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♯17 ちょっとだけ先を思い浮かべながら


 雷虎に調べてもらうためカルロ・ヴァンに魔術を使わせる。

 その中で一番安全なものはやはり魅了の魔術だ。

 イスカならば魅了の魔術は効かないし、何度かそれらしいものを受けているためちょうど良い。

 ――という話を放課後になってからリブロにしたところ、


「私の個人的な気持ちとしては嫌だな」


 と言われてしまった。

 二人がいるのは王都にあるカフェの個室だ。

 カフェオレの優しい香りが漂う空間に、天窓からキラキラとした光が差し込んでいる。

 リブロの時間が空いた時やデートをする時など、二人はよくここを利用しているのだ。


「…………」


 今ここにいるのは二人だけだ。雷虎は気を利かせたのか、ちょっと散歩して来ると言って離れている。

 その中でしばし二人で見つめ合う。

 少しして、ふわ、とリブロは微笑んだ。


「……なんてね。でもそれが私も、今のところ一番安全で、必要な方法だって事は分かるよ」

「ありがとうございます、リブロ様」

「うん。……あーあ、私が王族じゃなかったら良かったな」


 そう言うとリブロはテーブルに両肘をついて、組んだ手の甲に顔をのせる。

 笑っているが少し拗ねたような雰囲気だ。


「そうしたら、そんなの放っておけば良いって言えるのに」

「王族でなくても、リブロ様はそう仰らないと思いますよ」

「どうかな。……私はもともと心が狭いし、国のためよりも、君や、好きな人たちのために何かしたいからね」


 ハァ、とリブロはため息を吐いた。

 王族でなかったら。

 リブロはたまにそう零す。イスカ以外の前では絶対に言わない弱音だ。

 性格は苛烈な面もあるが基本的にリブロは真面目なのだ。

 だから自分の立場を理解した上で発言や行動をする。

 

 魔術セメントがどうのと普段言っているが、あれを誰かの前で零すのは、その相手に甘えているからでもある。

 本気でやろうと決めたならリブロは何も言わずにやる。そういう人間だからだ。

 自分の言葉の影響力を理解しているからこそ、リブロは信頼している人間の前でしかそれを零さない。

 イスカが知っている限りでは、リブロの家族、幼馴染のクルツ、それから生徒会の役員達がその枠に入る。

 彼らの前だとリブロは年相応の子供の顔も見せるのだ。

 イスカはどんなリブロの顔も好きだけれど、そういう時のリブロの顔を見ていると嬉しくなる。

 王族として生まれた彼が、その肩書きを外して楽しそうに笑っている顔が好きだ。

 

 ノービリス王立学園を卒業したら、きっとその顔を見られるのは少なくなるだろう。

 皆、それぞれの人生を歩んで、学生時代と同じように接する事が出来なくなる。


(だけど、そんな時間を上手く作りたい)


 リブロと結婚した後で、イスカはそんな事を考えている。

 遊びで集まるのはきっと難しい。だからその代わり、リブロが皆と関われるような事業を立ち上げよう。

 それがイスカのちょっとした野望だ。これはまだリブロにも内緒にしている。

 イスカがまだ学生の間に企画書を作り上げるのが、当面の目標である。


(……そうなると雷虎の魔力の件も行けるかな?)


