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周囲から婚約解消を迫られていますが、私達の仲はいたって良好です。  作者: 石動なつめ


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♯26 事情聴取


 その後、取り調べを受けたイスカはそのまま、王城の客室に軟禁される事となった。

 とは言え日当たりが良い居心地の良い部屋だ。ラグナかファロ辺りが手配してくれたのだろう。

 ありがたいなと思いながら、イスカは先ほどの事を思い出していた。


「イスカ・ブルームがアーリヤ姫に嫉妬して突然暴れ出した」


 あの場にいた者達のほとんどは口を揃えてそう証言しているらしい。

 正確にはアーリヤ、メリッサ、アーリヤ姫の侍女、警備していた騎士達だ。

 そこに王城のメイドが入っていなかった事にイスカは少しホッとしていた。


 アーリヤ達の証言が嘘である事は、当事者であるイスカが一番よく分かっている。

 なので偽証だと断定されれば、イスカを陥れようとした事も含めて、彼女達には相応の罰が与えられるだろう。

 けれどもあの場にいた者たちのほとんどは庇ってもらえる側(・・・・・・・・)だ。


 アーリヤならばトルトニスに。侍女達はアーリヤに。

 メリッサは父のグイド・ガルム副団長に。騎士達もまたそうだろう。

 けれどもメイド達はそうではない。イスカも王城に顔を出す事が多いので顔や名前を知っているが、後ろ盾になれるような繋がりが乏しい者たちだ。

 アーリヤ達は軽く済むかもしれないが、メイド達はそうではない。

 それなりに知っている者達が加担していなかった事も含めてイスカは少し安堵していた。


(一応、結果だけを見れば、嫉妬を除けばまぁ間違ってはいないんだよな……)


 炎の魔術が来ると思い、咄嗟にイスカが取ったあの行動を『暴れ出した』と言われれば「それは確かに」とはなるのだ。

 現場を目撃しているメイド達と雷虎の証言で何とかなると良いのだが。

 ちなみにイスカの家族は「ありえない!」と怒って抗議の準備を整えているらしい。


(それにしても思ったよりも大雑把な策で来たものだ)


 王城の一室に軟禁というのは、なかなか無い体験なのでまぁ良いけれども。

 そんな事を考えていると、部屋の外から話し声が聞こえて来た。

 少ししてコンコンとドアがノックされる。

 イスカが「はい」と返事をすると、ドアが開いて王太子のラグナが顔を出した。


「ラグナ殿下」


 ハッとして、イスカは立ち上がって臣下の礼をする。


「そのままでいいよ。すまないね、こんなところに閉じ込めて」

「いえ、とても快適ですよ。メイドさん達は優しいですし」

「そう言ってくれて気が楽になるよ」


 ラグナはそう言って笑うとソファに座ったので、イスカも同じくそれに続いた。

 それからラグナは顔の前で手を組むと、


「それでイスカちゃん。今回の件、ハメられたね」


 と言った。大体の事情は把握しているようだ。


「そうですね。もう少し巧妙にすべきだったのではないかと思いますが」

「分かる~。雑だよねぇ」

「はい。とても雑ですねぇ」


 こくりと頷くとラグナは小さく噴き出した。

 くすくす笑うその顔がリブロとよく似ている。

 兄弟だなぁなんて少しほっこりした気持ちになりながら、


「アーリヤ姫の怪我の具合はいかがですか?」


 と気になっていた部分を聞いてみた。

 アーリヤがやけどを負うような状況ではなかったが、念のためだ。


(あの後、自分で熱湯を掛ける方法もあるけれど)


