♯18 カルロ・ヴァンとの待ち合わせ
数日後の休日。
イスカはフォースター公園で、とある人物と待ち合わせをしていた。
今日のイスカはブラウスにロングスカートという大人しめな装いだ。リブロと出かける時よりはお洒落が控えめでもある。
(もうそろそろかな)
そんな事を思いながら時計を見上げていると、持っていた鞄がごそごそと動いた。
『一度入ってみたかったんじゃが、鞄というものはなかなか居心地が悪いのう』
そして中からちょこんと雷虎が顔を出した。
若干不満そうな顔だ。まぁ、そうは言われても鞄である。小動物を入れて移動するために作られたものではない。
「不自然じゃないサイズの鞄となると、この大きさが限界だったんだよ。後で美味しいお肉届けるから我慢してて」
『仕方ないのう』
尊大な態度の雷虎に、イスカは苦笑ながら指でそっと撫でる。
そうしていると、
「イスカさん、お待たせしました」
という声が聞こえて来たものだから、イスカはハッとして雷虎を鞄の中に押し込んだ。
むぎゅ、という小さな声が雷虎の口から零れる。
(あ、ごめんっ)
そうは思ったが声に出すわけにもいかず。
そのままイスカは何事もなかった顔で声の方へ振り返る。
するとそこには、
「いえ、時間通りですよ、カルロさん」
――カルロ・ヴァンの姿があった。
数日前、カルロにいかにして魔術を使わせるかを考えて、真っ先に浮かんだのが魅了の魔術だ。
しかしカルロがどのタイミングで使ってくるか、というのは分からない。
ならばどうするか。そう考えて、分からないならばその機会を作れば良いとイスカは考えた。
これまでに何度か魅了の魔術らしきものを掛けて来ようとしているのだ。
ならばカルロ・ヴァンと二人で出かけていれば、その確率も上がるのではないかと思い、イスカはリブロに相談したのである。
しかし幾ら魅了の魔術が効かないとは言え、その様子を誰かに見られたら騒ぎになるし、もっと言えば騒ぎを起こされる。
なので予め両陛下を含めて、信頼できる者達には先に根回しをしておいた。
これはリブロが相当張り切っていて、
「それを理由に婚約解消を推し進める人がいますから。絶対に。そうなったら私は暴れます」
「いや、あの、リブロ?」
「暴れます。ええ、それはもう。あちこちで魔術セメント祭りです」
と良い笑顔で宣言していたそうだ。
その現場をイスカは見ていないが、同席していたクルツが、
「幼少からリブロを見ている連中が『こいつ必ずにやるな……』と確信をもった顔をしていたよ」
と遠い目で言っていた。
とまぁそんな調子で今日の準備を整えてカルロを誘ったというわけだ。
ちなみにカルロに伝えた表向きの理由は二つ。
先日、カルロからいただいたパウンドケーキのお礼。
もう一つはそれが美味しかったので、リブロに作ってあげたいから材料を用意するのを手伝って欲しい、というものだ。
ほどほどに自然な理由なのではないかなとイスカは思う。
(ただ、単純に信じるような相手でもない気もするかな)
何だかんだで上手く動いているように思える人物だ。
ある程度は気を付けていた方が良いだろう。
まぁこちらには魔術の判別に同行してくれている雷虎もいるし、離れた位置でこちらを見張ってくれている者達もいるので、イスカも少々気は楽だが。
「…………」
そんな事を考えていると、カルロが自分をじっと見つめている事にイスカは気付いた。
彼は手で口を押えて、視線を彷徨わせている。
(何だろうか、この反応は)
イスカは首を傾げる。
「どうしました?」
「えっ、ぁの、いえ……イスカさんが、その、かわいいなって」
そしてそんな事を言い出した。
ちょっと頬を赤らめている。なかなかの演者だなとイスカは思った。
とりあえずにこりと微笑みを返して、
「ありがとうございます。カルロさんも学園の制服姿とは違って新鮮ですね」
と言うと、
「あ、いえ、そんな。……嬉しいな、ありがとうございます」
とカルロは言った。
その後、カルロはじっとイスカを見つめて来る。
(おや、これは早速来るかな?)
カルロが魅了の魔術を使う時に、恐らく対象の目を見つめて手を握る必要がある。
その流れかな、とイスカは思っていたのだが、
「それじゃあ、行きましょうか!」
――どうやらまだのようだ。
にこりと笑ってカルロはそう言った。
先日の雷虎との戦いを見られていたら、もしかしたら警戒されているのかもしれない。
「そうですね。行きましょう、行きましょう」
イスカはそう言うとカルロの隣に並び歩き出した。
◇ ◇ ◇
同時刻。
イスカとカルロの後ろ姿を、少し離れた位置から見つめる影があった。
アンジェリカ・ライトである。
「そ、そんな……! イスカさんとカルロさんが、で、で、デート……!?」
両手で口を押え、見てはいけないものを見てしまったと慌てるアンジェリカ。
動揺しながらも首を横に振って、
「イスカさんはリブロ様の婚約者なのに、他の方とデートだなんて……」
そう呟く。
「ハッ! そうですわ、二人は学園でも手を握っていたし……」
アンジェリカの頭の中に、先日目撃した、手を握ってお互いを見つめ合っているイスカとカルロの姿が浮かぶ。
そしてその二人に悲し気な眼差しを向けるリブロ……。
――まぁだいぶ記憶が脚色されているが、アンジェリカは元より思い込みの激しい少女である。
「これはチャンス……! でも私、リブロ様の悲しい顔は見たくありませんわ……」
そしてぐっと両手の拳を握りしめ、
「よし。このデート……アンジェリカ・ライトの名にかけて邪魔させていただきますわっ」
なんて言いながら、二人の後を追いかけて行ったのだった。
 




