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♯27 協力と言うか脅しと言うか


 同時刻。

 イスカが暇つぶしに本を読んでいた時に、ひんやりとした冷気を肌に感じた。

 おや、と思って顔を上げた瞬間、目の端に映った窓ガラスに氷の結晶が現れた。

 そこから僅かに遅れて、部屋の中もぱきぱきと音を立てて凍り始める。


(これは……リブロ様かな)


 部屋の中をぐるりと見回しながらイスカは心の中でそう呟く。

 これと似た事は以前にも何度かあった。

 リブロの魔力が暴走して、氷の魔術となって周囲を凍り付かせるのだ。

 その原因はリブロに精神的な負荷が掛かり過ぎた時だ。


 リブロは確かに苛烈な面も持っている。けれども誰彼問わずそれを発揮する事はない。

 彼の大事な者によほどの悪意が向けられた時だけだ。

 基本的にリブロは「自分は王族だから」と、言葉に力を持つからと、怒りを堪える事が多い。

 けれども、だとしても、必ず限度というものはある。

 堪えきれなくなり、我慢の限界を迎えた時にこう(・・)なるのだ。


(この様子だと城内にいらっしゃるな)


 窓の外から見える景色はいつも通り。庭に生えた木々等も凍ってはいない。


(リブロ様に会いに行かなくては)


 そう決めたらイスカの行動は早かった。

 このままだと部屋が完全に凍り付いて、外に出る事が出来なくなる。

 ドアも少しずつだが凍り始めている。イスカがドアノブに手を触れると、ひやりと冷たさはあったが、まだ動かせる状態だった。

 そのまま一度捻ってみる。不思議と鍵は掛かっていなかった。

 ありがたい事に信用してもらっているようだ

 ラグナに感謝しつつイスカは部屋の外へ出る。


「……これは」


 廊下はすでに綺麗に凍り付いている。

 そのまま周囲の様子を確認すると「うわっ」と思わず声が出てしまった。

 廊下の先で立ったまま氷漬けになっている人間を発見したからだ。

 近づいて顔をよく見れば、見覚えがある人物だった。イスカとリブロの婚約を解消させたい派の一人だ。


(今までは、ここまでになった事はなかった)


 イスカが想像している以上に、リブロは相当に溜め込んでいたのだろう。

 もう少し出来た事があるのではと、イスカは自分のふがいなさに、ぐっと拳を握りしめる。

 そうしているとバタバタと走る足音が聞こえて来た。


「あ、イスカちゃん! 良かった!」


 やって来たのは第二王子のファロだ。

 彼はイスカを見つけるとホッと顔を緩ませて駆け寄って来る。


「ファロ様! 申し訳ありません、外へ出てしまって」

「大丈夫大丈夫、呼びに行こうと思っていたところだったから。たぶんリブロがキレちゃってる」


 そう言いながらファロは氷漬けになった人間へ目を向ける。


「ここまでになったのは初めてだね。他にも何人かこうなってる。魔術で確認したけれど中の人間は生きているみたいだ」

「良かった。ラグナ殿下たちはご無事ですか?」

「大丈夫。それがさ、凍らされている人間とそうでない人間がいるみたいでね。リブロとイスカちゃんの婚約を解消させたいとか、僕達へ陰口を叩いた人達が軒並みこうなってる」

「え?」


 イスカは目を丸くする。するとファロは「自業自得だよね」と苦笑した。

 つられてイスカも小さく笑う。


「リブロ様らしいですね。大事な人は、ちゃんと守っている」

「だねぇ。ふふ。イスカちゃん、あいつを助けてやってくれる?」

「もちろんです。私がリブロ様の婚約者ですから。リブロ様はどちらに?」


 問いかけるとファロは頷いて答えてくれる。


「三階の応接室。クルツと一緒にアーリヤ姫に話を聞いているはずだよ。ただ……」

「何かありました?」

「いや、氷の量が多くて階段が上れない。溶かそうにもリブロは宣誓神の加護持ちだったからなぁ」


 ファロが困った顔になる。

 神の加護を持った人間が魔術を使うと、その神が得意とする魔術の効果が上昇するのだ。

 宣誓神ならば氷の魔術がそれに該当し、魔術で出した氷は通常よりもだいぶ溶けにくくなる。

 中から向かうのが難しいとなると外側からだが――今の状態で三階まで壁を伝って上手く登れるだろうか。

 方法を思案していると、ふと、頭の中にカルロ・ヴァンの顔が浮かんだ。


「そうだ、カルロ・ヴァンの魔術はどうですか?」

「ああ、そう言えば恋の神の加護持ちだっけ。ちょうど良いな……今、地下牢に入れてあるよ」

「だいぶ焦っていそうですね。凍らない内に行きましょう」

「そうだねぇ。間に合うと良いんだけど……ダメだったら他の手段を考えよう」


 魔術封じの腕輪をつけているのでカルロが魔術を使って身を守れている可能性はゼロだ。

 それにどう考えても凍らせられる筆頭ではあるのだが、それでもリブロがいる部屋から地下牢までは距離がある。

 急げば間に合うかもしれないと二人は頷き合い、王城の地下を目指して走り出した。

 



◇ ◇ ◇




 イスカとファロが地下牢に到着した時には、入り口付近がゆっくり凍り付いているところだった。

 ただでさえ気温が低い地下牢が、冷気によってさらに冷やされている。

 イスカとファロの口から白い息が漏れた。


「カルロ・ヴァンの牢はこっちだ」


 先導するファロについて歩いて行くと、だんだん賑やかな声が聞こえて来た。


「ああっ、もう、牢屋に入っていても素敵ですわ!」

「いや、そんな場合じゃなくない? そもそも何であんたは毎日毎日俺に会いに来ているわけ?」

「それはもちろんカルロさんが大好きだからですわ! ここを出たら直ぐに結婚しましょう? 私、お父様を説得しましたの!」

「そりゃ魅了の魔術のかかり過ぎだっての! 何であんたの父親説得されちゃってるの!? どれだけ娘に甘いの!? あ~くそ、あの王子、本当に魅了の魔術解いてくれねぇ……」


