♯19 想定外の乱入者
適当に街を歩いて回ったが、カルロは魅了の魔術を使ってくる様子がなかった。
これは気付かれていたかなと思いながら、イスカとカルロは並んで、カフェのテラス席に座った。
イスカとカルロの前には、リンゴジュースとコーヒーがそれぞれ置かれている。
それを飲みながら二人は今日の話をしていた。
「今日はありがとうございました。おかげで材料を揃える事が出来ました。これでお菓子作りに挑めそうです」
「いえいえ、お役に立てて何よりです。リブロ様は本当に愛されていますね。羨ましいです」
イスカがお礼を言うと、カルロからはそう返って来た。
「カルロさんはトルトニスにそういう方はいらっしゃいませんか?」
「いませんね。僕、モテないんですよ」
「おや、意外」
そこは本当にそう思ったので、イスカは目を丸くする。
今までのイスカへの態度が演技だと仮定しても、あれだけマメに色々出来るのだ。
それを好きな人に対して向ければ、モテそうなものなのだが。
「そう思っていただけて嬉しいです。……その、僕の言動って、何だかうさんくさいって思われるみたいで。普段の行動が悪いんですかねぇ」
(まぁ魅了の魔術を使っていたら、それはそうかな)
言葉にはしなかったがイスカは心の中でそう呟いた。
もっとも魅了の魔術自体が使えたとしても、それを公言すればあまり良い反応は得られないので、黙ってはいるだろうけれども。
精神に作用する魔術を使うならば、周囲の反応も想像しなければならないのが、取り扱いが難しいところでもある。
「……あの、イスカさん。あなたはリブロ様の事をどう思ってらっしゃいますか?」
「好きですし、大事な方ですね。お互いに良い関係を築けているとも思います」
カルロの問いにイスカは即答した。
この質問自体はこれまでにも何度も聞かれた事がある。
その度にイスカははっきりと本心を答えている。
しかし、
「無理をされてらっしゃいませんか?」
――その後に、こう続く事も多かった。
「どういう意味でしょうか?」
「リブロ様と婚約した事で色々な人達から、あなたは辛く当たられているのではありませんか?」
カルロの言葉に、夜会での事を言っているのだなとイスカは察した。
色々な人がと言うよりは一部の人達ではあるのだが、リブロと婚約した事について嫌味を言われる事はそれなりにある。
ブルーム家の人間なのに魔術が使えない出来損ない、という言葉を濁して彼らはイスカやリブロに言ってくるのだ。
イスカは「だからどうした」とまったく気にならないが、リブロが不快に受け止めているので止めて欲しいなぁという気持ちはあった。
(そもそもその内の一人は、あなたが原因なんだけどな)
イスカの頭にアンジェリカの顔が浮かぶ。
彼女はリブロが婚約を解消したがっているとカルロから聞いたと言っていた。
カルロもその辺りを「噂を真に受けて」と前置きはしていたが、ある程度は認めているのだ。
その上でこの発言が出来るならば、彼がうさんくさいと言われている理由も何となく分かる。
「大した事ではありませんし、特に気にもならないですよ」
「いいえ、気にならないはずがありません。水滴だって時間をかければ石を削るように、どんなに大丈夫だと思っていても悪意は必ず、あなたの心を傷つけます。……僕はそれが心配なんです」
カルロは目を伏せてそう言うと、テーブルの上で組んでいたイスカの手を両手で握った。
お、とイスカは思った。これは来るかもしれない。
「僕はあなたを助けたいんです。……あなたが傷つく姿を見るのは耐えられない」
「カルロさん……」
(……そこまでの感情を抱いて貰うほどの時間や出来事を、彼と過ごした覚えはないのだけど)
カルロの熱のこもった言葉を向けられているものの、イスカは何とも複雑な気持ちでそれを聞いていた。
ちょっとその流れは無理があるのではないだろうか。
まぁ、このまま魅了の魔術を使いそうな様子なので、何か言うつもりもイスカにはないのだが。
そうしているとだんだんカルロの顔が近付いて来た。イスカも同じ速度で上半身ごと頭を後ろにそらしていく。
するとカルロの目がピンク色に光り始めた、
――その時だ。
「は、は、破廉恥ですわーッ!!」
突然、近くから悲鳴のような声が聞こえたかと思うと、何者かが間に飛び込んで来て、
ガッ、
とカルロの手を両手で掴んでイスカの手から引き離す。
「わっ」
「な、何だっ!?」
反射的にイスカとカルロはその人物の方を向く。
そこにいたのは、
「アンジェリカさん!?」
必死な顔のアンジェリカ・ライトであった。
なぜ彼女がここに。
というか見張りの人はいたはずだけど、止めなかったのだろうか。
イスカが若干混乱していると、
「あ、マズ……!」
カルロの口から焦ったような声が響く。
イスカがハッとしてそちらを見ると、カルロとアンジェリカの目が合うのが見えた。
握った手。
お互いの視線が合う。
「あ」
イスカがポカンと口を開けた。
魅了の魔術の条件が揃ってしまっている。
「だめですわ、カルロさん! イスカさんにはリブロ様という方がおりますの! なのにデートに誘って見つめ合うだなんて、そんな……そんな……」
怒っていたアンジェリカの様子にだんだん変化が訪れる。
視線はカルロを向いたままだ。彼女の目にもカルロと同じピンク色の光が灯っている。その光がハートマークに見えるのは気のせいだろうか。
ひく、とカルロが頬を引き攣らせた。
「ああ、私、どうして気付かなかったのかしら。近くに、こんなに素敵な方がいたのに……」
「あの、いや、えっと……アンジェリカ……さん……?」
「カルロさん、私と結婚してっ!」
そしてアンジェリカはカルロの首に勢いよく抱き着いた。
ひい、とカルロが青褪める。
「いや、ちょっと、あの、アンジェリカさん!?」
「好き! かっこいい! 素敵! 今すぐお父様に会いに行きましょう? カルロさんを紹介したいですの!」
「突然現れた男に『はいそうですね』って言う父親はいない……っていうか、落ち着け! 離せって! ちょっと! 途中で飛び込んで来たから調整失敗した、くそ! はーなーせー!」
「ワイルドな口調もかっこいいですの! 好き!」
すっかり口調の崩れたカルロと、ポジティブに解釈するアンジェリカ。
どう見ても魅了の魔術にかかったと見て間違いがないだろう。
あらまあと思っていると、鞄からごそごそと雷虎が顔を出した。
『イスカ、そやつじゃ。我に炎の魔術を食らわせた奴と、同じ魔力で魔術を使っておった』
「そっか。ありがとう雷虎。窮屈な思いをさせてごめんね」
『良い良い。……しかし何とも妙な状況になったの~』
雷虎はひょいとテーブルの上に飛び乗って、目の前のカルロとアンジェリカを眺める。
カルロは自分に抱き着くアンジェリカを必死の形相で引き剝がそうとしていた。
「はーなーれーろー! くそ、見た目のわりに力が強い!」
「鍛えましたの! だから離しませんの! 好き!」
「……思ったのと違ったけど、まぁいいか」
『想定外の事態に弱いとは、お粗末じゃのう』
ふん、と鼻を鳴らす雷虎に小さく笑うと、イスカは立ち上がって見張ってくれている人たちに伝わるように手を振る。
それからカルロを見下ろして、
「それではお話を聞かせていただきましょうか、カルロ・ヴァンさん?」
とにっこり笑うと、カルロは先ほど嫌そうに顔をしかめた後、
「ああもう、最悪だよ……」
と項垂れたのだった。