 自分の容姿に自信を持っているアーリヤがそれをするとは考えにくい。

 そう思っているとリブロは「ああ」と頷いた。


「跡が残るらしい――というのを、アーリヤ姫が連れて来た人間が言っている」

「こちらの医師が診察しなかったのですか?」

「ノービリスの医者は信用できないと断られたよ。……彼女には自分の発言の危うさをもう少し理解したもらいたいものだ」


 ハァ、とラグナはため息を吐いた。

 騒動が起こった後という状況だけ考えれば、自分の身を守るためにそうしたという建前にはなる。

 あくまで企みがバレていない前提ではあるが。

 それにしても堂々と「ノービリスの医者は信用できない」と言い放つのは、なかなか怖いもの知らずだ。

 それがトルトニスの姫から出た言葉でなければ、まだ良かったのだろうけれど。


(トルトニス側も頭を抱えていそうだけれども、こちらとしては都合は良い)


 ラグナならば今回の諸々をトルトニスに報告する際には、この辺りを上手く利用するだろう。


「ま、どう考えても偽装だろうね。それで一応確認したいんだけど、あの時に出ていた紅茶って、やけどするくらいの熱さだった?」

「いいえ。王城のメイドさんが淹れてくれたお茶ですよ。ちょうど良い加減で美味しかったです。直前にアーリヤ姫も普通に飲んでらっしゃいましたし」

「だよねぇ。……実はその時にいたメイド二人が行方不明になっている」

「――それは」


 イスカの頭に口封じという言葉が浮かぶ。


「……心配ですね。何かされていないと良いのですが」

「ああ。それで今、捜索させている。――そこまで堕ちたと思いたくはなかったがな」


 ラグナの目に冷えた色が浮かぶ。恐らく副団長の事を言っているのだろう。

 今回の騒動に関わっている中で、ノービリス国内で動けるのは誰かと考えたら、彼以外にいないからだ。

 こんな手段はライト家だって取らなかった。イスカやブルーム家はこれまでずっとライト家から絡まれては来たものの、一線だけは越えた事がないのだ。

 それをこうも軽々踏み越えるとは度し難い。


「ちなみにアーリヤ姫は、熱いお茶を淹れたのも全部イスカちゃんの指示で行ったのだろう、とも言っているよ。食べ物に手を出すのはイスカちゃん絶対にやらないのにね」

「はい。ですがその証言に否と言えるのは、私以外だとあのメイドさん達と雷虎だけというわけですね」

「おや、雷虎がいたの?」

「はい。先ほどはどう扱われるか分からなかったので言わなかったのですが。雷虎がずっと一緒にいてくれて、あの騒ぎでちょっとまずいなと思ったので隠れてもらいました」

「なるほど……良い話を聞いた。ありがとう。彼の事も探してみるよ」


 イスカの言葉にニッとラグナは笑う。


「そう言えば私、嫉妬して暴れた事になっているんでしたよね」

「ああ。イスカちゃんは嫉妬しない……っていうか、する必要がないよねぇ」

「そうですねぇ」


 肩をすくめるラグナに、イスカも苦笑しながら頷く。

 リブロがアーリヤに恋情を持っていたら嫉妬するかもしれないが、そんな事はまったくない。

 お互いがお互いを想い合っているので、イスカとリブロの事を知る人間なら「ないだろ」とはっきり断言できるくらいだ。


「警備についていた騎士はグイド副団長の部下ですよね。元々の手配はそうだったのですか?」

「いや、違う。心配だったから騎士団長の目で見て信頼出来る者に頼んでいたんだ。それが……」


 こうなったか、とラグナは息を吐く。


「騎士達は、当日にイスカちゃんから急に時間を変更してくれと押しかけられたため自分達が呼ばれた――って事情聴取の時に言っていたね」

「あ、そんな感じになっているんですね。私の方には警備の都合で時間変更になりましたと連絡が来ました。あれも副団長の部下でしたが、時間が時間だってのでリブロ様に確認する余裕がなくて」

