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♯7 そういう奇跡は起こらない


 夜会の後、イスカはリブロ、それからアンジェリカと共に別室へ呼ばれた。

 騒動の事情聴取のためだ。その場には二人以外に王太子のラグナと数人の騎士が待機している。

 なかなか物々しい雰囲気である。


「――で、宣誓神への誓いについて、詳しい話を聞かせて貰おうか?」


 ラグナは若干疲れた顔をしながらそう口火を切った。

 色々と言いたい事もあるだろうが、とにかくまずはそこが重要だと判断したようだ。


「私の理由は先ほど伝えた通りだよ、兄上。イスカ以外と密着して、彼女に誤解をさせたくなかったんだ」

「いや、イスカちゃんはたぶん何も誤解しないんじゃないかな……。というかリブロ、お前は王族だろう。他国からの賓客があった時はどうするつもりなんだ?」


 ラグナはそう問いかける。

 イスカがいつも言っているが、リブロはとても顔が整っている。中性的で儚げな容姿だ。

 他国からは『月の君』なんて呼ばれているらしい。

 そしてそんな彼に対して、他国から賓客をもてなすパーティーでダンスを踊りたいという申し出はそこそこある。

 単純な憧れが半分、あわよくばという思惑が半分。

 もっとも他国から外交を任される人物だ。下手な騒動を起こす事はないだけマシだが。


(内側が騒動を起こしちゃうとな)


 その対応次第では、なら自分達も良いだろうと行動を起しかねないのだ。

 今日の夜会にも他国からの留学生が数人参加していたはずだ。よくないな、とイスカも思う。

 第二王子のファロが参加者に口止めをしていたが――それでも漏れるのが人の口だ。


「その辺りは今まで通り上手く断るよ。イスカ以外と踊る気はありませんと正直に伝えてね」

「なら今日はどうして宣誓の事をバラしたの」

「いい加減鬱陶しくて……」


 憂い顔を浮かべてリブロは言う。

 もう少し取り繕うかなと思っていたが、それも止めたらしい。

 とりあえず少しフォローするかと思いイスカは口を開く。


「ですが殿下、リブロ様も今までとても我慢なさってらっしゃいましたよ。魔術セメントで口を固める、と言うだけで済ましていましたから」

「理性が働いていたようで何よりだよ……。でもこいつ、絶対にそれしたらイスカちゃんと婚約が解消になるからって理由だけそうしていると思うよ」

「兄上も私の事をよく分かってくれていて嬉しいな」

「いい笑顔を浮かべるな」


 にこっと微笑むリブロに、ラグナは何度目かと言うため息を吐いた。

 それから彼はアンジェリカの方へ顔を向ける。


「それで君はどうして、リブロ以外の男性とダンスをしない、なんて誓いをしちゃったの」

「私はリブロ様をお慕いしておりますの。だから誠意を見せたいと思いましたのよ」

「誠意ねぇ……」

「不誠実なのはいけないと思いますの!」


 するとアンジェリカは胸を張ってそう答えた。


「……いや、あのね。お慕いするのはまぁいいよ? 心の中で誰を想っていようがそれは自由だからね。だけどリブロはイスカちゃんと婚約をしているんだから、君とどうこうなる可能性は万に一つもないよ?」

「殿下、世の中には奇跡というものもありますの」

「これに関しては奇跡なんて起こらないんだよな……」


 だんだんラグナの顔がげっそりしたものへ変わって来る。

 

 (……かわいそうに)

 

 当事者ではあるもののイスカはちょっと同情した。

 まぁクルツがこの場にいれば「イスカが言うな」などとツッコミが入りそうだが。


「それにリブロ様はイスカさんと婚約を解消したいと思っているのだと伺いましたの。なのに誰も行動を起さない……だから、ならば私がと思ったのですわっ」

「うん、まったく、何一つ、そんな事は思っていないよ」

「リブロ様……ご無理なさらなくて大丈夫ですの」

「無理はしていないよ。何なら今、顔に笑顔を貼り付ける方がずっと大変だからね」

「リブロ様、おいたわしい……」


 フフ、と微笑むリブロ。手を口に当てて悲痛な顔を浮かべるアンジェリカ。

 見事なまでに話がすれ違っている。


「殿下。会話ってここまで嚙み合わない事があるんですね」

「俺はリブロと話しているとたまにそう思うよ」


 しみじみと感想を口にすれば、ラグナは遠い目になった。

 イスカは少し考えた後、


「アンジェリカさんは誰からその話を聞いたのですか?」


 と尋ねてみる。彼女は少し首を傾げて、


「私のお友達ですわ」

「お名前は?」

「カルロ・ヴァンと言いますの」

「カルロ・ヴァン……? トルトニスからの留学生か」


 その言葉にリブロとラグナの目が細くなる。

 トルトニスとはこの国ノービリスと海を挟んで南にある砂漠の国だ。

 褐色肌に銀髪という容姿が神秘的だと、学生達が話をしていたなとイスカは思い出す。

 特産品は香辛料や宝石。ノービリスとは古くから交流を続けている国である。

 カルロ・ヴァンはそこからやって来た留学生だ。

 学園はイスカ達と同い年で歓迎会で顔を合わせている。

 その後はパーティーや学校行事で話をした覚えはあるが……。


「今日の夜会にも参加していませんでしたか?」

「いたね。……そうか、なるほど。トルトニス絡みなら……」

「何かありましたか?」


 リブロが難しい顔になるので「あ、この顔も良い」なんて思いながら、イスカは彼に尋ねる。

 するとリブロは言い辛そうに、


「……前にね、トルトニスのアーリヤ姫と婚約をしてくれないか、という話があったんだ」


 と言った。

 その言葉にイスカは何となく事態を察した。

 仮定として、カルロ・ヴァンが今回の騒動の火種を撒いたのだとしたら、その理由がトルトニスの姫君になる。

 つまりリブロの婚約を解消させて、あちらの姫君と婚約させるきっかけを作りたかった――という感じだろう。


「ひとまずカルロ・ヴァンにも話を聞くか……何で普通の夜会でこんな事になってるの……」


 頭が痛いなぁなんて、ラグナがうんざりした声と顔でそう言ったのだった。


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