♯20 魅了の魔術はそのままで
さて、カルロ・ヴァンを捕まえたのならば事情聴取である。
カルロとその首に抱き着いて離れないアンジェリカを王城へ連れて戻ると、イスカ達は早速彼から話を聞く事にした。
「あ〜あ、ついてねぇの。魅了の魔術には自信があったんだけどな~」
先ほど素の口調が出たカルロは、すっかり開き直って猫を被るのをやめたようだ。
これまでの丁寧な態度を放り投げ、粗暴な口調になっていた。
「……ところで、なぁ、そろそろこのお嬢さん、何とかしてくれない?」
魔術封じをつけて拘束し椅子に座らせた彼は、未だ抱き着いているアンジェリカを顎で指して言った。
ちなみにリブロの指示で魅了の魔術は解いていない。
なのでアンジェリカは相変わらずカルロにメロメロになっていた。
「もう、お嬢さんだなんて! いつも通りアンジェって呼んでくださいですの!」
「愛称で呼んだ事、一度もないんだけど!?」
「照れ屋さんですのね……!」
「くそ、話が通じねぇ……!」
思い込みが激しいのは健在のようだ。思わずイスカとリブロは苦笑する。
するとカルロがこちらを睨んで来た。
「ちょっと、何でこのままにしてんのよ、もういいだろ」
「この方が罰になりそうだからだよ」
「いや、アンジェリカの方にも罰じゃん。ライト家のお嬢さんだろ。婚約の申込みが来なくなるぜ」
「若干手遅れかな。というわけで二人に対しての罰だよ」
リブロは良い笑顔でさらっとそう答えていた。
その笑顔に今まで積もり積もった鬱憤が感じられる。
これで少し発散出来ているなら良かったなとイスカは思いつつ、
「アンジェリカさんの顔はそんなに知られていないから、街の人には『誰だか知らないけれど仲が良い恋人同士だな』くらいにしか思われていないと思うので大丈夫ですよ」
とフォローした。
「いや、大丈夫の使い方おかしくない? まったく大丈夫じゃなくない? この状態で王城に入った時点で色々とまずくない?」
それからカルロはアンジェリカを見た。
彼と目が合うとアンジェリカはにこっと笑い返していた。
それを見てカルロは、うっ、と軽く仰け反って、
「……まぁ、うちのお姫サンと違って、裏工作しそうにないからいいけどさぁ」
そして諦めたようにハァ、とため息を吐いた。
「それで俺は何を聞かれるんだい?」
「魅了の魔術の件と、雷虎の時の炎の魔術の件だよ。あれはどういうつもりでやったんだ?」
「聞かなくても分かるでしょうよ。うちのお姫サンから頼まれたんだよ」
カルロはニヒルな笑みを浮かべる。
彼の言った通り、確かにイスカ達はトルトニスの姫君――アーリヤ姫が関係しているだろうなとは想像していた。
けれどもこの男が意外とあっさりと白状するものだから、言葉に裏があるのではないかと少し警戒してしまう。
「理由は?」
「分かるだろ、イスカ・ブルーム。うちのアーリヤ姫はリブロ様に惚れているんだよ。だから邪魔なあんたを引き離したかった」
「それでイスカに付きまとっていたと?」
「いつもは魅了の魔術でイチコロなんだけどな~。効きが悪くて参ったよ」
カルロは悪びれもせずそう答える。
魅了の魔術自体は掛けられていたっぽい、という事はイスカも分かった。
けれどもイチコロと表現するにしては効力が弱過ぎる。
「それにしてはアンジェリカさんに魅了の魔術が掛ってしまった時に、調整に失敗したと言っていなかった?」
イスカが追及すると、カルロはうっと言葉に詰まった。そのまま視線を彷徨わせている。
(やはりそれほど強く掛けようとしていないな)
もともとイスカには精神に作用する魔術は効かない。
しかしそれをカルロは知らないはずだ。
だから彼の目的がイスカとリブロの婚約解消だとすれば、もっと強く魅了の魔術を掛けるはずなのだ。
(それをしなかったとすると、もしかして本意ではない?)
