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♯9 カルロ・ヴァンという人物


 カメリアと別れたイスカは、リブロに会うためにその足で生徒会室へ向かっていた。

 もちろんカフェテリアで用意して貰った差し入れも忘れない。

 今日の差し入れはレモンパイだ。

 さきほどカメリアからカルロ・ヴァンの情報を聞いた際にレモンパイが出て来て、今日のカフェテリアのメニューにもあってちょうど良いなと思ったからである。


「……あ、イスカさん、こんにちは」


 そうして歩いていると、その途中で学生から声を掛けられた。

 褐色肌にさらさらした銀髪というトルトニス人らしい容姿をした人物だ。

 彼が噂のカルロ・ヴァンである。妙なところで会ったものだ。


(まぁ、わざとかな。今まであまり接点がなかったし)


 挨拶自体は特におかしな事ではないけれど、彼とはすれ違った時に軽く会釈をするくらいの関係だ。

 名前を呼ばれたのもほとんど記憶にない。

 そんな事を考えながらイスカも挨拶を返す。


「こんにちは、カルロさん。私に何かご用ですか?」

「その、謝罪をしなければと思って」

「謝罪ですか」

「ええ。昨日は……その、流れている噂を真に受けて、軽率な発言をしてしまったせいでご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「いえいえ、お気になさらず。ご友人を想っての事だったのでしょうから」


 申し訳なさそうな顔で謝るカルロに、イスカもとりあえずそう言った。


(なるほど、そういう形にしたのか)


 下手に白を切っても怪しまれるだけど思ったのかもしれない。

 ふむ、と思いながらイスカが相手の出方を待っていると、彼はにこっと笑った。


「ありがとう。あなたは優しいのですね」

「いえ別に特に優しいわけではありませんよ」


 そこはきっちり否定しておく。

 イスカの言葉は単純に社交辞令だ。優しいという評価を受けるものではない。

 そうしていると、フフ、とカルロは微笑む。

 そのまま彼はイスカの方へ近づいて、空いていた左手を両手で握って来る。そして少し照れながら、ふわりと微笑む。

 その時、一瞬、目の色が変化した気がした。


「いいえ、優しいです。……とても素敵な方ですね」


 それを見てイスカは、ぞわわ、と悪寒を感じた。

 初めて感じる感覚である。

 なるほど、と思いながらイスカは握られている自分の手を見た。


(リブロ様の気持ちが分かった気がする)


 これが別にクルツやリブロの兄達であれば、たぶん何も感じないだろう。

 しかし得体の知れない相手からこういう事をされるのは、なかなか気分の良いものではない。


(また一つ学びを得た)


 そう思いながらイスカはひょいと手を振り払おうとした時、


「な、何をなさっておいでですの、イスカ様!?」


 とアンジェリカの大きな声が響いた。

 おや、と思ってそちらを向くと、頬に両手を当てたアンジェリカが、信じられないものを見たという顔をしている。

 何だろうかと思っていると、その声を聞きつけて生徒達も集まって来る。

 その中にはリブロもいた。


「こんな、こんな人目があるところで婚約者ではない方と愛を囁やきあっているだなんて……!」

「いえまったく違いますが」

「だって今も親し気に見つめ合っていたではありませんか! 不誠実ですわ!」

「私が凝視していたのは手ですね」


 事実を淡々と返すイスカだが、アンジェリカは聞いてくれない。


(演技かな?)


 一瞬そう思ったが、どうも彼女は本気でそう思っている様子である。

 先日のすれ違う会話から察するに、思い込みが激しい部分があるのかもしれない。

 うーん、と思っているとアンジェリカは「リブロ様!」とリブロの方を振り返った。


「どう思います、この状況!」

「うん、不快だね」


 リブロはそう即答すると、イスカ達のところへ靴音を立てて近づいて来る。

 表情は笑顔だが、とても不機嫌そうだ。


「この顔も良い……」


 そんな呟きをしている間にリブロはイスカの目の前まで来た。

 そしてイスカの手を握っているカルロの手を、ひょいと引き離す。


「ダメだよ。イスカは私の婚約者なのだから、そういう事はやめてもらえるかな?」

「あ、これは失礼しました。つい感情が高ぶってしまって……」


 リブロに言われてカルロはそう謝罪した。

 あまり動揺している様子もない。これも計算の内かもしれないなと思っていると、リブロは次にイスカの方を見た。


「イスカもだよ。イスカなら直ぐに振り払えたでしょう?」

「あっ拗ねてる、ご褒美」

「イスカ」


 欲望に素直でいたら、こら、と軽く叱るように言われてしまった。

 確かにそういう状況ではなかったかもしれない。


「失礼しました。その、ちょっとリブロ様の気持ちが分かったので、しみじみとしておりました」

「私の気持ち?」

「リブロ様以外と密着したくないというアレです」

「…………!」


 イスカがそう返すとリブロはポッと頬を赤らめた。

 

「そ、そっか……そう思ってくれて嬉しいな……」


 とたんに機嫌が直ったようで、リブロはにこにこ笑顔になる。

 そしてイスカの手を握ると、


「それじゃあ、生徒会室に行こうか」


 なんてウキウキした様子で、イスカの手を引いて歩き出した。

 この騒ぎはこのままで良いのだろうか。

 そう思ってアンジェリカの方を見ると、


「リブロ様、心が広いですわ……!」


 なんて感動していた。あの子もそれで良いのだろうか。

 そしてカルロは、


「…………」


 目が合うと、にこりと微笑んで軽く手を振られた。

 やはりあまり動揺していないようだ。

 

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