 声の主は牢の内側にいるカルロと、外側でにこにこ微笑んでいるアンジェリカだった。

 カルロはげっそりした顔をしている。アンジェリカの相手をしていて疲れているのだろうか。


「って言うかさ、何なのこの冷気。魔術の気配がするけど凍死でもさせる気なの?」

「そうですわね。入り口付近が凍り始めておりますわ! でも私の愛は寒さになんて負けませんの!」

「負けていいからせめて暖かい格好をしてきてくれ。風邪引いちゃうだろ」

「まあ! カルロさんったら優しい! 好き! これはもう愛情ですわ!」

「そうじゃなくて! ああ、もう、本当に何なんだこれ……」

「リブロ様の氷の魔力が暴走しているんだよ」


 怪訝そうなカルロにイスカはそう声をかけた。

 それから意外そうに目を丸くしていた。


「まあ、イスカさん。ごきげんよう!」

「ごきげんよう、アンジェリカさん。面会ですか?」

「はいですの! 今日もカルロさんに会えてとっても楽しいですわ!」


 今のところリブロの事は頭から抜けているようで、アンジェリカは笑顔で答えてくれる。

 先ほどカルロもぼやいていたが、アンジェリカに掛けられた魅了の魔術はまだ解かれていない。

 精神に作用する系の魔術の解き方は二種類あって、魔術で強制的に解くか、自然に解けるのを待つかだ。

 ノービリスの宮廷魔術師は優秀なので、解こうと思えばすぐに解けるが、


「被害が減るからしばらくこのままで良いんじゃない」


 とラグナが指示を出したため、現状維持となっている。

 十日ほど過ぎれば自然に解けるだろうとの事だ。

 まぁカルロはずっと牢屋に入っているので、アンジェリカが愛を伝えてもそれほど人目にはつかない。

 つまり困るのはカルロと、魅了の魔術が解けたアンジェリカ、それからライト家だけだ。

 騒ぎを起こしたツケだよとラグナが冷たい笑顔を浮かべて言っていたなぁとイスカは思い出す。

 まぁ、それはともかくだ。今大事なのはカルロの意思確認である。


「王子様の魔力が暴走? なんで?」

「たぶんアーリヤ姫が何か言って、リブロをぶちギレさせたんだと思うよ」

「げぇ、マジかよ……。いや、そりゃ悪い事したけど、なぁ、おい。出してくれよ、さすがに凍え死んじまう。あとそこのお嬢さんも何とかしてくれ」


 地下牢も凍り付き始めたため冷気が濃くなってきたため、カルロが腕をさすって訴えて来る。

 ファロがイスカへ目配せする。イスカは頷いてみせると、


「いいですけれど、条件があります」


 とカルロに告げた。


「条件?」

「城内の氷を解かす手伝いをして欲しい。君は炎の魔術が使えるでしょう?」

「そりゃ使えるけど……炎の魔術が使える奴なんて、ノービリスにもいるだろ?」

「リブロ様は宣誓神の加護を得ているので、普通の魔術だと効きが悪いの。カルロさんも加護持ちでしょう」

「あー……そういう事ね。確かに持っているよ」


 首を傾げたカルロだったが、加護の話を聞いて納得して頷いた。

 それから彼は少し考えてから、


「もし断ったら?」


 と探るような目で聞いて来る。

 裏があるのではないか、とでも思っているのだろう。


「このまま君を牢屋に放置して、別の手段を考えるね。だけど時間が掛かるかも。氷漬けになっても我慢してね」

「実際に氷漬けになっている人はいるよ。君達みたいにリブロとイスカちゃんの仲を引き裂こうとした奴。その流れから考えると、君達は完全に凍るね。ご愁傷様」

「げぇ……マジかよぉ……」

「あと、今までにも同じ事は何度かあったんだけどさ。これ、イスカちゃんじゃないと止まらないんだよねぇ」

「それ完全に脅しじゃん……」


 イスカとファロの言葉を聞いて、カルロが露骨に嫌そうな顔になった。

 それから彼はしばらく唸った後で


「……分かった、分かったよ。うちの姫サンが仕出かした事だ。俺も関わってる。ちゃんと責任を取るよ。……姉さんも来ているみたいだしな」


 と承諾した。

 よし、とファロは呟いて地下牢のカギを開ける。

 ギィと音を立てて鉄格子の扉が開くと、カルロがひょいと出て来る。

 そんな彼に、待ってましたと言わんばかりにアンジェリカが飛びついた。


「まあ! 家族のために頑張るなんて、かっこいいですわね! カルロさん、素敵!」

「ぐえ! ……これも何とかしてもらわねぇとだしなぁ」


 ハァ、とため息を吐くカルロに、ファロは苦笑しながら魔術封じの腕輪も解除する。


「落ち着いたらリブロに頼んでみるから」

「そりゃ心強いね」


 肩をすくめて言うカルロは、腕輪がはめられていた右腕をさする。

 それからイスカ達がやって来た方角へ手を伸ばした。

 彼の手のひらの前に魔術陣が展開される。

 僅かな間のあと、そこから眩い炎が放たれ、氷を溶かす。

 器用な事に氷だけ溶かしている。布や紙等には一切引火していない。


「お見事」


 イスカがぱちぱちと拍手をすると、カルロは機嫌良さそうにニッと口の端を上げ、


「オーケイ、やってやろうじゃないか!」


 なんて不敵に笑って言ったのだった。


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