♯24 どう考えても裏があるお手紙
騒動から数日後、イスカの元にアーリヤ姫から手紙が届いた。
手紙の内容はこれまでの事に対する謝罪だった。
要約すると、
「直接謝らせて欲しいが自分は王城から出られない。ラグナ殿下に許可を取ったので、三日後に王城の庭園まで来て欲しい」
との事だった。
しかもご丁寧に手紙にはメリッサ・ガルム――この国の騎士団・副団長の家の娘の名前も書かれている。
謝罪と言われても、それをそのまま信じるほどイスカは呑気でもお人好しでもない。
アーリヤの言動から考えても確実に裏がある。
一応、家族にもその手紙を見せて感想を聞いたところ、イスカと同意見が返って来た。
ただその手紙にはラグナの名前も記載されている。
もし勝手に名前を使われていたのなら、こちらもだいぶ大きな問題になる。
なのでリブロに確認したところ、彼のところにもラグナから直接話があったそうだ。
「ラグナ殿下がよく許可を出しましたね」
「うん、だいぶしつこく言われたらしいよ。過ちに気付いて反省しているのに謝罪の場も設けてくれないなんて、ノービリスはそんなに私の事が嫌いなのね。お父様が知ったら悲しむわーーというのを捲し立てられたらしい」
「それは謝罪したいと言っている方の態度ではないのでは」
「だよね。三時間毎に言って来たって、胃の辺りを手で抑えながら言っていたよ」
「わあ……」
リブロの話にイスカは乾いた笑みを浮かべた。
謝罪と称するには如何せん攻撃的だし、ここまで押しつけがましい態度もどうかと思う。
結局ラグナが折れる形で謝罪の場を設ける事になったそうだ。
これまでの事を考慮して、厳重に警備した状態でならと、ラグナは渋々許可を出したらしい。
まぁそれはそれとして手紙の内容自体に間違いはないらしい。
けれどもやはり気になったので、イスカはリブロと相談の上、信頼出来る人にも話をしておく事にした。
カメリアとクルツだ。クルツの場合はすでにリブロからも話が行っている。
けれども念のため届いた手紙を見せて、協力を仰いだ方が良いと思ったからである。
「アーリヤ姫がイスカに謝罪? それはまた、ずいぶん早い心変わりね」
「俺もリブロから聞いたが、どう考えても裏があるだろ。ああいうタイプは、よほどの事がない限りは改心なんてしないぜ」
生徒会室を開けてもらい、件の手紙を二人に見せるとそんな反応を返してくれた。
「しかもガルム家がついてるのね……面倒だわ」
カメリアが眉をひそめてそう言った。
イスカとリブロの婚約を解消させたい派のガルム家の事は、カメリアも良くは思っていない。
二人の婚約を解消させようだなんて陛下の決定に異を唱えているくせに、未だに騎士団の副団長にのさばっている神経が分からないとの事だ。
「メリッサ・ガルムか。アーリヤ姫とも一緒にいる姿を俺も見たな」
「この間の騒ぎの時も一緒だったよ。あまり乗り気でもなさそうだったけどね」
「ああ……まぁそういう積極的なタイプではないからな、あの子。大方父親に言われたんだろう。……それにしても、駄目押しのように連盟で手紙を出して来たな」
手紙を読んで、ふむ、とクルツは目を細くする。
「ラグナ殿下が許可を出した理由がこれか」
「だと思うよ」
アーリヤが謝罪の場を設けたとしても、イスカやリブロがそれを受け入れるかは別の話だ。
正式な手続きを経ているのであれば賓客と言う立場になるが、今回の場合、彼女は非公式でやって来た。
急な事だったので受け入れ体制も整っていない。けれどもアーリヤは自分をトルトニスの姫として扱えと当然の顔で言ってくる。
一応は客人として扱うが、それ以上の待遇は難しい。それはトルトニスからにも伝えていて、あちらからは「それで構わない」と申し訳なさそうに返答があったと聞く。
その中で彼女はトラブルを起こした。
イスカが挑発したという部分もあるが、結果として彼女はリブロに怪我をさせてしまっている。
ノービリスに迷惑を掛けている状態でさらにそれだ。
そういうわけで、こちらはトルトニスに抗議出来る立場であって、アーリヤからの身勝手な謝罪を受け入れる必要はない――のだが。
そこにガルム家の名前まで入って来ると話が変わって来る。
