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♯23 守りたい/守られたい


 保健室でリブロの傷の手当てをしてもらった後、二人は学園の中庭に置かれたベンチに腰かけていた。

 イスカは彼の頬を見ながら失敗したと反省する。

 あの場にリブロがいなかったから、まさか駆けつけて来るとは思いもよらなかったからだ。

 イスカが守るべき方を傷つけてしまった。後悔がじわりと胸に広がる。


「リブロ様、お願いですから無茶はしないでください」

「おや、私だけじゃないでしょう。イスカ、君、わざと叩かれようとしたね」


 するとリブロから少し怒った眼差しを向けられてしまった。

 どこから見ていたのだろうか、彼にはバレてしまっているようだ。


「アーリヤ姫の行動を制限するには良い口実かなと思いまして」

「まぁ、それは確かにね」

「……ですがリブロ様が庇ってくださるのは予想外でした。お怪我をさせてしまって、申し訳ありません」


 少しだけ気落ちしながらイスカが謝罪すると、リブロは目をぱちぱちと瞬いたあと小さく笑う。


「私だって君を守りたいからね。たまたま見かけて、間に合って良かったよ。ねぇイスカ。あんなもので叩かれて、君の顔に傷が残ったらどうするの」

「怪我自体はわりとしていますが」

「そうだけど、そうじゃないんだよ」


 リブロはイスカの頬にそっと手を当てる。ちょうど扇子が当たっていたであろう側の頬だ。

 すり、と撫でられる。ほんの少しくすぐったい。


「怒ってらっしゃいます?」

「怒っています」


 イスカが聞くとリブロは大きく頷いた。


「……リブロ様が疲れてらっしゃって心配だったので、心労を減らせるかなと思いまして」

「そのために君が怪我をするのは嫌」


 きっぱりと言い切られてしまった。

 ダメではなく嫌と言われてしまうと、行動を控えねばならない気持ちになる。


「……申し訳ありませんでした」

「もっとくだけた言い方して?」

「ごめんなさい」

「はい、受け取りました」


 そう言うとリブロはにっこり笑った。機嫌も直ったようだ。

 彼は名残惜しそうにイスカの頬から手を放す。


「私のせいで、君に怪我がなくて本当に良かった」

「挑発したのは私ですから。それに怪我をしても、責任を取ってくださるでしょう?」


 何となく夜会の時の事を思い浮かべてそう言うと、リブロは目を丸くした。

 それから彼は嬉しそうにくすくす笑う。


「もちろん。君への責任なら全部取るよ」


 そのまま二人で見つめ合っていると、


『……あ~ゴホンゴホン。そろそろ我、出て来ても良いかの?』


 ベンチの後ろの方から咳払いが聞こえて来た。

 雷虎だ。

 彼はひょいと跳躍すると、イスカ達の間にするりと滑り込んで来る。


「あ、雷虎。今日はどこへ行っていたの?」

「カフェテリアで肉を貰っていたところなら見たかな」

『むう、反応が薄い。からかい甲斐のない奴らめ』


 イスカとリブロがそう言うと、雷虎はちょっと面白くなさそうにそう言った。

 もう少し別の反応を期待していたらしい。

 雷虎はそのままイスカの膝の上に乗って丸くなる。


『それにしても人間の嫉妬は怖いなぁ』

「君、どこから聞いていたの?」

『最初からじゃな! 外出禁止を言い渡されておるトルトニスの娘が、こんなところを歩いているのを見かけたものだから、ちょっと後をつけてみたんじゃ』


 ふふん、と雷虎は自慢げに言う。


「私達に知らせてくれたら良かったのに」

『我が知らせたところで、到着するまで時間が掛るだろうて。何かあったら助けてやろうと思ったのじゃが、我より先にリブロが飛び込んでいったからの』


 リブロを見上げてニヤリと雷虎は笑う。

 やるではないか、とでも言っているような眼差しだ。

 それから雷虎はちょこんと首を傾げた。


『しかし不思議じゃのう。イスカとリブロは婚約しておるのだろう? お互いに嫌がっておるわけでもないのに、どうしてそこの間に入れると思うんじゃろうな』

「本当だよ。私はこんなにイスカの事が好きなのに」

「私もリブロ様の顔も中身も大好きなのに」

『ハッハッハ。いちゃいちゃしよる』


 二人の言葉に雷虎は声を上げて笑う。

 ひとしきり笑い終えると、彼は目を柔らかく細める。


『じゃが、よく守ったと思うぞ。男前になったじゃないか、リブロ』

「――――」


 するとリブロは目を見開いた。

 雷虎からそんな風に褒められるとは思わなかったのだろう。 

 彼は怪我をしていない方の頬を指でかきながら、


「……ありがとう、雷虎」


 少し照れたようにそう言ったのだった。




◇ ◇ ◇




 それからしばらく経った後。

 王城に連れ戻されたアーリヤは、あてがわれた客室でメリッサや侍女相手に愚痴をこぼしていた。

 先ほどまで一緒にいた女生徒達は王城に到着したとたんに、そそくさと帰ってしまっている。

 残ったのはメリッサだけだ。


 ――正確には残らされたという方が正しいが。


 王城に到着すると、その異様な様子を見かけてか、騎士の誰かが騎士団の副団長である彼女の父親を呼びに行ったらしい。

 そこでやって来たメリッサの父は彼女に「アーリヤ姫様と一緒にいてあげなさい」と告げたのだ。


(私も帰りたかった……)


