128話 落ちる
びっくりする、というのは恐らくこの夢の中でもびっくりする事はあるかもしれない。
夢の中でびっくりするものを見たせいで現実で起きてしまうなんて事も度々ある訳だし、とんでもない悪夢でも見せれば起きる事もできるだろう。
ただ、問題なのは、俺が夢を操作できるせいでもしかしたら悪夢を見せてもそれを『ドリーマー』の力を使って無意識に回避してしまうかもしれないということだ。
ここは夢なので攻撃などを背中からされても俺自身は痛くも痒くもない、あくまで知覚できる範囲で起こったことしか分からないのだ。
だからびっくりするようなものや怖いものが後ろから迫ってきたりしても怖さが半減してしまう。
それに、自分でびっくりするようなものを作ったとしても何が起こるのか分かってしまう訳でそこも難しいポイントだ。
さて、どうやってびっくりしようか。
自分でお化け屋敷のようなものを作った所でそこまでびっくりはしないだろう。
それに俺の想像力にも自信が無い。
この前地獄を作った時もなんというかあんまり怖くなかったし、お化け屋敷を作ったとしても結局全く怖くないものが出来てしまいそうだ。
そうなると、何が起こるか分かっていても怖いものを作るしかない。
…………そうだ、あれならいけるかもしれない。
俺は自分の学校を想像した。
4階建てだが、ひとつの階が高い事もあり普通の建物よりも一回り大きく見える建物だ。
俺はその屋上へと転移する。
入学してまもない頃、教室の位置を教えたりするという名目で1年生全員でおこなった構内見学の時に1度入ったっきり一度も来たことの無い場所だ。
その為かなんというかところどころハリボテ感のある場所だ。
俺がなぜこんな場所にいるのかと言うと、少し前に学校で起こった事件の事を思い出したからだ。
女子生徒の飛び降り自殺
この学校では度々起こっている事件だ。
定時制の学校で学費もかなり安く、その上そこまで学力もいらないため、多少問題のある生徒も多く入学して来ている。
この事件で自殺した生徒は中学生の頃から売春などをしてお金を稼いでいたらしいのだが、それのせいで悪質なストーカーに狙われ、それが苦になり自殺してしまったらしい。
まぁ、そのストーカーというのもかなり怖いが、俺が目をつけたのは飛び降り自殺というところだ。
激しいストレスを感じていたり、本当に自殺願望を持っている人なら分からないが自殺する夢というのはそうそう見たりするものでは無い。
しかし、落ちる夢というのはたまに見たりする。
飛び降りというのは一度落ちてしまえば止められない。
それに落ちるという事はどういう結果が待っているのか分かっていたとしても怖いものだ。
スカイダイビングやバンジージャンプが罰ゲームになっているところからもそれは明らかだ。
よく色んな作品でも使われている無理な体勢で寝ている時に落ちるような感覚がして起きてしまうというなんたら現象みたいなものもある訳だし、飛び降り自殺の夢をみればそんな感じで起きられるかもしれない。
俺は屋上のフェンスの前に立ち、ゆっくりと下を覗き込んだ。
思った通り、高い。
夜の学校であり街灯の光は届かず、下はまるで奈落のように黒く沈んでいた。
普通はもっと明るいはずだが、恐怖感を増やすためにわざと暗くしている。
「……やるしかないか」
俺は深呼吸をひとつして、『ドリーマー』の力を抑え込むようなイメージを浮かべた。
できるだけ現実に近づけるため、自分の力に頼らないようにする為だ。
風が強くなった。
コンクリの床が足元で冷たく感じる。
……靴を履いてるはずなんだが、冷たそうと思えば冷たく感じるのだ。
風が吹く度に体が少し揺れる。
これは、夢でも……少し、怖い。
「…………いくぞ」
足をフェンスにかけ、身を乗り出す。
そして、踏み出す。
ふわり、と世界が傾いた。
身体が、空を切る。
落ちていく。
風圧が耳を打つ。
地面が一気に近づいてくる。
「っ!」
地面が目前に迫った瞬間、ヒュンッと背筋が凍るような感覚に陥った。
自分の夢であり、これも想像なはずなのに、体が、現実の体がビクッと動いたような感覚だ。
目を開ける。
夢の中だと言うのに気がついたら目を閉じてたようだ。
今立っているのはまたさっきと同じ屋上だ。
「…………失敗、か」
かなり怖かったが、それでも無理なのか。
もう一度やろうと思うが、足を踏み出そうとした瞬間に何か透明な壁のような物に足がぶつかる。
…………そうか、無意識にやらないようにしているのか。
危惧していたことだ。
落ちるという事なら止めようにも止められないとは思っていたが、その落ちるという行動まで止められてしまうのか。
普通の夢ならありえないが、『ドリーマー』の影響下にあるこの夢ではそんな事も起きてしまうのだ。
「…………ほかのことを考えなきゃ、か」
かなり怖かったのもあって色々と気力が削がれてしまった。
うん、少し回復しよう。
俺は風景を自分の家に変え、ベッドに寝転がった。
……どうしよう。




