ渡してくる。
俺はそれを受け取り、肩に担ぎ、その瞬間に『ウェイトポーチ』を使用した。
持った瞬間はかなりの重さがあったが、使った瞬間にその重さはかなり軽減され、何とか持って行けるレベルになった。
「じゃ、行くか」
「…………大丈夫?」
「ん? あぁ、普通に持てるけど」
「へぇ、意外と力あるんだね」
「意外とってなんだよ」
俺はツッコミを入れながら自分の荷物を一緒に持ち、事務所の扉の所へと向かう。
命も自分の鞄を持って着いてくる。
「いや、まさか本当に全部持てるなんて思ってなかったからさ、綾瀬くん自分の荷物もあるし、それにそんなに力あるように見えないから…………」
「……まぁ、確かに」
実際は『ウェイトポーチ』を使っている為命が思っている重さの半分ほどしか重くないのだが、俺が超能力を持っているなんて知らない人間からしたらヒョロいヤツがいきなり重たいものを軽々持ち上げたように見えるよな。
ただ、超能力を持っているということはバレないようにしたいため、何とかはぐらかして俺たちはコンビニを出た。
夜の街は静かで、灯りはぽつぽつと残っている深夜も営業をしている店とカーテンから漏れ出る光、そして電灯だけだった。
「そういえば、命んちってどの辺なんだ?」
「駅の近くだよ、ここからだと徒歩10分くらい」
「へぇ、意外と近いんだね」
「そりゃね。遠かったらこんなに廃棄持って帰らないよ」
「まあ、そりゃそうか」
会話を交わしながら歩いていると、命がふと俺を見上げた。
「ねえ、綾瀬くん」
「ん?」
「今日は……なんか楽しかったね」
「……そうか?」
「うん、普段、こんなに話さないじゃん?」
「まあ、それはそうだけど」
「たまにはこういうのもいいかもね」
命はふわっと笑う。
その笑顔が、なぜかやけに眩しく見えて、俺は視線を逸らした。
「……そう、だな」
照れくさくてそっけなく答えた俺に、命は「ふふ」と小さく笑っていた。
たまにではなくもっと話したいだとか、もっと会話を続けられるような返答もあっただろうになぜ俺はもっと気の利いた返答をできないのだろうか。
こんな時にはつくづくそう思う。
夜道を雑談を交えながら歩いていると、ふと、前方からこちらへ歩いてくる人影に気づいた。
静まり返った夜の街に、コツコツと一定のリズムで響く靴音。
その音は徐々に近づいてきて、やがて街灯の下で姿をはっきりと現した。
「……紫恵?」
「…………え、彩斗くん?」
そこにいたのは、紫恵だった。
夜の冷たい空気の中、薄手のコートを羽織り、スカートの中から生脚がちらりと顔を出している。
紫恵はその派手な髪をさらりと揺らしながら、じっとこちらを見つめてきた。
「えっと…………バイト帰り…………だよね?」
「え、あぁ、うん」
「その子は…………」
「あぁ、バイトの同僚だよ」
「…………そうなんだ」
ばったり出会った紫恵はなんだか少し不安そうな顔をしていた。
夜道だからだろうか?
「そういう紫恵はどうしたんだ? というかこんな夜に女の子が1人は危ないんじゃ…………」
「あぁ、買い出しだよ買い出し、ゲームに負けちゃってさ」
「ゲーム?」
「そう、昼に集まってた子達の中でまだ残ってた子達とカラオケの点数で勝負してさ…………頑張ったんだけど負けちゃったんだよね」
紫恵はため息をつきながら、手に持っていた小さなレジ袋を軽く揺らしてみせる。
「そんなことで夜中に外出るなよ。危ないだろ」
「大丈夫だって、家すぐそこだし」
「すぐそこでも、何があるかわからないだろ」
俺が少し強めに言うと、紫恵は「むー」と口を尖らせた。
「彩斗くん、過保護だよ。心配性すぎ」
「いや、普通の反応だと思うけどな」
「うん、正論ではあるけど」
そういうと紫恵は命の方に視線をやった。
「あー…………けど、ちょっと邪魔しちゃったかな?」
「え? 何が?」
「ううん、なんでも無い、じゃ私は行くから!」
「あっ、ちょ!」
そう言って紫恵は走り去って行った。




