13話 根浜紫恵
真坂先生の素性はともかく、彼(?)のおかげで助かった。
ギャルに絡まれるというのは永遠と続く地獄へと落とされるというのと同じなのである。
「はい、みんな席ついてねー」
男とは思えないようなロリボで真坂先生はみんなを席につかせる。
クラスのみんなもこの学校は夜間高校にしては偏差値が高い所なので先生の言うことをちゃんと聞く。
先程まではざわついていた教室も先生が来てから次第に静寂を取り戻しつつあった。
「あちゃ、もう先生来ちゃったか……」
彼女は心底残念そうな様子を見せる。
あぁ、うん、俺もとっても残念だ、本当はもっと話したかったんだけどなー、うんうん。
ただ、ホームルームが始まってしまうならしょうがないさ、さぁ早く前を向くんだ!
俺が必死にそんな事を考えていることを察したのか、彼女は俺の机に置いていた腕を持ち上げた。
「あ、それで私の名前なんだけど……ちょっと手貸してくれる?」
「え、あ」
拒否権は無いらしく、俺の手は勝手に掴まれる。
そして、ペンで何かを書かれる。
「私は根浜紫恵って言うんだ、覚えておいてね!」
「う、うん」
ギャ、ギャル恐るべし!
いきなり手を触ってくるなんて、そんなの反則ですよ!?
そのせいで紫恵が前を向いたあとも俺の心臓はバクバクと高鳴り続けている。
そのせいでホームルーム中、真坂先生が何を言っていたのか、全然記憶に残らなくなってしまった。
それに、その後の授業中もそうである。
板書を取ろうとする度に手の甲に書かれている根浜紫恵という文字が常に視界に入り続け、集中力が奪われ続ける。
気がつけば、時計の針は21時30分を指していた。
授業が終わる頃には、いつも校舎の外は静まり返っている。
うちの夜間高校の授業は21時30分までなので、俺たちはこれから帰宅するのである。
「はい、今日はこれで終わり。気をつけて帰るんだよー」
真坂先生の軽い口調でホームルームが締めくくられ、生徒たちは各々の帰り支度を始めた。
教室の中も少しずつざわめき始めるが、初めのホームルーム程の賑やかさは無い。むしろ、静かな疲労感が全体に漂っている。
俺も鞄を持って立ち上がり、教室を出ようとしたその時……。
「彩斗くーん」
根浜紫恵が俺の名前を呼んだ。
ああ、まさかまた話しかけてくるとは……。
心の準備がまだできていない俺は、ぎこちない笑顔を浮かべながら振り向いた。
「ね、今から暇?」
「え、いや……その……」
「ちょっとだけ付き合ってくれないかな、ちょっと君に興味が湧いてさ、そこのコンビニ行こうよ、お菓子とか買いに行きたいな」
「え、いや…………」
正直断りたい。
人生を変えたいとは思ったし決意もしたが、いきなりでこのハードルは高すぎる。
友達も一人もいないのに、いきなり関わりを持つのがギャルというのは普通にキツすぎる。
それに、普通に考えてもう夜だし、俺たちくらいの年齢の未成年の学生がダラダラと外に出ているのは危険だ。
よって、俺たちは外で遊ぶべきでは無い!
「っと言うことで、帰ります」
「え? どういうこと?」
「そこに、家があるので」
「え、や、意味わかんないんだけど」
「それじゃっ!」
「あ…………」
俺は引き止める紫恵を振り切って教室の外に飛び出した。
体力も身体能力もミジンコみたいなレベルしかない俺は早く走ることは諦め、できるだけ速い早歩きで校舎内を駆け抜けていく。
校舎を出た瞬間、夜の冷たい空気が顔を撫でた。
静けさが辺りに広がっている。
街灯が申し訳程度に点々と並ぶ道を、俺はひたすらに足を動かし続けた。
「はぁ、はぁ……あっぶねぇ……ギャル怖すぎだろ……」
自分でも情けないとは思うが、今日は限界だった。
そもそも俺には人付き合いのスキルなんて存在しない。
なのにあんなにも距離感ゼロでグイグイ来られると、どう対処していいかなんて全くわからない。
「でも……」
俺は手の甲を眺める
そこにはまだしっかりと残っている『根浜紫恵』の文字。
不思議と、その文字は帰り道の薄暗い街灯の下でもやけに目立って見えた。
「……はぁ」
俺は大きくため息を吐く。
ギャルは怖い、けど、確かに俺は人生を変える、そう決意したんだ、ここは少し頑張るべきところだったんじゃないか?
そう思うと、なんだか惨めでしょうがなかった。
「……ダメだ、次は……次は、もう少しちゃんと向き合おう……」
独り言みたいに呟いて、俺はとぼとぼと家への道を歩き続けた。
そんな俺に夜風がまた吹きつける。
北海道のこの時期の夜風はもうかなりの冷たさを持っている。
この夜風に当たり続けていれば風邪でも引いてしまいそうだ。
「…………早く帰ろ」
俺は帰る足を速めた。
そう、これは言わば敗走である。
俺はギャルという強敵にろくに立ち向かうこともせず無様に逃げ帰ろうとする男だ、情けない。
そんな俺を責め立てるように風がさらに強く吹く。
…………コミュニケーションに使える超能力か何かが手に入ってくれれば楽なんだけどなぁ。
イメージは学○スのあの子。




