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♯28 氷漬けの城


「これどんだけ魔力放出してんの? さすがにやばいだろ。うちの国の連中は生きているかな……」


 炎の魔術で氷を溶かしながら、カルロが啞然とした様子で言う。

 氷を溶かせば溶かした場所からまた凍って行くのだ。

 これは寒さというより魔力が原因である。


「そこは大丈夫だと思うよ。今までリブロ様が氷の魔術を暴走させても、死者や怪我人は誰も出ていないから」

「そいつは器用なもんだ。トルトニスで加護持ちが魔力を暴走させたら、たぶん炎のアレだぜ。周りの人間の身体が干上がっちまう」


 カルロは感心したように言った。

 それはなかなか厄介な状況である。


(……とは言え、これは今までよりもずっと、規模が大きいのだけど)


 そう思ったが、カルロの士気を下げるわけにはいかないので、イスカは言葉にはしなかった。

 ファロが氷漬けにされた人間は生きていると言ったが、それもいつまで大丈夫かは分からない。

 なるべく早めにリブロのところへ行かなければ。

 そんな事を考えながらイスカは、途中で回収した護身杖で氷を壊しながら階段を上る。

 二階と三階の途中にある踊り場までたどり着き、上を見上げる。もう少しだ。


「しかしこれは骨が折れるね。君、もうちょっと火力強くならない?」

「やってもいいけど、城も燃えるんだけど。それでもいい?」

「やだ、かっこいい! 燃える城で燃える恋! ときめきますわ!」

「誰かこのお嬢さん、どこかに置いて来てくれねぇかなぁ……」


 何だかんだでアンジェリカまでついて来てしまった。

 とは言えただいるだけではなく、魔術でサポートしてくれている。

 彼女の氷の魔術でリブロの氷の魔術の進行を邪魔しているのだ。

 どちらも宣誓神の加護持ちという事もあるため、同じ氷の魔術を使っても取り込まれる事がない。

 簡単に言うとアンジェリカの氷の魔術で壁を作れば、リブロの魔力で生まれた氷は通り抜けられない、という事だ。

 ただ魔力量次第では今後押し負ける事はあるのだが、ひとまずは大丈夫そうである。

 そんな事を思いながらイスカは薄くなった氷を護身杖で叩き割って行く。


 ――その時、イスカ達の上に黒い影がさした。


 ハッとして振り返った時、勢いよく窓ガラスが割れて、外から何者かが飛び込んで来る。

 反射的にイスカは護身杖を構えてファロたちを庇う。

 すると、


『うむうむ、なかなか良い反応じゃのう』


 聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 イスカは軽く目を開く。そこにいたのは大人の虎ほどの大きさになった雷虎だった。


「雷虎! 身体、少し戻ったんだ」

『一時的じゃ。貴様らのために頑張って戻ったんじゃぞ。褒めろ褒めろ。それで、ホレ』


 雷虎は機嫌良さそうに笑うと、そっと身体を傾ける。

 すると、ずる、とその背から二人のメイドがゆっくり滑り落ちた。

 見覚えがあった。アーリヤが開いた謝罪の場で待機していたメイド達だ。


『グイドの部下に捕らわれておったぞ。手荒な真似はされておらんようじゃ。奴の部下どもには雷撃を食らわせて来たから、しばらくは目を覚まさんだろうなぁ。あとで回収してくれ』

「良かった……ありがとう雷虎」

『ハッハッハ。お礼は良い肉で構わんぞ』


 ホッと息を吐いてお礼を言うと雷虎は機嫌良さそうに笑った。


『それにしても、これはどういう状況だ? 魔力の匂いからしてリブロじゃろう』

「リブロの魔力が暴走してこうなっているんだよ」

『なぜ?』

「ぶちギレたんだと思う……」

『ああ……』


 ファロの言葉に雷虎が遠い目になった。

 何となく、ここ最近の事を思い浮かべているように見える。

 彼は『やれやれ』と呟いた後、


『これはもうひと働きせんとだなぁ』


 なんて言ってニッと笑った。

 まだまだ協力してくれるようだ。何だかんだでこの魔獣は気が良い性格である。


「何かよく分かんねぇけど、それならイスカを王子様のところへ運んでくれよ。このままだと、先にこっちの魔力が尽きちまう」

『ああん? 貴様に指示される謂れはないわ。不愉快な事を言う口を、頭ごと食いちぎってやろうか』

「ひい!」


 ……とは思ったが、カルロの事だけはまだ許していないらしい。

 ぐるるる、と唸りながら牙を剝き出しにする雷虎に、カルロが短く悲鳴を上げて後ずさり、アンジェリカの後ろに隠れた。


(あれだけ派手に焼かれたからなぁ……)