ノービリス王国騎士団の副団長の娘が、トルトニスの姫君のために動いたという事実が出来てしまったのだ。
基本的な建前は「両国の友好を崩さないために」あたりだろう。
この状態で謝罪の場を設けたいと言うアーリヤの申し出を拒んだ場合、トルトニスとの友好を蔑ろにしたと吹聴されかねない。
権力者達の中で今まで立場を保って生き残っている家だ。リブロの婚約者になる事を狙っているのならば、その状況を上手く利用するだろう。
「トルトニスとの関係を良くした人間と、わだかまりを残したままの人間。どちらが王族の婚約者に相応しいか――なんて言いそうだなぁ」
「あとは、あれね。グイド副団長って騎士団長になりたがっているって噂じゃない。自分の評価を上げるために利用しそうだわ」
「あー……。あの人、仕事は出来るけどさ。俺は人間的に嫌いなんだよな……」
クルツは頭の後ろを手でがしがしとかきながらため息を吐いた。
「それで指定された場所は王城の庭か。まぁ外には出られないだろうし、人の目はあるが……」
「警備もしっかりつくらしいよ」
「……でもこれイスカは行かない方が良いんじゃない? 謝罪と言うけれど、それを一番受けてもらいたいのはリブロ様にでしょう」
カメリアの言葉は最もだ。
今回イスカは暴言こそ言われたが、リブロが庇ってくれたため怪我もない。
なので手紙は届いたものの、別に謝罪の場には行かなくても構わないのだ。
行かなければ悪く思われはするが、アーリヤやメリッサにとって重要なのは、客観的に考えてリブロから許しを得る事だ。
なのでイスカはおまけである。イスカが許してもリブロが許さなければ彼女達にとっては意味がない。
それをアーリヤが分からないはずがない。だから裏があると疑っているのだ。
何をしてくるか分からないため行かない方が良いのではないかと、イスカは両親からも言われている。
――けれど。
「うん、そうだと思う。だけど私はリブロ様だけを行かせたくない」
何が起こるか分からない、何を言われるか分からない。
だからこそ、そんな場所でリブロを一人にしたくない。
イスカがそう言うとクルツが優しい顔になった。
「あいつの事、心配か?」
「心配だし、大事だよ。だからリブロ様一人に辛い思いをさせたくない。私はリブロ様の婚約者で、家族になるんだから」
「そっか。……ふふ」
ふっとクルツが懐かしむような顔で笑うので、イスカは首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや、お前は変わらないなって。昔さ、リブロが『第三王子』って肩書きしか見ていない奴らに耐えられなくなって、氷の魔術が暴走した事があっただろ?」
「婚約して少し経ってからだったよね」
「そうそう。その時にお前さ、氷の魔術の中に入って行って、リブロに同じ事を言ったんだよ」
そう話すクルツの眼差しはとても優しい。
「あいつ、それがすごく嬉しかったみたいでさ。その後、リブロから何度も何度も聞かされた。耳にタコが出来るかと思ったわ」
ちょっと冗談めかしてクルツは言う。
その話をイスカは初めて聞いた。イスカの知らないリブロの姿に、ふわりと胸が温かくなる。
「それからずっと、あいつはイスカしか見ていないんだ。あの時、あいつの目に映る世界が変わったんだろうな」
「フフ、そうね。その話、私も聞いたわ」
「えっ、カメリアも?」
「そーよ。まぁ私は自分で情報を集めたんだけどね。他の人たちはリブロ様が欲しいって言っているわりに、結局なーんにも見ていないのよ」
困ったものねとカメリアは笑う。
それから二人は「さて」と立ち上がった。
「何をやからそうとしているか知らないが、うちからも根回ししとくわ」
「私もどこまで話が広がっていそうか情報を集めておくわ。まかせといて」
クルツとカメリアはニッと笑って胸を叩いた。
「ありがとう、クルツ、カメリア。この恩は必ず返すから」
「んふふ、いーわよ。だって親友じゃない」
「そうさ、気にすんな。あ、でも、何かあったら頼むわ」
「もちろん」
二人の心遣いに励まされながら、イスカも笑い返したのだった。
 