 声に出すわけにはいかないので、メリッサは心の中だけでそう呟く。

 もともとメリッサはこういう派手な立ち回りを好むタイプではない。

 図書館や自室で本に囲まれて静かに過ごす方が好きで、気だって弱い方なのだ。

 それなのに父親がリブロの気を惹いて来いだの、アーリヤと仲良くしろだのと言ってくるから、仕方なくそうしていた。


 それでもライト家のアンジェリカがいた頃は良かった。

 ライト家はリブロとイスカの婚約を解消せようとする者達の筆頭だった。

 だからアンジェリカ積極的にリブロに向かって行ってくれている間は、メリッサは比較的穏やかに過ごす事が出来ていたのだ。

 なのに最近そのアンジェリカの様子がおかしくなってしまったために、自分がその役割を担う事になってしまったのである。


 普通に考えてまとまっている婚約に横槍を入れるなんて在り得ない事である。

 周囲からの評判だって悪くなる一方だ。

 なのに父は、


「政略結婚とはそういうものだ。そもそもお前は私の娘だ。相手を蹴落とすくらいの気概がなくてどうする」


 なんて無茶苦茶な事を言ってくる。困った話だ。

 だってメリッサは、周りを蹴落として婚約者の座に就きたいと思うほどリブロの事が好きではない。


(リブロ様とイスカさん、お似合いだもの)


 何なら遠くからそっと見守っていたいくらいだ。

 けれども父は聞く耳をもたない。母がやんわり止めてくれたってそうだ。

 そしてメリッサは父に逆らう事が怖かった。

 今だって父の指示でアーリヤの傍についている。正直メリッサは、わがままで誰彼問わず当たりの強いこの姫の事が少々苦手だった。


(憂鬱だわ……早くトルトニスのお迎えの方が来てくれないかしら……)


 うう、と暗い気持ちになっていると、


「ああ、もう、失敗したわ。せっかく抜け出して学園に行ったのに、これじゃ逆効果じゃない。本当に邪魔ね、あの女! そう思わない?」


 アーリヤに同意を求められた。

 求められても困る。


(邪魔をしているのはアーリヤ姫なのだけど……)


 ……と言葉に出来れば楽なのだが、言うわけにいかず。

 メリッサは、


「え、ええ、そう……ですね……」


 若干引き攣った笑顔を浮かべ、相槌を打った。

 するとメリッサの機嫌が少しだけ良くなる。


「そうでしょう? もう、本当に信じられないわ。あなた以外はあっと言う間にいなくなってしまったし。皆、冷たいわね」

「…………」


 アーリヤは口を尖らせる。ほんの少し寂しそうな口調だった。

 彼女の言葉にメリッサは『それは確かに……』と思った。

 女生徒たちは自分達の欲のためにアーリヤの傍に集まっていた。だからこそデメリットが強くなったとたんに離れて行ったのだ。

 メリッサだって帰りたいと思っていたが――ほんの少しだけアーリヤがかわいそうにも思えてしまう。


「あ、あの、アーリヤ姫様……」

「でもどうしようかしらね。このままだとリブロに嫌われてしまうわ」


 何か声を掛けた方が良いだろうか。

 そう思った時アーリヤはそう言った。


(それはちょっとポジティブ過ぎだと思うのだけど……)


 嫌われてしまうではなく、メリッサの目から見てもすでに嫌われていると思うのだが。

 メリッサが知っている限りでは、アーリヤはリブロに好かれる行動をまったく取っていない。

 これはリブロが苦労するのも分かるな、とメリッサは思った。

 

「あーあ、私もあんな風に、リブロに守られてみたいものね。……うん? 守る? …………ああ、そうだわ。良い事を思いついたわ」


 ぶつぶつと独り言を呟くアーリヤだったが、ふと、彼女の口が弧を描いた。

 何かを企んでいる顔だ。

 嫌な予感を察知したメリッサは立ち上がり、


「あの、姫様。それでは私はそろそろ……」


 と帰ろうとした時、アーリヤに手を掴まれた。

 ひく、とメリッサの頬が引き攣る。


「ねぇメリッサ。ちょっと協力してくれないかしら?」

「きょ、協力……?」

「ええ。あなたに面白い魔術を教えてあげる。だから、ちょっとだけイタズラ(・・・・)に手を貸して欲しいの」


 ぜったいに『イタズラ』なんてかわいい言葉では済まない。

 メリッサにはそれが分かったが、アーリヤの手を振り払う事も出来ず。

 だらだらと冷や汗を流しながらメリッサは彼女の『イタズラ』の内容を聞く羽目になってしまった。


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