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♯4 嫌味の類は通じない系


 魔術に秀でたブルーム家。そこの三番目の子のイスカは魔術が使えない。

 向いているとかいないとか、そういう話ではなく、魔術を使うために必要な『魔力』というものを一切持っていないのだ。

 魔力が何であるか――まぁ単純に体力とか気力とか、そういう類にカテゴライズされる目には見えないものである。

 ブルーム家には過去に何人かそういう人間がいたので、イスカの家族は彼女が魔力を持っていなかろうが気にしなかった。


「魔術がどうのこうのって言われていても、うちがそうなったのは三代前くらいからなのよねぇ。むしろその前は魔術が苦手な人の方が多かったわよ」

「魔力がない人もいたの?」

「ええ、いたわ。だから別に珍しい事でもないのよ」


 ブルーム家の当主である母はおっとりとそう言っていた。

 父や姉、兄も同じように「むしろそんな評判を作られたものだから、過度な期待が鬱陶しい」とまで言っている。

 そんな家族の中で育ったものだから、イスカも変に拗ねる事なく真っ直ぐな人間になった。


 ――まぁ無頓着で大雑把過ぎる部分はあるのだが。


 さて、そういう事情でイスカは魔術が使えないが、本人もその事をまったく気にしていなかった。




「いやぁ、うちの娘は魔術の成績がとても素晴らしくてですね。先日も先生からお褒めの言葉をいただいたところなんですよ」

「そうか。それは素晴らしいね」

「リブロ様の婚約者の方はどうですか? あのブルーム家のお嬢さんなのですから、さぞかし魔術が……あっ、いえ、失礼いたしました」

「…………」


 その日イスカはリブロと共に、王城の夜会に参加していた。

 そうしていると、リブロに挨拶するために近付いて来る人の三分の一くらいが、自分の娘をリブロに紹介している。

 件の噂にあった婚約を解消させたい派の者達だ。

 ちなみに今話をしていたのは、その中の筆頭でもあるガルム家の家長だ。

 騎士団の副団長を務めている彼も、自分の娘をリブロと婚約させたくてこういう話をリブロにしてくる。

 ただ一緒にいる彼の娘はあまり乗り気ではないらしく、引き攣った笑顔を浮かべていた。

 ……まぁリブロのイライラを察知したからかもしれないが。


(それにしても本人を目の前に言うとは、なかなか度胸があるなぁ)


 彼らからの嫌味や悪意混じりの言葉を聞きながら、イスカは呑気にそう思った。

 この類の話はリブロと婚約してからずっと聞かされている。

 けれども無頓着で大雑把なイスカには、この類の話はまるで効き目がないのだ。

 何か言われても「ふーん」くらいで済んでしまう。だから特に傷ついたりもしていない。

 むしろ「あら今日も元気ねぇ」という孫を見守る祖父母のような気持ちになるくらいだ。


 しかし一緒にいるリブロはそうでもない。

 彼はイスカへの嫌味を自分の事のように受け取って、怒ってくれるのだ。


「魔術セメント……」


 話に来た人が入れ替わるタイミングで、そんな事を呟いている。

 そろそろ本気でやるかもしれない。

 これはどこかでガス抜きをした方が良さそうだ。


(とりあえず魔術セメントから気を逸らそう)


 そう考えたイスカはリブロの方を見上げる。


「リブロ様、そろそろダンスのお時間ですね。久しぶりのダンスなので、足を踏んでしまったらすみません」


 するとリブロは目をぱちぱち瞬いて、ふわ、と嬉しそうに微笑んだ。


「私は君にならいくら足を踏まれても良いよ」

「おや、それはありがたい。安心してダンスが出来ます」

「ふふ。君とダンスが出来るだけで嬉しいもの。それにもし足を踏まれて怪我をしても、責任を取って貰う形で結婚が確実になるコースに行けるから、それはそれで嬉しいな」


 語尾にハートマークでもつきそうなくらいの甘い声でリブロは言う。

 ただ内容はなかなか物騒である。

 良い笑顔で何という発言をするのだろうか、この人はと思いながらも、


(それにしても今日も顔が良い)


 なんてイスカも大概であった。

 顔が良い上に素敵な笑顔を向けてくれるのだ。

 リブロの不穏な発言なんて、イスカの中をそよ風のようにすーっと通り過ぎて行く。

 イスカが否定せずにこにこしているとリブロは機嫌を良くしたようで、


「良いかも、うん、そうしようかな……」


 なんて呟いていた。これは本気で実行しかねない声色である。

 よくない方向に舵を切り始めたリブロを、イスカはやんわり止める。


「リブロ様に対しての責任はすべて取りますよ。ですがリブロ様に怪我をさせたくはないので、そこは考え直していただけたら」

「そっか……良いアイデアだと思ったんだけどな……」


 リブロは憂い顔を浮かべ肩を落とす。

 この場にクルツがいれば「憂い顔を武器にするんじゃない」くらいは言ってそうだ。

 何だかんだでイスカはリブロの幼馴染であるクルツとも付き合いが長い。

 その光景がするりと浮かんできて、イスカは小さく笑った。


「そんな事をしなくても私はリブロ様と結婚がしたいですよ」

「…………っ!」

 

 するとリブロがパァッと輝くような笑顔を浮かべた。


「そう? ……それならすぐにでも結婚しない? そうしたらああいう事を言ってくる人たちもいなくなるから」

「在学中に結婚した方の話は聞きますね。ですがラグナ殿下の結婚式が来年でしょう」

「うん。……うーん、さすがに兄上より先はまずいかなぁ。別に怒ったりはしないだろうけれど」

「ラグナ殿下、優しいですからねぇ。それに色々と準備と調整もありますから。……でも、それが整ったら。卒業したらすぐでも私は構いませんよ」

「っ、本当? やった、嬉しいな……頑張って父上に許可を貰うね」


 眩しいくらいに輝く彼の顔を見て、イスカも満足気に「ご褒美……」なんて呟く。

 お互いにフフッと微笑み合っていると、


「リブロ様! お会いしたかった!」


 と第三者の声が響いた。

 ライト家のアンジェリカである。


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