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♯6 そろそろ限界値


 アンジェリカの発言に会場の空気が一瞬で凍った。

 しかし彼女は自信満々に胸を張っている。


「何でそんな微妙にお揃いの誓いをしちゃったのかなぁっ!?」


 くわっと目を見開いてファロが頭を抱える。

 ラグナも右手で顔を覆っていた。

 ごくごく普通に開かれた夜会で、とんでもない発言が立て続けに出てくれば、こうなるのは仕方ないだろう。


(かわいそうに……)


 言葉に出したら不敬になりそうなので、イスカは心の中で同情をしておく。


「リブロ様が大好きだからですわ! でも、リブロ様も宣誓神へ誓っていて、それがよく似ているなんて……これは運命だと思いますの」

「ないよ。偶然だよ。そんな運命あったら困るよ」

「それに宣誓神への誓いは、似た内容であれば打ち消し合いが可能だと聞いておりますの。ですから私ならば安全ですわ」

「いや、何一つ安全じゃないんだけどね……。あ~……まぁ、確かに昔、そういう実験をした人がいたけどさぁ……」


 ハァ、とラグナがため息を吐いた。

 この短い時間の騒動にラグナとファロの顔には強い疲労が伺える。


(確かにそういう方法はあるとは聞いた事があるけれど)


 昔、自分の命を賭けて実験をした研究者夫婦がいたと聞いた事がある。

 ただ本当に『似た内容』というのが条件だ。


(リブロ様の誓いと、アンジェリカさんの誓いは、確かに打ち消し合いが可能な範囲……っぽい気はする)


 イスカ以外の女性とダンスをしないと誓うリブロ。

 リブロ以外の男性とダンスをしないと誓うアンジェリカ。

 たぶんこれは打ち消し合い可能な範囲だと思う。

 ただ思うだけで確実ではないし、もしも試して失敗した場合、消し炭になるのはリブロだけだ。

 なので試してみるなんて事はしないだろう。


 ――しかし。


(婚約を解消したい派が勢い付きそうかな)


 うーん、とイスカは思う。

 実際に誓いが打ち消し合いになるかどうかはともかくとして。

 その仮定で話をするならば、リブロがイスカ以外で唯一ダンスが出来そうな相手がアンジェリカで、アンジェリカもらまた同じだ。

 そうなると婚約を解消させたい派が、リブロとアンジェリカが『運命の相手』などと吹聴しかねない。

 まぁ彼らにとってアンジェリカやライト家が利用しやすいならだが。

 そもそも彼らがイスカとリブロの婚約を解消したい理由は、基本的には王族との繋がりを強くしたいからだ。なのでその条件が満たされれば協力し合うだろう。


 ――ただまぁそんな事をすればリブロや王族の心象がどうなるか……という事に対して想像力が乏しい事は否めないが。


「何か面倒になってきたな……今日頭の中でメモした人達全員の口をアレで……」


 そんな事を考えているとリブロがぶつぶつ呟いていた。

 目が若干据わっている。


(あ、これはよろしくないな)


 夜会が始まってからイスカへの嫌味を聞いてイライラしていたのが、アンジェリカの発言で限界値まで来ているらしい。

 爆発する前に何とかしないといけない。

 どうしようかなと少し考えて、イスカはリブロの手を取った。

 そして彼の前に騎士のように跪く。


「イスカ? どうしたの?」


 リブロが目を丸くしてイスカを見下ろす。

 そんな彼にイスカはにこりと微笑んで、


「リブロ様。どうか今宵、あなたとダンスをする栄誉を、このイスカ・ブルームにいただけないでしょうか?」


 と少々芝居がかった調子で言った。

 騎士が姫君に対してそうするイメージでやってみたが、キザ過ぎるだろうか。

 そう思いながら見上げていると、リブロの頬がポッと赤く染まった。


「……っ、そういう、そういう事を平気でするんだから……っ」

「ダメですか?」

「ダメじゃないです。踊ります!」


 リブロはそう言うと、イスカの手をぎゅっと握る。

 そしてぐいっと立ち上がりやすいように引っ張った。

 見た目によらず意外と力が強い。

 おわ、と思いながらイスカは立ち上がった。

 その勢いで若干ふらついていると、リブロに抱きとめられた。

 すると、きゃあ、と周りから華やいだ声が上がる。


「スマートッ、実にスマートな抱きとめ方ですわ、リブロ様! 良い……!」

「いいな……イスカさんも素敵……! 騎士様みたい、私も跪いてあれをされたいわ……!」

「分かる……何か学園でそういうイベントをやってくれないかしら……並んじゃうわ……」

「何なら私、二人の間を流れる空気になりたい……」


 一部から変な発言が聞こえた気もするが、好意的に思われているなら何よりである。

 全員が全員、イスカとリブロの婚約を解消したいと思っているのではない。

 彼女達みたいに微笑ましく思ってくれている者達もいるのだ。


(嫌な言葉を向けて来る相手より、彼女達みたいな言葉をくれる相手を大事にしたい)


 イスカの考え方はそれだ。だからイスカは傷つかないし、気にならない。

 それにリブロが自分を大事にしてくれているのを誰よりも知っているから。

 そうしていると楽団も気を利かせてくれたようで演奏を始めてくれた。

 明るく華やかなメロディーがホールに広がる。


「それでは、一曲」

「ふふ。私は何曲でも」


 イスカとリブロはお互いの顔を見てにこりと笑うと、お互いの手を取り踊り出す。

 それを見て他の者達も――主に好意的な目を向けていた――それに続いて動き出す。


「えっ、あっ、ず、ずるいですわ……!」


 アンジェリカが何か言っていたが、音楽や人々の声の中に消えて行った。


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