パフォーマンスにしては派手だし、かと言ってアーリヤ姫に心酔して行ったというわけでもなさそうだ。
とすると以前に考えた懸念が浮かんでくる。
「今回の件、君のお姉さんとアーリヤ姫に関係がある事じゃないの?」
だからイスカはカマをかけた。
するとカルロの表情が目に見えて変わる。表情が消え、その目に警戒の色が強く現れた。
「……あんた、何を知っている?」
――やはり。
この反応を見る限り彼は姉のためにこれをしたのだろう。
アーリヤ姫に脅されているか何かされている可能性が高い。
イスカは軽く頷くと、
「君のお姉さんがアーリヤ姫の侍女だって事くらいだよ」
と答えた。するとカルロは怪訝そうな顔になった後、誘導尋問だという事に気付き顔を顰めた。
「普段さらっとしている癖に、そういう事するぅ?」
「君に言われたくないけどね。それでアーリヤ姫に何をされているの?」
「…………」
イスカの問いかけにカルロは苦い顔のまま沈黙する。
じっと言葉を待っていると、
「話したところで何も意味はねぇだろう」
と低い声で言った。
「どうだろうね。情状を考慮して、こちらでの罪が軽くなるかもしれないよ」
「ハ、そいつはありがたい話だね! ……だけど俺の罪が軽くなったところで、姉さんがどうにかなるわけじゃねぇよ」
カルロはそう言って目を伏せた。
(これは結構根深い問題がありそうだ)
事情は分からないが、カルロの行動が姉のためという事は確定だろう。
これも演技なら大したものだが、その嘘を吐いたところでアーリヤ姫の心象が良くなるわけではない。
今の彼が出来るのは、発言で自分の身を守るかどうかだ。
「リブロ様、どうします?」
「彼の件についてはいったん保留だね。ひとまずアーリヤ姫の指示という事ならトルトニスに抗議はするよ」
「あ~、そいつはちょっと遅かったんじゃないかな」
するとカルロがそんな事を言いだした。
リブロが眉をひそめて「何?」と聞き返すと、そのタイミングでドアがノックされた。
「リブロ、僕だよ」
「兄上? どうぞ」
声の主はリブロの兄のファロだ。
リブロが促すとドアが開き、中へ入って来る。
「どうしました?」
「リブロ、困ったことが起きた。……アーリヤ姫が来た」
「えっ」
イスカとリブロは目を見開いた。
カルロが「あ~お早い事で……」なんて呟いている。
「そんな話は来ていなかったよね?」
「うん、もちろん非公式」
ファロが頭の痛そうな顔でハァとため息を吐く。
この分だとカルロが騒ぎを起こしている前提でやって来たのだろう。
あちらへ情報がどの程度まで届いているかは分からないが。
「トルトニスにはすでに連絡を入れているよ。直ぐに迎えを寄こすそうだ」
「しばらく面倒を見てくれと言われなくて良かった」
「本当にねぇ。それされたら叩き出したいところだったよ」
人当たりの良いファロにしては珍しく、なかなか辛辣な事を言っている。
アーリヤは以前に一度ノービリスへやって来ている。
イスカは姿を見て少し挨拶したくらいだが、リブロの婚約者だと知ったとたんに結構な勢いで絡まれた。
なのであまり関わらないようにリブロ達が配慮してくれたのだが、その間、姫の相手が大変だったとイスカは聞いている。
この顔を見ると相当な状況だったのだろう。
「……だけど一応は他国の姫だ、無下には扱えない」
それからファロはとても言い辛そうに、
「悪いんだけど、顔だけ見せてやってくれないか? リブロに会わせろと騒いでいて、連れて来た侍女やうちのメイド達に当たり散らしているんだ」
「……!」
ファロの言葉にカルロが反応をしたのが分かった。
彼の姉が同行しているかは現時点では分からないが、この分だと普段もそんな扱いを受けているのだろう。
「……本当は嫌だけど分かった。その状態を放ってはおけないから」
「ごめんな。お前が本当に嫌っているのは私達も知っているから。なるべく接点を減らすように心がけるよ」
「うん。ありがとう」
疲れたようにリブロは笑う。
……ここ最近、色々でだいぶ我慢しているから、精神的に辛いのだろう。
イスカはリブロの隣に並ぶと、その背中にそっと手を添える。
「イスカ?」
「行きましょうか」
「……うん」
するとリブロがホッとした顔になった。
こういう顔もイスカは好きだけれど。
けれども、こういう疲れた顔で笑うような事には、出来るだけさせたくなかった。




