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♯30 あなたの感情なら全部


 その後は、あっという間に事態は収束した。

 まずはアーリヤの事だが、氷漬けにした件で色々言われるかと思ったが何もなかった。

 と言うよりもリブロを見ると青褪めた顔になって、そそくさと逃げてしまうのだ。

 これは何かあったなと、現場を見ていたであろうクルツに聞くと、


「なぁイスカ。世の中にはさ、知らない方が良い事があるんだ。カメリアにだって何度も聞かれたが俺はぜったいに口を割らない」


 なんて遠い目になっていた。

 今回の件でカメリアもあちこちで情報収集を協力してくれていたので、その過程で聞かれたのだろう。


(リブロ様……じゃない、リブロは何を言ったんだろう)


 気にはなったがクルツが怯えるくらいだ。相当の毒を吐いたのだろうなとイスカは思った。

 まぁ何にせよ、アーリヤに恐怖心は植えつけられたらしい。

 これで今後リブロに絡んで来る事はないだろう。


 それからトルトニスだが、騒動が落ち着いて直ぐに迎えの使者がやって来た。

 トルトニスの王族で、かの国の騎士団長も務めているらしいアーリヤの姉だ。

 アーリヤとはまた違うタイプの美人で、彼女はアーリヤを見るなり叱りつけていた。


「アーリヤ! 父上があれほど口を酸っぱくして、ノービリスに迷惑をかけると仰っていただろう! なのにどうして勝手に国を抜け出した!」

「ち、違うのよ、姉様! だって、あのままいたら、私、結婚させられてしまうでしょう? だから、その……」

「ほう? 何が違うのか、あとでしっかり言い訳を聞こうじゃないか。ただし今度嘘を吐いたら……分かるな?」

「ひい……!」


 その際に今回の騒動についての話をすると、逆に謝罪をされてしまった。

 アーリヤの事はトルトニスでも手を焼いていたらしい。

 ノービリスへ行く事を反対されていたのに勝手に飛び出したそうで、それらの事を含めて国へ戻ったら厳しく教育し直されるらしい。

 彼女のわがままを止めなかった侍女や護衛たちも同様だ。

 ただ彼らに関しては『逆らえば何をされるか分からない』と怯えていた者もいるため、事情を聞いた上で、望むならば異動や退職を受け入れるそうだ。


 さてその侍女達だが、その中にやはりカルロ・ヴァンの姉がいたらしい。

 イスカが見た時に容姿が似ているなと思った彼女だ。彼女はアーリヤに脅されながら働いていたらしい。

 幼い頃に亡くなった両親作った莫大な借金を返すために、必死で働いていた二人にアーリヤは「言う事を聞かなければ働き先がなくなるわね」なんて脅して雁字搦めにしていたそうだ。