 楽しみを邪魔されたと怒っていた姿を思い出してイスカは苦笑する。

 まぁ、こちらも自業自得である。

 とは言えいつまでも睨みつけられていては、氷を解かす作業に支障が出る。

 なのでイスカは雷虎に身体に触れて、


「リブロ様のところへ行きたいんだ。手伝ってくれる?」


 と聞く。すると彼は、ふん、と鼻から息を吐いたあと『乗れ』と屈んでくれた。どうやら背中に乗せてくれるらしい。

 イスカは「ありがとう」とお礼を言うと、その背に跨る。


「ファロ様、行ってきます!」

「こっちはまかせて! イスカちゃん、よろしく!」

「はい! 雷虎、お願いします」

『承知した!』


 雷虎はそう言うと床を蹴って走り出した。

 氷の上を進んでいるにも関わらず、雷虎の足取りはしっかりしている。滑る気配もない。

 行く手を阻むような氷の塊も体当たりで壊して行く。


「雷虎、身体は大丈夫?」

『この程度では大して傷つかんよ』


 すいすいと雷虎は進んで行く。

 イスカは彼の背に乗りながら応接室までの道のりを伝える。

 進に連れてだんだんと氷の量も増えて来た。

 廊下を覆い尽くすほどではないが、なかなか厄介だ。イスカも護身杖を振り回して氷を割る。


 ――そして進んで、やがて目的の場所まで到着した。


『ふむ、これはなかなか』

「見事な氷が」


 イスカと雷虎はポカンと口を開けてそれを見る。

 応接室の扉の前に、廊下の半分を覆うくらいに分厚い氷の壁が出来ているのだ。

 さすがにこれは雷虎の体当たりでも割れないだろう。

 雷虎の背から降りて、試しにとイスカが護身杖を叩きつけたが僅かに削れるくらいだ。


(これは回り込んだ方が良いか?)


 王城の外側がどうなっているか分からないが、窓側からの方が入りやすいだろうか。

 近くの部屋から窓枠や壁を伝って行けば……とイスカが考えていると、


『イスカ、離れておれ』

「雷虎?」

『我の本気を見せてやろう』


 そう言うとニイ、と口を開く。牙が光って見える。

 言われた通りイスカが彼から離れると、雷虎はぐるる、と唸りながら毛を逆立て始める。

 するとばちばちと彼の身体から雷が迸り始めた。


『――――ッ!!』


 そして雷虎が吼える。

 ぶわ、と目を開けていられないくらい眩い雷撃が放たれる。

 空気が震え、衝撃音と共に王城が揺れる。

 天井から氷の欠片がぱらぱらと降って来た。

 イスカが恐る恐る目を開くと氷の壁は崩れ、そこからしゅうしゅうと白い蒸気が上がっている。

 ついでに壁ごと扉も消し飛んでいた。


『む、ちとやり過ぎたか』


 雷虎は尻尾を揺らしそんな事を言っている。


「大丈夫、修繕費なら何とかするから。それに扉が凍り付いていたかもしれないから、ありがたいよ」


 イスカはそう言うと部屋の中へと入ると、ビュウ、と音を立てて強い冷気を含んだ風を感じた。

 部屋の中は見事に凍り付いている。

 そこには氷漬けにされているアーリヤと、彼女の侍女、メリッサ。

 少し離れた位置で青い顔で蹲るクルツ。


 そして部屋の中央、氷の隙間から。

 氷と氷風を生み出し続けながら項垂れているリブロの姿が見えた。


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