「なるほどね。……ハハ、あー……ずいぶん増長しているようだな」


 ひやり、とラグナが纏う空気の温度が下がる。

 気さくで気の良い性格ではあるが、彼はノービリスの王太子――次期国王となる人物だ。

 それに相応しい冷酷な面も持っている。

 彼は軽く数回頷くと、


「ありがとう、大体は分かった。出来るだけ早く出すから、窮屈だと思うけど、もう少し我慢してくれ」

「お手数をおかけします。……あの、殿下。リブロ様は大丈夫ですか?」

「ああ、めちゃめちゃ怒っているね。アーリヤ姫、逆鱗に触れたの気付いてないんだろうなぁ」

「……そうですか」


 何となくほっとしてイスカは頬を緩ませる。

 するとラグナがにやにやした顔になった。


「あ~、ちょっと嬉しそうな顔をしてる~」

「あ、いや……。ええ、その、嬉しいですよ。自分のために怒ってくれているのは」

「いいねぇ、いちゃいちゃしてて。俺も早くいちゃいちゃしたーい」


 冗談めかして笑いながらラグナは立ち上がる。


「今度、埋め合わせはちゃんとするからね」

「あ、でしたら、リブロ様と少し長めのお休みをいただけると嬉しいです。最近は結構溜め込んでいらっしゃいましたから」

「それまずい奴だわ。分かった、旅行とか行けるように手配するよ」

「ありがとうございます」

「うん。それじゃあ、また後でね」


 ラグナはそう言うと、手を振って部屋を出て行った。




◇ ◇ ◇




 その頃、リブロはクルツと共に、王城の三階にある応接室を訪れていた。

 部屋にはアーリヤと、アーリヤの侍女達とメリッサがいる。

 リブロは彼女達から先ほどの騒動の事情聴取をするためにやって来た。

 なぜリブロかと言うと、最初はファロが担当していたが、リブロじゃないと話さないなどと拒否されたためだ。


 リブロも出来ればアーリヤと接触はしたくない。

 苦手を通り越して最近は嫌悪感も抱いているからだ。

 けれどもイスカの冤罪を晴らすためには必要な事だ。


(イスカ……)


 彼女は大丈夫だろうか。

 こういう事で落ち込むタイプではないが、それでも心配になる。

 疑いが晴れるまでは顔を見に行く事さえ禁止されているのだ。

 会いたい人には会えず、会いたくない人には会わなければならない。

 思わずため息が出そうになるのをリブロは何とか堪えていた。


「ねぇ、リブロ。腕が痛いの、見てくれる?」


 そんなリブロの前で、アーリヤは包帯を巻いた腕をしきりに見せて来る。

 ラグナやファロも言っていたが、やけどを負ったと言っているのは恐らく虚言だろうとリブロも考えている。

 適切に処置できる人間を拒んだ事がそれを物語っていた。

 もし本当にやけどを負っていたら、アーリヤが直ぐに手当てをしろと言わないはずがない。肌に傷が残る事を彼女は良しとしないだろうからだ。

 そんなアーリヤに何も言葉を返さず、リブロは冷めた目を向ける。


「…………」

「ねぇったら! もう、私がこんな目にあっているのに、少しくらい優しくしてくれても良いでしょう?」

「…………」


 それはこちらの台詞だとリブロは心の中で呟く。


「おい、リブロ。対応したくないのは俺にもよーく分かるが、とりあえず会話はしなさい」

「……分かっているよ」


 背後に立つクルツが、さすがにまずいと思ったらしく耳打ちして来る。

 とりあえず気持ちを落ち着けるためにリブロは一度息を吐いた。

 それから事情聴取を進めようとした時、


「まぁいいわ。あなたは私と婚約するしかなくなるんだし。そうなったら、ちゃんと優しくしてよね?」


 アーリヤがそんな事を言いだした。

 これにはリブロとクルツは揃って怪訝そうな顔になる。

 どうしてそういう話になるのか理解が出来ないからだ。


「……あなたと婚約? なぜです?」

「だってあなたの婚約者はトルトニスの姫に怪我をさせたんですもの。ちゃあんと責任を取ってもらわなくちゃ」


 ウキウキした様子で言うアーリヤを不快に思い、リブロは眉をひそめる。


「それならば、私の顔を扇子で叩いた事と相殺になると思いますが」

「あら。でもね、リブロ。私が謝ればノービリスは許さざるを得ないでしょう? だけど私は許さない。許す必要がないわ。跡だって残っているし。それにあの子、最初からずっと失礼なんだもの」