 ヴァン家はトルトニスでは名の知れた魔術師の家系だそうで、そこの子供達を自分の自由に扱いたかっただろう。

 カルロが今回の騒動に加担した理由は、アーリヤの目論見が露見されれば姉を解放出来ると思ったから、と彼は言っていた。


「日に日に暗い顔になって行く姉さんを見ていられなかったんだよ。……利用して悪かった」

「そっか……。ちなみに魅了の魔術は私にはまったく効かないよ」

「マジで? え、じゃあ俺はあんたの手を握ってただ見つめ合っていただけ……? マジで……? それリブロ様って許してくれる……?」

「さあ」


 ノービリスでも彼の処分に迷っていたが、今回の件で協力してくれた事もあり、それで相殺という事になった。あとはトルトニスの方で何とかするだろう。

 ちなみに一つ意外な事と言えば、魅了の魔術が解けたあともアンジェリカが彼に会いに行っているという事だろう。

 カルロは相変わらず「何でぇ……?」とげっそりした顔になっていたが。


 騒動と言えば、その中心にいたメリッサやガルム家についてだが。

 まず家長のグイドだが、今回の件やこれまでの言動が問題視されて副団長の役職に加え騎士資格剥奪、城の修繕費の半分を負担、それから懲役刑など、だいぶ重い罰が下った。

 彼はアーリヤから頼まれて仕方なく行ったのだと弁解をしていた。

 しかし。


「ならばなぜ、それを兄上や騎士団長に報告しなかったの?」

「いや、それは……相談するほどの事でもないと……」

「へぇ? 他国の姫君が、この国の人間を陥れようとしていたのに? 国を守る人間が加担したというだけで大問題なのに、ずいぶんと僕達は甘く見られているようだね」

「い、いや、それは……そんな事は……」


 ファロがそんな調子で淡々と追及して行き、その結果、言い逃れは出来ないと悟ったグイドは自白したそうだ。

 また彼の部下達に関しても騎士資格の剥奪の処分が下された。その中でもメイドの誘拐に関わった者にはグイド同様に懲役刑が課せられた。


 メリッサはグイドやガルム家に言われて、嫌々と協力させられていたらしい。

 これに関してはイスカもそうだろうなと思っていた。見ただけでも乗り気ではなかったし、自分のやった事に青褪めながら震えていたくらいだ。

 あくまで自分の主観ではあるが、と前置きをしてイスカはラグナ達にそれを伝えている。

 メリッサは彼女の父のように言い訳もせず正直に全部を話しているし、本人も深く反省している様子だ。

 なので何らかの罰は下るだろうが、そこまで重いものにはならないだろう。


 さて、それからリブロだが。

 魔力の暴走で王城と一部の人間を氷漬けにした事で、彼にも多少の罰が下る事となった。

 二週間の謹慎処分だ。


 ――というのは表向きで、


「そういう事にしておくから、しばらく休んで来なさい」


 とラグナに言われて休暇が与えられたのだ。イスカがお願いしていた「埋め合わせ」である。

 今はイスカと一緒に、王都から遠くにある港町へ旅行に来ていた。

 お忍びという事もあって服装もそれらしいものを着ているので新鮮だ。


「イスカ、イスカ! 見て、あそこの屋台のジュース。美味しそうだから買って来るよ」


 リブロは楽しくて仕方がないのか、明るい表情でそう言って走って行く。

 海が見渡せるベンチに座りながら、イスカが微笑ましい気持ちで見守っていると、


『はしゃいでおるのう』


 と鞄の中から雷虎がひょいと顔を出した。

 多少身体の大きさが戻った彼だったが、子猫の姿になっている。

 この間の騒動で本気(・・)を見せてくれたため、魔力が一気になくなって、またこの姿になってしまったのだ。

 今回は暇つぶしと護衛を兼ねて一緒に来てくれている。

 リブロは「二人きりが良かったのにな」なんて呟いていたが。


「そうだね。魔力をたくさん放出したからすっきりしたらしいよ。雷虎が魔力を発散しないとって理由も分かるなぁ』

『我はちょっと内容が違うがのう。……さて、我もまたひと眠りするか』


 雷虎は港町の気候が心地良いらしく、くあ、とあくびをすると再び鞄の中に引っ込んだ。

 自由気ままなところが本当に猫みたいである。

 そうしているとリブロがジュースを二つ買って戻って来た。

 彼はにこっと笑うとイスカの隣に座る。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 受け取って、二人揃って一口。