 彼が協力してくれるかは別だが、そこに絡ませても面白いかもしれない。

 ふっと思考がそちら方面に言っていると、


「イスカ、何か楽しい事があった?」


 リブロからそう聞かれてしまった。


「いえ、すみません。ちょっと考え事をしていました」

「えー。私と一緒にいるのに?」

「考えているのはリブロ様の事ですよ」

「そ、そう? そっか……ならいいや」


 ふふ、とリブロは機嫌良さそうに微笑む。


「……ねぇイスカ。色々と落ち着いたらさ、またデートしない? メイプル・ル・フェに新作のパンケーキが出るんだって」

「あ、いいですね。カメリアが、今度のはなかなかお洒落で良い出来だって言っていましたよ。試食させてもらったらしいです」

「あの子は本当にどういう伝手を持っているんだろうねぇ」


 イスカの言葉にリブロは苦笑する。

 彼女の情報収集力はリブロも一目置いているので、たまに調べて欲しいとイスカを通して頼まれる事がある。

 まぁ、それはそれとして。

 デートのお誘いは嬉しいので、イスカはにこにこ笑う。

 そうしているとリブロが、


「えっと、それでね、イスカ」

「何でしょう?」

「その……その時さ」

「はい」

「お揃いの指輪とか、ブレスレットとか、そういうの……買わない?」


 もじもじしながらそう言った。

 おや、とイスカは目を瞬く。

 夜会等に参加する際のドレスやアクセサリーは贈って貰った事があったが、そう言えば、お揃いのものはなかったなと思い出したからだ。

 学生達の間でも恋人同士がお揃いのアクセサリーをつけるのが流行っている。

 リブロもそれを聞いたのだろう。上目遣いにこちらを見て来る。


「ふふ。いいですね、したいです。私もちょっと憧れがありました」

「っ、そう? 嬉しいな」


 イスカが承諾するとリブロがパァッと輝くような笑顔を浮かべる。


「あっ顔が良い……!」

「イスカは本当に私の顔が好きだね」

「私はリブロ様の顔も中身も大好きですから。それを一緒にいただけるんですから幸せです」

「そ、そういう事を平気で言うんだから……っ」


 とたんにリブロの顔が真っ赤になる。

 本当にリブロはイスカの誉め言葉に弱い。

 好きだなぁと思いながら、ふと、イスカはある事を思い出した。


「それじゃあその時にしましょうか、膝枕」

「えっ」

「私がしたいので。……ダメですか?」

「えっ、あっ……うん……する……」


 照れ照れと指で頬をかくリブロ。

 かわいいな、なんて事を思いながら、イスカはリブロをにこにこと見つめていた。




◇ ◇ ◇




「そう言えばアンジェリカさんの調査結果が出たよ」


 カフェを出た後、リブロを王城へ送るために一緒に歩いていると、彼は思い出したようにそんな話をし始めた。

 それこそカフェの個室で話す話題の気がするが、そこまで内密にする話でもなかったのだろう。


「どうでした?」

「魅了の魔術が掛けられていたよ。担当していたローズ夫妻が『微量っ!』って楽しそうだった」

「あはは」


 思わずイスカは苦笑する。

 ローズ夫妻というのはクルツの両親の事だ。

 クルツの家系は『鑑定』の魔術に長けている。彼らはその事に誇りを持っているし、そういう『鑑定』での調べものも大好きなのだ。

 なので時々、そういう一面が顔を出すらしい。


「楽しかったのなら何よりです。ですが結果は困りましたね」

「うん。一応ね、彼女に掛けられた魅了の魔術は解いたんだけど……。どうもあの子はかかりやすいみたいでね」


 顎に手を当ててリブロは困った顔になる。

 となると解除をしてもまた掛かる可能性があるのだ。


「一応、ライト家には連絡をしたら、対策をするとは言っていたけれど……」


 そこまで話してリブロは少し複雑そうな顔になる。

 イスカはどうしたのだろうと首を傾げた。


「何かありました?」

「我が娘の事をそこまで気にかけていただけるなんて光栄です。良ければ今度、娘と二人でお茶でも……と言われて即座に断ったよ」

「ライト家は相変わらず根性がありますね」

「こんな根性はいらないんだけどね」


 ハァ、とリブロはため息を吐いた。

 ライト家は未だに娘のアンジェリカをリブロと婚約させる事を諦めていないらしい。

 イスカが七歳の頃から続いているので、かなり年季が入っている。

 

 王族と縁付きたいというのはあるだろう。

 けれども、もしかしたらアンジェリカの恋心を叶えてやりたい、いう親心も含まれているかもしれない。

 実際のところはライト家にしか分からないが。


「身分が本体で自分は飾り。……私は私を道具として見ている人達と、家族になりたくないな」


 リブロはそう寂しそうに言った。

 身分というものは加護である一方で、ある種の呪いでもある。

 それをリブロは正しく理解しているのだろう。


「…………」


 その横顔を見ながらイスカは彼と手を繋いだ。

 リブロは目を瞬いてイスカを見る。

 イスカはそれに笑い返すと前を向いた。


「ご安心を。あなたと家族になるのは私です」


 奢りではなく、自惚れでもなく。

 これだけは胸を張ってイスカはそう言える。

 他の誰でもなく、リブロを幸せにするのは自分だと。


「……ふふ、あはは。うん、そうだね」


 リブロは、はにかんでそう言うと、同じ様に前を向いた。

 少しだけ言葉少なくなりながら、二人は手を繋ぎ、街を歩いて行ったのだった。


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