 楽しくて仕方がないとアーリヤは笑う。

 彼女の言葉に、笑い声に、リブロの中でどす黒い沸々した何かが湧き始める。


「ねぇ、リブロ。今回の件でトルトニスはあなたの婚約者を訴えるわ。でもあなたの態度次第では考え直してあげても良いのよ?」

「私の態度ですか」

「ええ。あなたが私の婚約者になってくれれば、お父様には上手く言っておいてあげる。あなたの婚約者が罰せられないようにね。……ねぇ、どう? とっても良いアイデアだと思うの」

「いいわけが……!」


 あのクルツが思わず言い返そうになっていた。

 本当に彼女は人の神経を逆なでするのが上手い。

 これまでずっと自分の要求は全部が通って来たし、通して来たのだろう。

 アーリヤがここへ来た時から見ているが、侍女達も顔色こそ悪いが止める様子がない。

 これがもっと大きな欲になり取り返しがつかなくなった時、果たしてトルトニスはどうするつもりなのか。


 ――まぁ自分には関係のない事だが。


 アーリヤの言葉を聞くたびにリブロの感情がどんどん冷えて行く。

 しかしそんな事など知らずアーリヤは饒舌に語る。


「それに……私の方がずっとあなたと釣り合いが取れているわ。今のあなたたち、並んでいるとどうしても見劣りしちゃうもの。あなたがとっても我慢しているの、分かるのよ?」

「あ、あの、アーリヤ姫様、もう、そのくらいで……」


 リブロの怒りが伝わったようで、メリッサががたがた震えながらアーリヤを止めようとする。

 しかしアーリヤは聞く耳を持たない。


「メリッサ、今は大事なところなの」

「ですが……もうこれ以上は……」


 メリッサは若干涙目になっていた。

 普段のリブロであれば多少は同情心も湧いていたが、今は違う。

 どんな理由や背景があるにせよ、メリッサもイスカを陥れた一人だ。

 止めようとした事だけは評価が出来るがそれだけだ。

 もっとも、止めようとするならばもっと早い段階でそうするべきだが。

 リブロは深くため息を吐いた後、


「……そうですね。もう我慢するのはやめる事にします」


 と言った。自分でも驚くほどに無感情な声が出た。

 その声色にクルツがぎょっと青褪める。

 対照的にアーリヤはパァッと満面の笑みを浮かべ、胸の前で手を合わせた。


「まあ! 分かってくれて嬉しいわ! それじゃあ、早速――」


 そしてそう言いかけた、その瞬間。

 ソファに座るリブロの足元から、ぱきぱきと氷が生まれ始めた。


「……え?」

「――――私はイスカだけがいいのに。いつもいつも、皆、訳の分からない事を言って」


 氷はどんどん広がって行く。


「落ち着け、リブロ!」


 クルツが叫ぶ声が聞こえたが、リブロの耳を通り過ぎた。

 リブロの怒りが魔力に宿り冷気と氷を生み出し続ける。

 そこでようやくアーリヤは状況が悪い事を理解したようで頬を引き攣らせた。


「あ、あの、リブロ……?」

「ふざけるな」


 アーリヤが声を掛けたとたん、リブロを中心に一気に無数の氷の塊が生まれる。

 テーブルが吹き飛ばし、壁や棚を傷つけながら、氷は部屋の中だけに留まらず広がって行く。


「ああ……キレちまった……」


 それを見てクルツは手を額に当てて、呆然とそう呟いた。


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