 柑橘系の爽やかな甘みが口の中に広がる。


「あ、これ、美味しいですね」

「私も。この辺りで採れる果物を使っているらしいよ。今年は天候が良かったから、いつもよりも収穫量が多いんだって」


 屋台の人に聞いたのだろう。リブロは楽しそうに教えてくれる。

 ああ、良い顔だ。横顔を見ながらイスカはそう思う。


「次はどこへ行こうか」

「そうですねぇ。……あ、でしたら、お揃いのアクセサリーを探しに行きませんか?」

「……! 覚えていてくれたんだ、嬉しいな」

「楽しみにしていましたので」

「そっかぁ」


 イスカの言葉にリブロが少し照れた顔になる。

 それから彼は空を見上げて、大きく伸びをした。


「んー……。こうして何も考えずにしばらくのんびりできるの、久しぶりかも」

「小さい頃に一緒に別荘へ行った時以来ですかね」

「あったねぇ。ふふ。イスカが湖に飛び込んだ時だ」

「リブロが魚が食べたいと仰ったので、これは獲らねばと」

「うん。びっくりしたし、美味しかった」


 あはは、とリブロは明るく笑う。

 いつもよりも年相応のリブロの様子に、イスカ顔が自然と笑顔になる。

 旅行に出発してから、リブロはずっと楽しそうだ。それがイスカにはたまらなく嬉しかった。

 そうしていると、ふと、ある事を思い出した。


「そうだ、リブロ」

「うん?」

「誰もいませんし、どうぞ」


 そう言ってイスカは自分の足を、手でぽんぽん、と叩いた。

 まぁつまり膝枕をどうぞと言う事である。

 リブロは目を瞬いたあと、その言葉の意味に気付いて顔を赤くした。


「う、うん。それじゃあ、ちょっとだけ」


 少しだけあたふたしながら、彼はベンチに横になるとイスカの太ももの上に頭を乗せた。

 見下ろすイスカと、見上げるリブロ。

 この距離感も新鮮で、何だか不思議な気持ちになる。

 イスカは自分の胸が少し鳴ったような気がした。


「どうですか?」

「うん。……こうやって君を見上げるって、いいなぁって」

「あっ顔が良い」

「君ったら」


 何となく照れくさくなって、それを誤魔化すようにいつもの台詞を言うと、くすくすリブロは笑った。

 それからリブロは手を伸ばし、イスカの頬に手をそっと当てる。


「イスカは私の事、好き?」

「はい。リブロの顔も中身も」


 甘えるようにそう聞くリブロに、イスカはいつも通り「好きですよ」と続けようとして、一度止まった。

 リブロの事は好きだ。大好きだ。それは何も変わらない。

 けれども――今胸の内にある感情は、これまでとは少し違ってきたように思えた。

 あの時、心の中に灯ったこの感情を、何と表現すれば良いだろう。


『君を、あの時ちゃんと守れなくて……ごめんね』

『いいなぁ。誰も私たちを知らない場所で、君と一緒にいられたら……楽しいだろうなぁ』

『名前を呼んで。様をつけずに。……ずっと、羨ましかったんだ』


 氷の中で交わしたリブロとのやり取りが頭の中に浮かぶ。


(……あ、そうか)


 その時、一つの言葉がイスカの胸にすとんと落ちた。

 イスカはそのまま、その言葉をリブロに告げる。


「リブロを愛しています」


 するとリブロが大きく目を見開いた。ああ、と吐いた息と共に声が零れる。


「……初めて言われた」

「初めて言いました。……大好きから一歩進んだので」

「君ったら、そういう事を平気で言うんだもの」


 太陽に日差しに照らされた氷が、キラキラと輝くようにリブロは笑う。


「……私も。私もだ。私もイスカを愛している」

「初めて言われました」

「初めて言ったよ。でもずっと思っていたんだ。君を好き過ぎて、重いって嫌われたくなかったから」


 彼の言葉にイスカは首を傾げる。


「私がリブロを嫌う事なんてありませんよ?」

「重いの、嫌じゃない?」

「カメリアが言うには、今も十分、重いそうですよ」

「えっ」


 リブロが目を丸くして、困ったように視線を彷徨わせる。

 そんな様子がかわいくて、イスカはくすくす笑った。


「リブロが向けてくれる感情なら、私も全部欲しいです」


 イスカ・ブルームは無頓着だ。他人に対する執着心も強い方ではない。

 けれどもリブロとは家族になりたい。

 リブロが望むなら身を引くが――それでも、他の誰かではなく自分がその隣に立っていたい。

 一緒に歳を重ねて生きていたい。

 そう思いながらイスカもリブロの頬に触れた。あの時の傷はすっかり治っている。


 そのまま言葉なく、お互いの顔が近付く。

 唇が触れる。温かさを感じる。

 ほんの数秒だったけれど、不思議と長く感じた。


「……初めてだ」

「初めてですね」


 至近距離でお互いを見つめ合いながらそう言う。

 婚約してから十年。お互いに色々な面を見て来た。

 けれども、まだまだ知らない『初めて』がたくさんある。


「イスカ、一緒にいてね」

「もちろんです。リブロが嫌だと言わないかぎり一緒にいます」

「それじゃあ、ずっとだ」


 もう一度、お互いの顔が近付く。

 今度は先ほどよりも少しだけ長く、お互いの唇が触れる。

 海から吹く風がさらさらと二人の髪を揺らしていた。



 そんな二人が、寝たフリをした雷虎が鞄の隙間から微笑ましそうに眺めているのに気づくのは、もう少しあとの事だった。



END


お読みいただき、ありがとうございました!

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