♯21 招かれざる客
「リブロ! 会いたかった!」
イスカ達が応接室に入ったとたん、弾んだ声が聞こえて来た。
声の方へ顔を向けると、褐色肌に星の煌めきを宿したような長い銀の髪を揺らし、異国の装束を身に着けた少女がリブロに向かって駆け寄ってくる。
気の強さがそのまま美しい顔に出たようなこの少女は、トルトニスの第四王女アーリヤ・ウル=アザリー・トルトニス。歳はイスカと同じ十七歳だ。
アーリヤは喜色をあらわにしながらリブロに抱き着いてこようとする。
「これはどうも、アーリヤ姫」
リブロはサッとそれを避けてイスカの肩を抱き寄せると、淡々と挨拶を返した。
また同じ事をされないようにだろう。アーリヤはムッと口を尖らせる。
「あん、もう。つれないわね」
「私には愛しい婚約者がおりますので、そういう真似は今後やめてくださいね」
リブロは顔に笑顔を貼り付けてきっぱりと拒否を示す。
その言葉にアーリヤの目がイスカに向けられる。初めて気づいたというよりは、意図的に無視していたという風が正しいだろう。
彼女は金色の目を不快そうに細めた。
「婚約者? ……ああ、あなた」
「お久しぶりです、アーリヤ姫。いつもお美しいですね」
「ええ。月の君の隣に並び立つために、日々のお手入れを欠かさないもの。あなたも変わらないわね。努力もせずに、まだみっともなくリブロに付きまとっているの?」
アーリヤはイスカの頭のてっぺんから足の先まで値踏みするように見てそう言った。
相変わらず自分の感情に正直な人である。
向けられたストレートな嫌味にイスカがそんな事を思っていると、リブロとファロの笑みが深まった。怒っている。
「彼女ではなく、私がイスカに付きまとっているのですよ。彼女に嫌われたくなくて必死なんです」
「あらあら、リブロは真面目ね。でも私、報告を受けているのよ? この子がうちの留学生と、いちゃいちゃしているって」
「いちゃいちゃ……?」
するとその場にいたノービリス側の人間が「いや、まったく違うけど……」と言うように揃って首を傾げた。
留学生とはカルロ・ヴァンの事だろう。事情聴取中の彼の態度から考えるに、適当なタイミングでやや雑な現状報告をしていたようだ。
アーリヤはこちら側のその反応を、どうやらプラスに解釈したようで口の端を上げる。
「不誠実よね、この浮気者。ねぇリブロ、こんなにひどい婚約者なんてとっとと捨てて、私とお付き合いしましょう? その方がお互いの国のためにもなるわ」
「……………」
ころころ笑うアーリヤの言葉にリブロの表情が消える。
ここまではっきりと自分の要求を告げられる度胸はある意味で凄いが、これでは外交関係は大変そうだ。
(それにしてもアーリヤ姫の付き添いの中に、誰も止める人はいないのか)
視線だけ動かして彼女の侍女や護衛へ目を向ける。
一人二人は不安そうな顔をしているが、ほとんどがアーリヤのご機嫌を取るように愛想笑いを浮かべていた。
この振る舞いを良しとするのがトルトニスの流儀であれば、王太子のラグナが即位した時に、関係が見直されそうだとイスカは思う。
(……おや?)
そうして見ていると、不安そうな顔をしている侍女の中に、ふと既視感を感じた。
顔立ちがカルロ・ヴァンに似ている。もしかしたら彼女が彼の姉だろうか。
ふむ、と思いながら見ていると、
「お断りします。私の大事な婚約者に向かって、そのような暴言を吐く方を好きになるわけがないでしょう。それに……」
先ほどのアーリヤの言葉に対する返事をしたリブロは、途中でいったん言葉を区切ってイスカの方を見てくる。
そのまま、ぐい、とより強く抱き寄せられた。
おや積極的、なんて呑気な感想を抱きながらイスカはリブロを見上げる。目が合うとリブロはにこっと微笑んだ。
「国のためになるかならないかは、他国のあなたが判断する事ではありません。それに私はなると思っていますよ」
「あ、あら……リブロは本当にお堅いのね。そういうところも素敵よ」
アーリヤに一切の興味を示さないリブロに、彼女は少し動揺した様子だった。
やや頬を引き攣らせながら何とか笑顔を取り繕っている。
これはなかなか良いカウンターが入ったようだ。
リブロはそのままファロの方へ顔を向ける。
「ファロ兄上。これ以上ここにいると失態を犯しそうなので失礼しても?」
「ああ、いいよ。悪かったねリブロ、それにイスカちゃんも。後はこちらでやっておくから」
「え? いやよ、私、リブロとお話がしたいわ」
「君がお話をしないとけいないのは今後についてだよ」
ファロはげんなりとした様子で、ハァ、とため息を吐いた。
リブロがいなくなると騒ぐだろうが、いたらいたで話がまったく進まない。
なのでファロはリブロの頼みを了承したようだ。
リブロはファロにお礼を言うと、イスカと一緒に部屋の外へ出る。
「あっ、ちょっと、リブロ! ねぇ、まだ私は話が終わっていないわっ!」
ドアを閉めてもそんなキンキンした声が聞こえて来て、リブロは頭が痛そうだった。
そのまま声が聞こえなくなる場所まで歩いて行くと、
「……ごめんね、イスカ。酷い言葉を聞かせた」
足を止めて、リブロが落ち込んだ様子でそう言った。
「なかなかパンチが効いていましたが、特に気になりませんよ。大丈夫です」
「私が気にするよ。……ごめん」
アーリヤの口から出た言葉は彼女自身が責任を持つものであって、リブロが謝る必要など何一つない。
――けれども彼は責任感が強くて優しいのだ。
特にイスカに関わる事に対しては、彼は自分の事のように受け止めて傷ついてしまう。
「私はあなたにそんな顔をさせてしまった事の方が気になります」
イスカはリブロの頬を、自分の両手でそっと包み込む。
少しだけ冷えている様だった。
そのまま顔を覗き込む。
「……大丈夫ですか?」
「……うん。イスカがいてくれるから、私は大丈夫」
リブロはふんわりと微笑みを浮かべる。
儚くて、消えてしまいそうな笑顔だった。




