♯5 破ると消し炭になるアレ
「うわぁ……」
アンジェリカの姿を確認したとたん、リブロの口からそんな声が漏れた。
そして表情が外向けの笑顔で固定される。
この顔もまた良いな……なんて思いながらリブロを見ていると、アンジェリカがやって来た。
彼女はキラキラした目でリブロを見上げ、胸の前で両手を組む。
「こんばんは、リブロ様、イスカさん!」
「……こんばんは、アンジェリカさん」
「こんばんは。アンジェリカさん、そのドレス、とてもよくお似合いですね」
「ありがとうございます。お二人も素敵なお召し物ですわ!」
とりあえず挨拶を返したリブロとイスカ。
こういう辺りが素直なんだよな、とイスカは思う。
何だかんだで親の教育が良いのだろう。
(これでうちに絡んで来なければなぁ)
ライト家が何を画策しようが、対処出来る範囲であればイスカは特に気にしない。
彼らが絡んで来るのは単純にイスカの家をライバル視しているからと、王族との確固たる繋がりが欲しいのでイスカとリブロの婚約を解消させたいからだ。
前者はともかく後者の理由でやって来ると、リブロの機嫌が悪くなるので止めて欲しいなぁとは思っている。
まぁアンジェリカは家の期待を一身に受けたのだろうけれども。
(もちろんリブロ様に惚れている可能性は普通にあるけれど)
何と言ってもリブロはとても顔が良いのだ。容姿も中身もイスカは大好きである。
そう言う意味では趣味が良いな……とイスカが感心していると、
「リブロ様、もしよければ私と、この後ダンスを一緒に踊っていただけませんか?」
アンジェリカは上目遣いにリブロにそんなお願いをしていた。
実に積極的だ。しかしリブロは笑顔を深めて、
「すまない。私はイスカ以外の女性とはダンスを踊らないと、誓約神に誓っているんだ。だからアンジェリカさんと踊る事は出来ない」
と断った。
これにはイスカもちょっと驚いた。イスカと同じく周囲の人間達もざわざわし始める。
宣誓神とはノービリスの守護神だ。誓いを立ててそれを守る事で、その誓いに関係した加護を与えてくれる神である。その他に神が司る力――宣誓神なら氷の魔術――を扱いやすくなったり、というのもある。
それだけ聞くと良い神にも思えるだろう。しかし誓約神はとても真面目で、一度でも誓いを破ると容赦のない神罰を下すのだ。
簡単に言うと死ぬ。一瞬で雷が落ちて消し炭になる。
誓いと言う名前ではあるが、ある意味で呪いのようなものなのだ。
ついでに誓いの手順もなかなか面倒。
神の加護は魅力的だが、やりたがる人は酔狂という認識のあるのがそれである。
「ちょっと待てぇー! リブロ、ちょっと、何それ! 聞いていないんだけど!?」
「そうだよそうだよ! どういう事!? お兄ちゃん何も知らないよ!?」
すると話が聞こえたのか、リブロの兄達が大慌てで駆け寄って来た。
王太子のラグナと第二王子のファロだ。
「いつ!? いつしたの、宣誓神への誓いは!?」
「イスカと婚約して半年後くらいかな」
ラグナがリブロの襟を掴んでガクガク揺さぶる。
そしてリブロの言葉にひい、と青褪めた。
「えっそんなに前!? 早くない!? イスカちゃん、知っていた!?」
「いえ、殿下。私も今初めて知りました」
「イスカちゃんにも内緒にしていたの!? お前が!?」
「言ったらイスカに驚かれちゃうかなと思ったから。……驚いた?」
リブロは悪戯が成功した顔でイスカを見る。きゅん、とイスカの胸が高鳴った。
「あっその顔も良い……!」
「イスカちゃん、正気に戻って!」
「大丈夫です、ファロ様。私はいつも正気です」
「くそ、こんな正気を知りたくなかった……ッ」
真面目な顔で言うイスカにファロが頭を抱える。
さすがに正直に言い過ぎたか、とイスカはちょっと反省しながら、
「だからリブロ様のダンスの練習相手は、いつも男性の方ばかりだったんですね」
「うん。そうなんだ。そのせいでちょっと勘違いされちゃったけどね」
「ありましたねぇ」
「ねー」
フフ、とリブロは微笑む。
何を勘違いされたのかと言うと、リブロが男性としかダンスをしないので、恋愛対象が男性なのではないかと噂が出たのだ。
イスカとリブロが躍る予定のダンスには男性パートと女性パートの二種類が存在する。
ダンス講師であれば両方のパートは踊れるだろうが、リブロは頑なに女性講師を拒んでいたので、そういう噂になったのだ。
しかしその噂に対して、
「イスカが男性だったらそうなるね。イスカならどちらの性別でも私は好きだよ」
と笑顔で返していたのであっと言う間に噂は収まったが。
ただそのおかげで「イスカ・ブルームは実は男性なのではないか?」という別の噂がしばらく流れていたが。
直接イスカに聞きに来る人がいなかったので、訂正せずに放っておいたら、愛を伝える日に同性からオランジェットが届いた事もあったっけとイスカは思い出す。
あの時ちょっと嫉妬したリブロの顔はなかなか良かった。
懐かしいなぁと思い出していると、リブロの兄王子達は揃ってため息を吐く。
「お前さぁ、本当にそういうところだぞ……。そもそも、どうしてピンポイントにダンスを持ち出したんだい」
「イスカ以外の女性と密着する危険があるものを、出来るだけ排しておきたくて……」
「ああ……うん……そう……お前は本当にイスカちゃんが好きだね……」
ラグナとファロの顔にげんなりとした色が浮かぶ。
まぁ昔からリブロはこんな感じである。
色々ともう諦めている部分もあるのだろう。
(ただまぁ宣誓神が出てくると、婚約解消を勧めて来る人はいなくなりそうかな)
もし婚約解消になって、誰か別の人と婚約した場合は、ダンスさえしなければ問題はないのだろうけれど。
こういう夜会に参加して、婚約者や結婚相手と「宣誓神に誓っているからダンスはしない」と言うのは、なかなか外聞が悪い。
なのでこれで話が落ち着くかな……なんてイスカが思っていたら、
「大丈夫ですの! 私も宣誓神にリブロ様以外の男性とダンスをしないと誓っておりますから!」
なんてアンジェリカがとんでもない発言をした。